遥香くんと藍ちゃん
「キミのこと嫌いだよ」
弟の彼女である藍さんは、まるで独り言のようにそう言った。
驚いて彼女に視線を向けるが、彼女は俺を見てもいない。
俺にはまるで興味がなさそうに携帯電話をいじりながら扉にチラチラと視線を向けるのみ。
都合が悪いことに弟は出掛けていた。
すぐに戻ってくるからとイスを勧め、彼女は座ると同時にその言葉をつぶやいた。
「嫌い?」
ほとんど初対面といって良い彼女に、嫌われる理由が分からない。
「嫌いだよ」
聞き間違えかと確認する俺に、ハッキリと彼女は言葉を返した。
やはり視線は俺から外れ、携帯電話か扉にしか向かわない。
嫌われる理由が分からず、困惑と不安に塗りつぶされる俺の心など知ったことではないとばかりに彼女は俺に無関心だった。
嫌いな要素どころか俺に興味すら抱いていないのに、俺のことが嫌いだと言われてもなにがなんだか分からない。
「どうして?」
「キミが奏太くんの兄だから」
教えて貰えないのではないかと思ったが、彼女はあっさりと理由を話した。
「それにキミは猫が好きなんでしょ?」
淡々とした声で、彼女は事実を告げる。
「猫さんのことはっ?!……好き、ですけど」
赤い顔でどもる俺を彼女は決して見ようとしない。
彼女の三つ子の姉妹である猫さんとは顔も性格も似ていない。
どちらも似ていないのは、幸いだった。
もし猫さんにこのような態度をとられたら、俺はきっと酷く落ち込む。
だけど彼女は、猫さんと違うのに俺を落ち込ませるすべを知っていた。
「猫がキミと付き合うことはないよ」
藍さんに教えてもらわなくても、そんなこと知っていた。
猫さんには彼氏がいる。
猫さんをとても大切にしている優しい彼氏が。
「私から奏太くんを奪わないで」
それは彼女が俺に一番伝えたい言葉であるはずなのに、やっぱり感情がこもっていなくて
「私の猫に近付かないで」
彼女が本当に俺を嫌っているのか、疑問に思った。




