樹くんと瑞希ちゃん
「樹の髪って綺麗だよね」
部活が終わって、自主練習に励む俺に瑞希は言った。
思わず足を止めて彼女に目を向ける。
「……綺麗か?」
練習で泥と汗にまみれた髪を差して言う。
「うん、綺麗!」
俺の髪なんかより瑞希の髪の方がよっぽど綺麗なのに、彼女は元気よく肯定した。
「触ってもいい?」
ワクワクした目で尋ねる瑞希に半ば呆れながら「どうぞ」と答える。
「どうも」と言って俺に触れた彼女の手はサラサラと優しく俺の髪を撫でた。
瑞希の髪が風で揺れる。
やっぱり俺の髪より綺麗だと思った。
「ななな何すんの!?」
気が付いたら瑞希の髪を撫でていた。
「ご、ごめん!?」
慌てて手を離して瑞希と距離を取る。
瑞希は赤い顔で、別にいいけど。と呟いたけれど、それでも俺は更に謝る。
「ごめんな、瑞希の髪があんまり綺麗だったから」
そう言った瞬間、瑞希の顔はさらに赤くなって……ついでに俺の顔が赤くなったのもわかった。
気まずい沈黙が流れる。
どうにかしようと思って口を開いたけれど、さらに気まずくなりそうで何も言えない。
「……いいよ」
どうしたものかと考えていたら、瑞希が小さくつぶやいた。
「え?」
聞き取れなくて、もう一度聞き返す。
すると瑞希は恥ずかしそうに下を向きながら、髪……触ってもいいよ。とさっきよりは大きな声で言った。
「え、あぁ……」
曖昧にうなずきながら、瑞希に近づく。
そっと髪を撫でると瑞希は恥ずかしそうに下を向いた。
なんだかこちらまで恥ずかしいじゃないか。
そう思いながらも止めるタイミングが掴めなくていつまでも撫で続ける。
暗いグラウンドで2人っきり。
ふいにそのことに気付いて、俺の胸が高鳴る。
何を考えているんだ。
頭をぶんぶんと振って考えを振り払う。
「樹?」
そんな俺を不思議そうに見上げる瑞希。
「なんでもない……」
「そう?」
不思議そうに頷く彼女に、うん。と答えて顔をそらした。
ついでに彼女から手も離して、そろそろ帰ろうか。と声をかける。
瑞希は、そうだね。と頷いて、俺から離れた。
「瑞希!」
それが何故か、耐えられなかった。
思わず彼女の手を取って、叫ぶように名前を呼ぶ。
「好きだ!」
次いで、自分でも思いのよらない言葉が口から飛び出した。
「なっ!!?」
慌てる彼女に、俺も慌てて……それから何も言えなくて、走って逃げた。
当然返事なんか聞いてもいない。
どうしてそんなことを言ってしまったのか。
ああ、明日どんな顔をして彼女に会えばいいんだろう?