それは未了の術ですか
確か、巫蠱の術は相手を呪い殺すというものだったから禁術になった筈だ。時の寵姫を呪い殺そうとしたと言いがかりを付けられた元の寵姫が勅命で処刑されたあとで冤罪が証明されて、当時の皇帝が生ける屍状態になったそうだ。皇帝を呪い殺そうとしたと反逆罪に問われた皇族も居たとかで、効果の程はともかく禁術指定を食らったものである。
詳しくは知らないが、虫だったか猫だったかを何百匹何千匹何万匹と共食いさせて最後に生き残った一匹を殺して掛けるような、悍ましいものだった。主がしたことはといえば、紙を燃やしてその灰を墨に混ぜて何かを書いていたくらいだ。まあ紙も墨もとても高価で貴重品なので、金銭だけはかかっているとは言えるが。
とりあえず効いていないことだけは確実だし、主がやらかした術とやらは巫蠱ではないらしい。それにだけは少しほっとしつつ、主の意図を確認することにした。
「どういう術を掛けて、どういう効果を期待していたのですか?」
「お前が僕に夢中になって、周りが何も見えなくなる呪いだ」
一体全体どうしてそんな術を掛けたのかは謎である。どうしてそんなものを掛けようと思ったのかも謎だが。そもそも件の美女のために極めようとしていたのではなかったのか、どうしたとつっこみたい。
「巫蠱の術は極めて難易度が高いんだ。材料を集めるのも大変だし、練習して上達しなければ使えないじゃないか!」
わたしは練習台に使われたという訳である。効かなかったのでどうでもいいが。
「つまり術に失敗したということですね。術を掛けるのに失敗すると呪返しがあったりするそうですが、そういう対策はしていらっしゃるのですか?」
「しているわけがないだろう!」
そんなことを堂々と胸を張って言わないで欲しい。一般庶民のわたしは巻き添えになったらまず死罪である。主のように高貴な身分でもあれば罪を金で購ってその身を庶民に落とせば生き永らえることは可能だろう。
いっそお仕えするのを辞めて、程々の手堅い商売人あたりとでも所帯を持ちたいところだが、実家から婚姻をまとめたという連絡は来ていない。堅実であまり年齢差のない普通の相手なら拒むつもりはないのだが。いや、そもそも父はわたしを嫁に出すつもりはあるのだろうか。早い子は十になるかならずで嫁に出されることもあるのに、わたしにそういった話が来たことは皆無である。思わず深い溜息が漏れるが、末子でもあるし、出さなくても良いと思っているのかも知れない。