ドライアドの赤祭り
この記事を読む皆様方は、そもそも「ドライアド」という種族に馴染みが薄いのではないだろうか。おそらく、種族の存在自体は知っていても、「実際に会ったことはない」「実際にはどんな種族なのかよく知らない」という方が多いだろう。
筆者も、本稿を執筆するまでは「見たことはある」という程度だった。
樹木のような姿に反して、あるいはだからこそか。林業や農業を営む彼らは、植物との付き合いがうまい。
そういった、土地との結びつきの強い産業で生計を立てているからか、彼らは生まれ育った場所から離れたがらない。特別な理由が無い限り、よその土地に行くことはまず無いと言って良いだろう。
また、彼らは寿命も長い。エルフをはじめとした長命種の中でも、トップクラスに長生きをする。
本稿で取り上げる祭りの起源は、非常に古い。
長く生きる彼らにとっても、何世代も前の事なのだから。
木々の葉は、種類にもよるが秋に色が変わる。ドライアドたちも例外ではない。
彼らにとって葉は、人間にとっての毛髪にあたる部位だ。きれいに色づいて喜ぶこともあれば、妙な色になってしまい落ち込むこともある。
また秋が終わり冬になれば、それらは枯葉として抜け落ちてしまう。
禿げることを好ましく捉える種族は、筆者の知る限りではいない。ドライアドにとってもそうだ。寒さや仕事が制限されるということに加えて、彼らにとって冬は「髪が抜け落ちてしまう季節」でもある。
秋は、そんな冬が来る前に目一杯楽しむ催事の季節。ある時、一人のドライアドが秋の収穫祭に新しい趣向を導入した。
きれいではあるが、葉がなくなる前兆でもある紅葉。それをより楽しみ、春に生える葉が待ち遠しく思えるように、「誰の葉が、一番きれいな紅か」を決めよう、と。
始まった当初は、手を上げた候補者に対して、それ以外の者たちが「誰の色が良いか」を話し合っていたらしい。
今の規模と比べれば大した事ではないかも知れないが、当時の彼らにとっては中々に楽しい事だったようだ。
そして、そんな事を何度か続けた後に彼らはこう考えた。
「余所の人の意見」も取り入れよう。
コミュニティの中だけの催しだったため、何度もやっている内にマンネリ化してしまったのだ。楽しめなければ、やる意味は無い。
新鮮な外部の意見、新しい参加者が彼らには必要だった。問題となったのは、誰を呼ぶか。
年に一度とはいえ、あまり遠くから来てもらうのは気が引ける。一緒に祭りを楽しんでくれる事が望ましい。
ドライアドとは違った目線を持ち、ある程度近くに住んでいて、なおかつ彼らの祭りを楽しめる。そんな人びとが良い。
当時の彼らと付き合いがあった種族に、この条件を満たす者たちは居た。ドワーフだ。
ドライアドとは違い、ドワーフを見たことが無いという人はほぼいないだろう。
鍛冶が得意なので、大きな都市なら居ないところは無いという程あちこちに住んでいる。
彼らは鉱石掘りや鍛冶を生業とするため、山に住む。林業も営むドライアドと、住む場所は近い。
ドワーフにとって赤は、炎や赤熱した鋼を想起する色だ。彼らは、ドライアドたちとは違った形でこの色に親しみ、異なった価値観を育んでいる。
そして、知る人ぞ知ることではあるが『酒』も彼らの共通点だ。
ドワーフが種族として酒好きなのはよく知られているが、実はドライアドも酒を好む。
金属に関わる産業が盛んなドワーフと違い、酒造は彼らの主要な産業のひとつだ。農業で得られた作物の加工先として、昔から酒を造っている。
ドワーフも酒造りをしてはいるが、ドライアドほどではない。どちらかと言えば、蒸留器や容器などに冶金技術を活かしている。そうやって酒精を強くした酒が、大好きな人々だ。
余談になるが、ドライアドが蒸留という技術を使い始めたのは、この祭りがきっかけだという話もある。はっきりとした事は分かっていないが、ドワーフ経由でもたらされた技術だというのは確かということらしい。
酒好き、あるいは醸造所に関わりのある読者なら、「ドライアドについて知っていた」という人が多いかもしれない。先に書いた「特別な理由」は大体、「そういった場所に呼ばれる」という事を指す。
祭りを盛り上げるためにドワーフを巻き込んだ結果、新しい楽しみ方も生まれた。「酒を飲んで顔を赤くする」、「作った酒で飲み手の顔を赤くさせる」という楽しみ方が。
そして種族単位で職人気質なドワーフたちに毎年酒を振舞った結果、ドライアドの酒造に関する技術は大きく向上した。
ドワーフは「酒は質より量」というイメージを抱いている人も居る、かもしれない。実際、余程ひどい酒でもなければ彼らは大事に飲むが、「味が分からない」という訳ではないのだ。
