健くんときいくんと藍ちゃん
「佐倉くんさぁ……猫と付き合ってるらしいね」
部室に行く途中の靴箱で、沢田きいに引き留められた。
「あ、ああ……付き合ってるけど……」
「へぇ……」
そう答えた俺の背後から感情のない女の声が聞こえ、慌てて俺は振り返った。
「付き合ってるんだぁ……」
そこにいたのは同じクラスの沢田藍で、俺は血の気が引くのを感じた。
俺の彼女である沢田猫の三つ子の兄弟。
生まれた順番は誰が早くて遅いのかは本人たちも知らないらしいが、その絆は普通の兄弟ではあり得ないほど強い。
あれがブラコンとかシスコンというやつなのだと思う。
猫と沢田きいに関してはそれほどではないようだが、沢田藍がくせ者だ。
あの女には同じクラスになる前から地味な嫌がらせをされてきた。
睨み付けられたりノートの隅に『猫と別れろ』と書かれたり猫とデートする日に着いてきたり……上げればきりがない。
そんなやつがいるのだ。
嫌な予感しかしない。
「いや、実は佐倉くんが猫と付き合ってるのは知ってたよ。猫と付き合い始めた日からね」
沢田きいが、そう言いながら静かに俺に近づいてきた。
「今までは容認してきたんだ。すぐに別れると思ってたからさ」
男女ともに人気のあり、ファンクラブすら存在する学園のアイドルは、そういってにこやかに笑った。
「でもキミ、俺の可愛い猫とキスしたらしいね」
その笑顔は、とてつもなく恐ろしい笑顔だった。
笑顔を見て逃げたくなったことなんて初めてだった。
だが俺の正面は沢田きいに、背後は沢田藍に塞がれている。
左右は靴箱が立っていて、この狭い空間から逃げられるとはとても思えなかった。
「どういうことかな?キスって?」
ニコニコと笑いながら、ガシッと俺の腕をつかむ沢田きい。
「私の猫なのに……私から猫を奪う気だこの悪魔が……」
すぐ真後ろで何事かをブツブツと呟く沢田藍。
「お、俺は猫の彼氏だからキスくらい普通に……」
『は?』
「俺と猫の交際を許してください!」
気が付いたら土下座しながらそんなことを叫んでいた。
「許すわけねーだろ!今すぐ別れろ!」
優しいと評判の沢田きいが俺に怒鳴った。
「くずくずにして豚の餌にしてあげるよ」
クラスメイトからは大人しいと思われている沢田藍からは残酷な宣言までされる。
もはや猫と別れるか死ぬしかない。
いや、下手したら別れても殺されるかもしれない。
さようなら、猫。
短かったけど幸せだったよ。
父さん母さん、先立つことをお許しください。
土下座したままそんなことを考えていた時だった。
「……何してるんだお前ら?」
たまたま通りかかった星降が俺たちに声をかけた。
「……水戸黄門ごっこ?」
にこやかに笑いながら、沢田きいは言った。
「人数足りなくね?」
「やっぱ三人じゃ難しいよね。あ、星降くんも入る?」
「いや……もう決着ついてるみたいだし……部活あるし」
「だよねー☆」
「じゃあ、俺行くから。佐倉も行こうぜ。遅刻したら怒られるぜ」
「そうだな」
俺は星降にそう返事をすると、すくっと立ち上がり急いで靴を履いて外に出た。
「佐倉くんまた遊ぼうねー♪」
「ちっ……」
後ろでそんな声と舌打ちが聞こえたが、俺は絶対に振り返らなかった。
「お前、大丈夫か?」
「大丈夫だ……悪いな……」
「いや、いいけど……なんかあったら言えよ」
その日、俺は友人の優しさにマジ泣きした。




