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恋日和。  作者: 楸 妃憂
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1の3 −細波−

 食事を終えて自室に戻った。風呂の支度をしようと思いつつも、ベッドに寝転がってしまうと心地よくてなかなか動けない。うとうとしかけていた時、外からバイクのエンジン音が近付いてきて、目を覚ました。


 誠治は、カーテンを開いて窓の外を覗いた。ちょうど家の目の前に、バイクが止まっていた。後ろに乗っていた人がヘルメットをとる。星花だった。


 前に乗っていた人間も一度バイクから降り、バイクに体を預けながら、そこで立ち話を始めた。その背丈や恰好から、その人物は男であることがわかる。


 二人が何を話しているのかはもちろん聞こえないが、会話は弾んでいるようだった。星花がこちらを向くことはない。


 暫く話し込んだ後、二人は手を振って別れた。男はバイクにまたがり、あっという間に遠ざかっていく。星花もその姿を見送ってから、家に入っていった。


 じっとその光景を見ていた誠治は、薄暗い道路に誰もいなくなった後も、少しの間ぼんやりと外を見ていた。ふと自分は何をやっているんだと馬鹿らしくなって、カーテンを乱暴に閉めた。


 星花が他の男と過ごそうと、誠治には何の関係もない。またベッドに仰向けに寝転がって目を瞑ったが、眠気はすっかりどこかへ行ってしまっていて、眠れない。


 誠治は立ち上がり、風呂の支度をする。





「一体、加賀見君はどうしたの? 今日はご機嫌ななめみたいじゃない」


「朝からずっとこんな調子なんですよお。桜が思うに、これは女がらみですね」


 昼時。食堂でラーメンを啜っていた誠治の隣に、呼んでもいないのに当たり前のようにやってきて居座っているのは、上原うえはら さくらだ。アイスコーヒーをストローでかき混ぜながら、志摩舞子とお喋りを始める。


「別に、何もないっすよ」


 上原桜というのは騒々しい奴だ。といっても、桜自身に落ち着きがないとか、かしましいというわけではない。


 桜は顔が広く、先輩、友人の友人、自称ファンなど、あらゆる人物が次から次へと押し寄せてくるのだ。確か、桜の父親が有名な人だという噂を聞いたことがある。誠治は興味がなかったので、その件について桜に尋ねたことはなかったが、もしかしたら桜の知人の多さは、父親の関係もあるのかもしれない。


 誠治にとって桜は、大勢いる旅行サークル仲間の内の一人で、それ以上の関係は何もない。しかし、桜は誠治のことを気に入っているのか、あるいは面白がっているのかはわからないが、誠治にやたらとくっつきまわっているのだ。そのため、顔を上げれば羨望や憎悪や好奇やその他諸々の感情がこもった瞳が、いくつもこちらを窺っている。桜自体は嫌いでないが、このとばっちりの被害は、いい迷惑である。


 そしてもう一人、志摩しま 舞子まいこというのも、桜とはまた違った意味でよく目立つ。長身で、モデルのようにすらりとした体型。背筋はぴんと伸びていて、歩き方、話し方、食べ方、立ち振る舞い全てに品がある。立っているだけで、その辺一帯の空気が凛とするような気さえする。


 誠治の通うM医科大学の旅行サークルがやたらと人気で、人数制限がかけられているのは、この二人が原因だ。


 舞子は誠治より一つ年上だが、考え方がそこいらの学生より遥かに大人で、誠治も舞子にはよく相談に乗ってもらっていた。


「そうそう、今度の夏休みのサークルの予定なんだけど」


 桜の横に腰を下ろした舞子が、すらりとした白い手で鞄から紙を取り出した。


「もう夏休みの予定決まってるんですかあ。海! やっぱり、夏といえば海ですよねえ。予定空けとこ」


 大きなスケジュール帳を取り出して、早速予定を書き込む桜に、誠治は呆れる。


「加賀見君は、どう? 部長に、二人の予定訊いてくるように頼まれちゃって」


「部長に、じゃなくて、彼に、でしょう?」


「こら、桜ちゃん」


 からかう桜に、舞子は辺りを気にしながら、細い人差し指を口元にあてた。その姿もやたらと似合っている。どこか遠くから、野獣の雄叫びのような声がいくつか聞こえた気がしたが、ここは動物園でもなければジャングルでもないので、気のせいだったことにする。


 旅行サークルは、全体で三十名弱のサークルだが、全員が顔をあわあすことは新入生歓迎会と新年会の年二回ぐらいだ。その他は、このように人伝いに連絡が回ってきて、予定の書かれた紙をもらい、旅行先で来られたメンバーが顔を合わすような形になっている。


 サークルの活動自体が、長期休暇と学園祭と新年会ぐらいなので、多忙な医大生の息抜きにはもってこいのサークルだ。


 その旅行サークルの部長というのが、キャンパスのマドンナと言われている志摩舞子の彼氏――新田にった さとるだ。


 新田聡は、舞子の一つ年上の三回生で、誠治も歓迎会の時に一度見たきりだが、非常におとなしい人だった。


 ぼさぼさの髪に、黒縁の眼鏡をかけていて、華奢な人だ。前に立って話していても、皆がじっと黙って耳を澄まさないと聞こえない声でもそもそと喋っていて、副部長がしびれを切らしてマイクを取り上げる始末だった。


 冴えないというか、野暮ったいというか、よくいってマイペースというのかわからないが、舞子と手を繋いで歩いたりしている姿というのが想像もできないのは確かだ。おそらく、大学内でその光景が想像できる人は誰一人いないだろう。舞子本人の口からその関係を聞いた誠治や桜も、その光景を思い浮かべようとするとどうしても靄がかかって、首を傾げてしまう。


 人の気持ちは、どこで恋に発展するのか、誠治はつくづく不思議に思っている。


「そんなことより、どう? 加賀見君は」


「俺も今のところ何も予定ないんで、参加しますって伝えておいてもらえます?」


 小さく咳払いしてから訊きなおしてきた舞子に、誠治はそう答えた。部長と舞子が話す光景が見られそうだ、と密かに期待しながら。


 舞子は立ち上がり、席を外した。早速、部長の元へ行くのかもしれない。隣で桜は、ウキウキとスケジュール帳を見つめていた。



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