智史くんと里沙ちゃんと薫くん
その日、僕は里沙ちゃんを抱いた。
坂巻くんに悪いな。と思いながらも、どうしても我慢できなくて。
次の日の朝、謝る僕に里沙ちゃんは、坂巻には内緒ね。と言って笑った。
「どういうことだよ!」
それから何度か僕たちは逢瀬を重ねて、当然のようにそのことはバレた。
怒る坂巻くんに、僕も里沙ちゃんも何も答えられなかった。
「何か言えよ」
悲痛な声をあげる坂巻くんと目を合わせることが出来ない。
「否定……してくれよ」
もはや願掛けのように呟く坂巻くんに、ごめん。と一言呟いた。
「認めんなよ!否定しろよ!くだらない噂だって言って笑えよ!」
くだらない噂じゃないことは坂巻くんだって分かってる。
それでも彼は縋りたかったに違いない。
親友と恋人に裏切られただなんて、思いたくもなかったに違いない。
「里沙、違うよな?八木と寝たりしてないよな?」
余りに必死な彼を見ているのがツラい。
「里沙、なぁ!」
そう言って里沙ちゃんの肩を掴んで、坂巻くんは叫んだ。
「……寝たよ」
小さな声で、だけどハッキリと彼女は呟いた。
「八木くんと、寝たよ」
何も答えない坂巻くんに言い聞かせるようにもう一度彼女は言う。
「八木に抱かれたその体で平気で俺に抱かれたって言うのか?」
坂巻くんの声が、怒りで震える。
「そうだね」
対照的なほど無機質な声が、それを肯定した。
「……里沙ちゃん、大丈夫?」
僕は、地面に座り込んだままの里沙ちゃんに声をかける。
「うん……ちょっと痛いけど」
そう言って笑顔で頬を抑える里沙ちゃんを僕はギュッと抱き締めた。
「ごめんね」
そう、呟けば……里沙ちゃんも僕を抱きしめ返す。
「八木くんのせいじゃないよ」
震える声でそう言って、里沙ちゃんは僕に顔を見せないように立ち上がった。
「帰ろう」
僕に背中を向けながら、里沙ちゃんが歩き出す。
その顔は見えなかったけどきっと彼女は泣いていた。