衝突。
昨日の夜から、何度も剣を丸太に振り下ろした。真っ二つになることはなく、中程で止まるのがほとんどだった。
丸太など容易く真っ二つにするほどの威力を出せなければ、ロアの鱗を無視してダメージを与えることなど出来ないだろうと思い、数えるのも億劫になるほど振り下ろす。
朝日が顔を出した時には、眠ってしまい、その場で横になってしまっていた。しかし丸太の半分よりは深く斬ることは出来たが、どうしてもそれ以上は無理だったらしい。
それを目に入れると、落胆を隠すことが出来ず、その場で横になる。途中から無意識で振るっていた為、結果を確認したのはこれが初めてだったからだ。
「……ゼェ……ゼェ……暑いなぁ……しかも丸太にこれだけ振り下ろしても折れないって、どうなってんだこの剣」
汗を大量に流しながら、手に持った紅蓮を見る。俺のセンスがなくて、西洋の剣なのに和風の名前をつけられてしまったある意味悲しい剣だ。
「……叩き斬るのが剣で、引いて斬るのが刀何だっけ。……元から力がないやつなら、剣じゃない方がよかったんじゃ……いや、引いて斬るなんてことは難しい……んじゃないかなぁ……」
最悪、打ち直してもらうかと考えているとぼーっとしていると、剣身にヒビが入っているのが見えた。
「あっ、あっちゃあ……やっぱり年かこいつも。かなり放置されてたからなぁ……」
取り敢えず新しい刀を打ってもらうか、こいつを直してもらうかしようと、鍛冶屋に足を運んだ。
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「って訳なんだけどさ、何とかできねぇ?」
「お前……まだ朝日が登って間もない頃に来んなよ……」
「思い立ったが吉日、とか言うでしょ?」
「遠慮をしろってんだ、まだ疲れ取れてねぇんだよ……」
そう言い、眠そうな顔をカウンターに伏せる。ここの鍛冶屋は、未だに俺の義手を直した時の疲れが抜けていないようだ。言い換えれば、俺がそこまで無茶苦茶な使い方をしたと言うことにもなる。
……そう考えると、なんか申し訳無さがあるな。絶対口にしないけど。
「そんなにボロボロになるほど使ってたかなぁ……」
「現になってんだよ……で、武器は?」
カウンターに突っ伏していた顔を上げて、そう聞いてくる鍛冶屋。俺はそこで、手に持っていた紅蓮をカウンターに置いた。
「じゃ、抜かせてもらうぞ……なんじゃこれ。剣にしては太いな……しかも脆そうだ」
「脆かったら今まで持たないと思うけど?」
「まぁ、そうだな……分かったことと言えば、それなりに年季がある剣だってことだ。そんな剣で斬れるのもまぁまぁおかしいが……お前これどこで手に入れたんだ?」
紅蓮を置きながら向けられた視線が、俺の体の芯まで貫いてその場に縫い留める。鍛冶屋の眼力の凄まじさに少し後退りそうになる。
別に何も後ろめたいことはないのだが、こんなに鋭い眼差しを向けられてしまうと何かしてしまったのではないかと思うほどだ。
「……なんで、そんなことを聞くんです?」
「別に、ただの興味本位さ。……後、この武器はもう長くない。寿命が来てる」
「最初に言って欲しかったなそれ」
やはり、俺の剣はかなり限界を迎えているようだ。ヒビが入った時点でそんな気はしていたが、素人でも使いやすい武器だった為に少し残念な気持ちになる。
「そこでだ。この剣を溶かして、別の武器に作り直す。まぁ刀になるか剣になるかの違いだから気にすんな」
いや気にすることだけどと口から出そうだったが、必死で口の中で押し留めた。……少し音が漏れたけれど。
「取り敢えずだ、この剣を一端ここに預けてくれ。よりいい剣にして返す」
鍛冶屋はそう言いながら、掌を上に向け、こちらに差し出してくる。
「……あんたの腕前を信じるよ」
鍛冶屋の手の上に紅蓮を置き、そのまま店を立ち去ろうとした時、背後から声をかけられた。
「そうだ、あの狼には挑むなよ。武器を持たないなら尚更だ。完全には治っていないだろ、あんた」
「……それでも、あいつを止めてやんなきゃ。ここに連れてしまったのは、俺だから」
その会話を最後に、一歩踏み出しその場を後にした。
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剣を鍛冶屋に預けた俺は、帰路につくのではなく、白焔が待ち構えているであろう森へ向かった。確信はないが、アイツは俺を狙うだろう。
「お前の故郷じゃなくて悪いが、眠らせてやるからな……」
「てめぇが眠らされるんじゃ、小僧。なーに人の忠告無視しとる?」
そんな声が聞こえると同時に、轟音を響かせながら何かが飛来した。それをギリギリ避けたが、頬がぱっくりと避け、血が流れ始めた。
何かが飛来した方向を向くと、里長が何かを投擲した体勢で止まっていた。
「……止められても、やらなきゃいけないと思ったので」
「せめて万全の状態で挑めや。なんで今行こうって思考になる。逆にてめぇが狩られて終わりやろうが」
その言葉に、俺は言い返そうとしたが……どうしても、口から言葉が出てこなかった。
「自分自身がなにしたいかも理解出来とらん奴が何をするって言うんや。自分の繋がりを守るんやろ、真っ先に死に急ぐなや」
「……うるさいよ……」
「うるさいってことは図星か。人の本質ってのそう簡単にはは変わらないねぇ……死にたがりがよ」
そう言われた途端、何かが切れたような感覚と共に、里長の方に向かい走り出した。何も理由はないけれど、気づけば走り出していた。
その勢いのまま、義手を里長の顔に叩きつける。あまり堪えていない様子だったが、そんなことに構わず一気に拳を振り抜いた。
里長はよろめいたものの、こちらに視線を向けてから殴られた部分を撫でた。
「おー……案外いてぇな、嘗めてたわ。しかしどうしたもんか……人の忠告を聞きもしねぇし……まぁ……仕方ねぇか……」
里長の拳に力が入り、音が鳴る。
「しばらく大人しくなってもらうか。万全にはさらに遠くなるけどよぉ」
その言葉を聞いた途端、何も考えずに走り出した。