術を試みる王子様
次に何をするのかと思えば、墨と石硯、それに磨石を用意して、先程の灰をそれに落としている。一部土が混ざったが主の手際が悪かったせいだ、諦めてくれと心の中で念じるだけに留めた。
少しの水を落とし、幾つかの小さな墨を磨石で潰すように磨る。墨液の中に灰と土が混ざるようにしているようだが、何の意味があるのかは不明だ。出来るなら見えないところでやって欲しかったが、完全に見えないところでやらかされても困るので、色々悩ましい。
そして何かを書き上げたらしい主は、妙に清々しい表情になっていた。
「よし!」
何か成功したのかも知れないが、とりあえず法に触れるようなことはなかった。ほっとしたのだが。
「さあ、来い! 文君」
名前を呼び捨てしやがって両手を広げいい笑顔をしてくれやがる主に首を傾げる羽目になった。だが、呼ばれた以上、側に仕える者としては近くに行かねばならない。まあ人が横たわる程度の距離だ。急ぐ必要もない。とことこ、と歩いて近づき、その足許に跪く。
「はい?」
見上げると、どこか不満気な顔をしている。いや、人生の三分の二を超える程のそれなりに長い付き合いだから何となく判るが、別にわたしは主の頭の中を見れる訳でも察することが出来る訳でもない。
「違うだろう!」
とか言われても。他にどうすれば? と首を傾げてみるのだが、主の意図が掴めない以上は、本人に具体的なことを言って貰うしかないではないか。
「おかしいぞ。効いてないのか?」
「何がですか?」
「呪いだ!」
それは術として失敗したんじゃねーの? と言えるような猛者はここには居ない。居たらきっと拍手を贈っていただろう。居ないのでやらないが。
「僕に夢中になる呪いを掛けたのに!」
「は?」
呪術系の本に書いてあった内容を参考に書いてます。
因みにこの当時、現在のような固形の墨はまだ誕生しておりませんので、あまり大きくない石のような形状の墨を硯の上に置き、水を垂らして石で磨るというのが普通です。