むしろ、味で唸らせるには相当な代物を用意しなければならない程、良いものが分かる人々だ。そうでなければ、品質の高い製品を作ることはできない。
回を重ねるに連れて、ドワーフ側も何かしら「赤に関するもの」を用意するようになった。当初は「赤い顔料を使った装飾品を持っていく」という事が多かったらしい。
得意な分野は異なれど、職人気質な彼ら。互いに影響を与え合う事により、後の爆発的な発展を支えるエネルギーが彼らの中に蓄積されていった。
この祭りにそうした飛躍が起こるのは、道が整備され流通、商業が発展した時期。つまりはここ数十年、ドライアドたち長命種の感覚で言えば最近の事だ。
長い時間をかけて研鑽された技術で作る、多種多様な酒。それが高価な商品として流通網に乗った結果、代価として彼らの下に莫大な財貨が入ってきたのだ。
外部との交流が少ないドライアドたちに、「余所から買いたいもの」はあれど「買わなければならないもの」は無い。
需要に合わせた増産のため、そこに彼らは大規模な投資を行った。しかしその行為は、出入りする金の量を増幅させて「使い切れない大金が手元に残る」という結果をもたらす。
金が一ヶ所に留まり続けるのは良くない。極端な話になるが、流れが滞れば他の所に、筆者や読者の皆様のところに回ってこなくなる。
そうならないためには、商人たちがドライアドの欲しがるものを探して売り、金の流れを正常にしなければならなかった。
ここまでの流れから予想はできるだろう。彼らは儲けを、祭りの規模拡大に費やすことにしたのだ。
そうなるまでにも顔の広いドワーフや商人たち経由で、参加する種族や催しは細々と拡大し続けていた。まとまった金額が投入された事により、先に書いた通り爆発的な規模の拡大が起こる。
会場は、彼らの町から各地の大都市へと移った。
交通の便が良くなり、会場自体も広く複数になった結果、参加する団体も会場を訪れる人々も数を増やす。数は少ないが、赤という色や赤いものをテーマにした絵画や詩集、何てものもあった程だ。
元からの「誰の葉が、一番きれいな紅か」を決めるという催しも、形が変わった。
ドライアドの希望者が前年の時点で手を挙げ、服飾関連の職人たちとくじでチームを決めて「その年の色付きを魅力的に見せるような装い」を作り上げる。
筆者は物書きなので気付けない部分もあったが、そんな畑違いの者でも彼らの技術や創意を楽しむことができた。
ドワーフたちに振舞っていた酒も、種類と量が増えて質も改良し続けている。ドワーフたちの意見を元に改良を重ねてきたという経緯から、他では飲めない個性的なものも多い。
個性的過ぎて合わないものに当たる、という可能性はある。しかし種類も相応に多いので、余程運が悪いというのでなければ「合わないものばかりだった」という事は無いだろう。
元々、「酒に強いドワーフの集団に、気持ち良く酩酊して貰おう」という趣旨の祭りでもあるのだ。酒だけでも、樽の山ができるほどに用意される。それを会場に運ぶ商会も、飲み干してしまう来場者たちも凄まじい。
最後に、おすすめをふたつ紹介したい。この祭りに集まるのは良いものばかりなので、話の種になる珍しいものを二種類。
ひとつは、ドライアド謹製の樹液酒。
祭りにドワーフが参加し始めた頃に、「ドワーフたちを酒で打ちのめそう」という目的で作られ始めた。酒精の強さも独特の香りも、とことん強烈な代物だ。
「量によってはドワーフですら昏倒させる」と言えば、その強さを理解して頂けるだろう。
酒には強いという人なら、一口挑戦してみてほしい。酒に弱い人なら、これを使った料理やシロップがあるはずなので、そちらをおすすめする。
筆者は、強い木の香りで故郷の森を思い出した。
もう一つは木の葉のフライ。
色付いた葉を塩漬けにし、塩を抜いて形を整え、衣をつけて揚げる。塩を大量に調達できるようになった最近に、作られ始めた料理だ。
普通は食用にされない葉を、無理矢理つまみにしようとした結果できたものらしい。
揚げるという調理法が「クセの強い食材でも万人向けにできる」ものなので、こちらは大抵の人の口に合うだろう。酒に比べて味のインパクトに欠けるが、こちらは「材料の珍しさ」のインパクトが大きい。
「添え物や調味料として木の葉を使う」なら他でも見たことはあるが、「木の葉そのものの料理」はこれしか見たことがない。
他のものに関しては、運営が冊子を配っているはずなのでそちらに目を通してもらいたい。多種多様な良さを集めているので、きっと気に入るものがある。