幸くんと空ちゃん
この前、星降に告白された。
まだ返事はしてなくて……それで、少し気まずい。
「雨宮、おはよう」
「お、おはよう」
星降は普通に接してくれるのに、悪いな。って思った。
だけど、なんて返事を返せばいいのか分からない。
星降はずっと待っていてくれるのに。
そう思うと、星降に申し訳なかった。
「雨宮、星降と喧嘩でもしたのか?」
ある日、佐倉にそう言われた。
「してないよ」
何で?と問うと、お互い妙に避けてるから。と言う。
避けているつもりなんか無かった。
無意識のうちの行動だった。
「早く仲直りしろよ」
そう言ってポンと私の頭を撫でて、佐倉は練習に戻っていく。
「どうしたらいいんだろう……?」
小さく呟いたけど、誰も答えてくれるはずない。
私も軽くため息をつきながら、自分の仕事に戻った。
冷蔵室でドリンクを準備していた時だった。
「雨宮」
誰かに呼び掛けられて、私は振り返る。
冷蔵室の扉に星降がいて、私の心臓は跳ねた。
「遅くてごめんね。すぐ持っていくから」
平静を装いながらそう言うと、星降は違うんだ。と言って扉を閉める。
「佐倉と……何を話していたんだ?」
「たいしたことじゃないよ」
星降のことです。なんて言えなくて、私は言葉を濁した。
「……そうか」
星降は少し悲しそうにそう言って、私から視線を逸らす。
「佐倉と、付き合ってるのか?」
そうして吐き出されたのは、とんでもない言葉だった。
「付き合ってるわけないじゃん!?」
驚きのあまり、半ば叫ぶように否定する。
「そうか……よかった」
安心したように、星降がため息を吐いたのを見て、私の心が痛む。
「返事……遅くてごめんね」
ギュッと拳を握りながら、小さく呟いた。
「大丈夫だ……ゆっくり考えてくれると良い」
そんな私に優しく微笑みながら、星降は言う。
その笑顔が私の心を締め付けて私は無意識のうちにポロポロと涙を零した。
「雨宮?」
星降がこれ以上無いほど慌てる。
「ごめんなさい……」
私はそれすらも申し訳なくて、泣きながら謝った。
「……そうか。いや、いいんだ」
それをどう解釈したのか、星降は優しくそう言って私の頭を撫でた。
「星降……」
涙目で見上げると、星降が私をギュッと抱きしめる。
「少しだけ、こうしても良いか?」
驚く私にそう言って、星降はさらに力を込めた。
胸がギュッと締め付けられた気がした。
私はそっと星降の背に手を伸ばす。
恐る恐る、遠慮がちに星降を抱きしめ返すと、星降は驚いたように腕をゆるめて私を見た。
離して欲しくないと思った。
ギュッと星降を抱き締める。
「星降……」
「なんだ?」
名前を呼ぶと、返してくれる。
「星降」
「雨宮?」
私の名前を呼んでくれる。
「星降が、好き」
無意識に言葉が漏れた。
言った自分さえ驚くような言葉が。
「かもしれない」
慌てたように付け足した言葉に、星降が笑う。
「どっちなんだ?」
「嫌いじゃないよ」
「それは知ってる」
「……星降に抱きしめられたら、幸せな気分になったの。でも、それは星降じゃなくても良いのかもしれない」
そう言うと、星降はギュッと抱き締めた。
「それなら、俺以外に抱き締められなければ良い。俺のものになってくれるなら、いくらでも抱き締めてやるから」
そう星降は言った。
私はそんなことで良いのかな?
とか、星降のこと本当に好きじゃないかもしれないのに。
とか考えて……だけどこの幸福にはあらがえなくて、小さく頷いた。
その日、星降とした初めてのキスは涙の味がした。