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第4話

「…それでね、君には勇者として僕の軍勢の手助けをしてほしいんだよね。」

 チェス盤をにらみながら目の前の金髪の男の子は、まるで近所のコンビニにお使いを頼むかのように私に言い放った。拒否権はないらしい。

 10歳ほどに見える男の子の名前はバイル、地球がある世界とは別の世界の神、だそうだ。彼は今自分が管理している世界の一つでナルガという邪神と聖戦という縄張り争いの真っ最中らしい。バイルは人族、ナルガは魔族を各々の軍勢にしているそうだ。人族は見た目や身体能力は私の世界の人間とほぼ同じで、個体差はあるもののある程度世界の力(魔法のようなもの、というか魔法、以下魔法と呼ぶ)が使え、個体数が非常に多い。一方魔族は個体数こそ少ないが高い身体能力と強力な魔法を使え、外見はあまり統一感がない。

 現在の戦況はバイル陣が非常によろしくない。そこで彼は戦力増強のためにわざわざ異世界まで自分の力が馴染みやすい魂を探しに来て、世界に介入して私の肉体を殺し、目的にピッタリな私の魂だけ持ってきたそうだ。ちなみに地球のある世界の神に対価は払っているらしい。返品不可。

「私は慰謝料をもらいたいぐらいなのに、無報酬で戦場に送り込まれるんですか?」

 不快な気持ちを隠し切れずに吐き捨てるように私が言うと、バイルは白い駒を片手で弄びながら答える。

「聖戦に勝てば報酬はきちんと払うよ。富も名誉も欲しいだけあげる。元の世界には返してあげられないけどね。」

「聖戦に負けるか、戦死すれば報酬はないわけですか…。」

「大丈夫大丈夫!君の肉体にはそれだけの力を与えたんだ!戦死することもないし、聖戦にも必ず勝てるよ!」

微笑みながら自信たっぷりに宣言するバイルを見て、私は思わずため息をついた。視界の片隅に自分の輝く金髪が入る。私の魂は今、バイルが用意した肉体に埋め込まれている。違和感なく動かせるようほぼ元の肉体と同じだが、バイルの力を使えるようにした結果日本人にありがちな黒目黒髪から金目金髪に変わっている。バイルの力(彼曰く聖属性の魔法)を扱えるだけでなく、人族としては破格の身体能力と魔法の出力限界(魔力)を持つ、ハイスペックな肉体だ。ちなみに金髪になっても元の中性的な顔立ちのおかげかコスプレ感はあまりなかったのは鏡で確認した。なお多少残念ながらそこまで美少女感はなかった。

しかしいくら肉体がハイスペックであろうと私の精神は所詮16歳の小娘。戦場に立つなんて論外だろう。それを指摘しようと口を開く前に、突然足元に巨大な穴が開き、呑み込まれた。

「じゃ、頑張ってきてね、勇者様~。」

バイルの無責任な言葉とともに、私は神の領域から聖戦真っ最中の世界へ送り込まれた。というより落とされた。







九条佑華を聖戦の舞台へと送り込んだ後、バイルはチェス盤を通して様子をじっと観ていた。人族がバイルを祭る大神殿に落とされた佑華は人族にあっという間に勇者として祭り上げられ、着々と前線へと送り込まれる準備がされていく。最初は抵抗しようとしていた佑華も、そのうち腹を括ったのかあきらめたのか、魔族と戦い始めた。

「…へえ。」

 佑華と魔族の戦闘の様子を見て、バイルは感心の声を上げる。戦いの経験のない佑華は最初こそ防戦一方だったが、徐々に自分の力を把握しながら戦い方を学んでいき、最後には魔族を撤退させていた。

「思ったよりやるじゃん。これなら僕が精神に介入しなくても大丈夫そうだね。」

 もし佑華が怖気づいて戦いを放棄しようとした場合、バイルは佑華の精神をいじくって無理やり戦わせようと考えていた。しかしそれには佑華の精神が壊れて使い物にならなくなるリスクがあるだけでなく、聖戦の世界に介入するバイルも代償を払わなければならない。避けれるならば避けたい手段だった。

「佑華、君はすばらしい戦力だ…。勇者という【捨て駒】としてね。」

 バイルにとって勇者は切り札ではなく【捨て駒】だった。確かに佑華に与えた力は魔族と比べても十分強力だった。だが時間をかけて対策を立て、複数人で包囲すれば容易く抑え込まれてしまう、その程度の力でもあった。そこでバイルはわざわざ異世界から魂を持ってくるという敵対する神ナルガが気づきやすい目立つ方法でコストパフォーマンスの良い魂を調達し、あえて早期に勇者を前線に立たせて注目を集めた。こうしてナルガや魔族が勇者に構っている間に、【本命】の準備を進めようとしていた。

 佑華を観ていたバイルだったが、ふと違和感に気づいて眉をひそめる。佑華の周りに、よく見ないとわからないほど微弱な魂が1つ、漂っていた。もし邪魔ならば排除しなければならないと注意深く観察していたが、どうやらほとんど力を持っていないし、ナルガ側の影響を受けたわけでもない、未だ下位の精霊にも至っていない存在だった。放っておけば消えると考え、バイルは興味をなくした。

「それじゃ、時間稼ぎがんばってね、佑華。できれば1年、もってくれるとありがたいな。」

 佑華の観察をやめたバイルは、【本命】の準備に集中し始めた。正直バイルには時間も戦力も余裕がなかった。聖戦を観察する手間すら惜しい。佑華が死ぬか、戦況がさらに悪くなる場合を除いて聖戦の情報が入ってこないようにすると、バイルは全力を【本命】の準備に向けた。

その結果、バイルは佑華の異常に気が付かなかった。多くの神々と同じく時間の感覚があまりないバイルがふと気になって聖戦の様子を見たとき、前線は本来の人族の支配地域まで押し戻され、聖戦の停戦協定が成立しそうになっていた。佑華が勇者として送り込まれてまだ1年しかたっていなかった。


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