別離。
「……あ……嘘……だろ……?」
白焔の頭蓋は完膚なきまでに粉砕されており、助からないどころか、即死だったのだろう。しかし、そんなことが分かった所で何になるって言うんだ。
白焔は死んだ。あの化け物に、頭を砕かれて。それだけが真実で、その真実は心の奥まで絶望を染み込ませていく。絶望というものは、ここまで心を折るものだと言うことをどこか他人事のように感じていた。
剣を離してから、右手を白焔の亡骸に置き、左腕はだらりと血だまりの中に落とす。
手に入れた繋がりが一つでも途切れてしまうと、自分はここまで弱くなるものなのだと思い知らされた。今の状態では……とてもじゃないが戦えやしない。もう終わりで……いいよな……?
そんな風に考え、頭を白焔の亡骸に乗せ、横になって諦めかけた時、ふと頭の中に別の考えが浮かんだ。
「……ここで……殺さなきゃ……次は、誰を失うことになる?」
その考えを、震える声で口にする。とても恐ろしいことだ、しかし同時に許してはいけないことだとも思った。
「前に……自分で言ったよな……何が、相手でも関係ないって……なのに人型ってだけで殺せないままで……自分の道が進めるのかよ……!!」
横になっていた状態から、上半身をまず起こして立ち上がる。その後すぐに、義手の腕で自分の頬を殴ってから、義手を血だまりに叩きつけた。
「……これで、弱い部分も一緒に連れてってくれねぇかな、白焔」
答えは当然なかったが、暫くして立ち上がり勢いよく駆け出した。
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先ほど殴り飛ばされた場所に戻ると、雛が下がりながら魔法を放ち、距離を取って戦っているようだった。
声をかけることなく怪物に向かい雛の横を通り抜け跳躍し、義手の拳を顔面に叩き込み、吹き飛ばす。
この時気付いたのだが、白かった義手が血の色のように赤い色に変わっていた。
「光牙さん! その血……!」
「……大丈夫、俺の血じゃない……白焔の血だ……」
「白焔さんを見つけたんですね! よかった……大丈夫そうでしたか?」
……生存を信じきっている雛の顔を見ると、伝えてもよいのだろうかと一瞬迷ってしまった。黙っていても始まらないから、本当のことを伝えるしかない……んだよな……
そう考えると一瞬、泣いている雛の顔が浮かんで来た。
「あ゛ぁ゛い!!」
「うるせぇんだよ怪物、話してる途中だろうが」
飛びかかってきた怪物を回し蹴りで吹きとばす。雛もそれを見て、その白焔の生存を聞くことは後回しにしてくれたようだ。
……この行動自体、ただの先延ばしにしているだけだと言うことは百も承知だけど、今は言えなかった。雛が泣いているのは見たくなかった……からか? 結局、泣かせちまうのに。
「本当……嫌になるよっ!!」
急に沸いてきたイライラを何とかしようと地面に剣を突き刺してから拳を握り、怪物目掛け駆け出した。
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「あ゛ぁ゛ぁ……!」
「ちゃんと口使えやデカブツ! 飾りじゃねぇんだろ?」
大振りの拳が迫って来るが、下から蹴り上げて体勢を崩させ、無防備になった顔に右の拳を叩き込む。怪物はそれを受け、後ろによろめいた途端、体が何かによって宙に舞った。
「……今のは風か。暴風だけじゃなくて仲間や敵を浮かせられるんだね」
「援護はします、ガンガン突っ込んで下さい!」
「了解」
「う゛ぁぁぁ……!!」
宙に舞い落ちてきた怪物の体を、飛び蹴りで吹き飛ばす。その際に怪物が爪を伸ばして攻撃し、目の下辺りを掠り血が垂れる。
「いってぇ……まぁ死なないだけいいか」
「がぁうぅぅ……!!」
垂れた血を指で払い、怪物に歩み寄る。怪物は爪を構えて飛びかかってきたがその怪物の腹部に拳を叩き込んで動きを止めると、首の辺りを掴み地面に叩きつける。
「ぐうぅっ……! あ゛ぁ゛ぁぁ……!!」
「暴れんな、焼き殺すぞ」
そう短く答え、怪物を地面に叩きつけた状態のまま走り出す。何度か怪物の顔面に岩をぶつけたが、あまり堪えていないようで、その鉤爪を滅茶苦茶に振るい首を落とそうとしてきた為顔を蹴り飛ばしながら距離を取る。
剣を取ろうとすると追いかけて来るので、雛の魔法で動きを阻害してもらい、剣に手が届く距離まで近寄った。剣を手に取ったら魔法の攻撃は止んだが、かなり堪えているようで少しふらついていた。
「……面倒臭いな、お前。一体どうやったら倒されてくれるの?」
「う゛ぅ……」
剣を手に取りながら、怪物を警戒し鉤爪を見据える。あれはかなりの硬度だった。剣で斬るのは難しい……なんて考えていても仕方ない。
斬れないなら、力で捩じ伏せるだけだ。
「《ブースト・エクスプロージョン》」
剣を上段に構えながら、魔法を唱える。すると、背後に魔法陣らしきものが浮かびあがる。怪物はこれを見て、鉤爪を体の前で交差して防御の構えをとる。
「どんな防御しても、意味ないと思うけどなぁ……行くぞ」
剣に魔力を流し、炎を纏わせてから一歩踏み出すと、踏み出した地面が爆発し、体が勢いよく前に飛び出す。体の痛みに顔をしかめたが、その勢いのまま剣を振り下ろし、爪ごと体を両断する。怪物は夥しい量の血を吹き出しながら、その身を大きく仰け反らせる。
「う゛ぁぁぁ……!!」
「まだ終わりじゃねぇぞ……!」
仰け反っている怪物に向かい、反動によるダメージを無視して走り出す。その途中、拳に青い炎を纏わせ、胸部にその炎を叩きつけるようにして、その拳を振り抜き、怪物を吹き飛ばした。
「はぁ……はぁ……これでもう立ち上がるなよ……?」
しかし、蒼炎を纏った拳は決定打にはなり得なかった。多少動きが緩慢になってはいるが、怪物がゆっくりと立ち上がる。胸にある切り傷も、少しずつ再生していくのが見える。
ダメージが消えないのはありがたいことだが……目に見える形の外傷が消えるのは少し堪える。だが……
「う゛ぁあう゛……」
「……だからなんだよ、お前をぶった斬ることには変わらないだろうがっ!!」
今の俺には、そんなことを気にする必要はない。いや、気にならない。
ただ目の前の怪物をバラバラにしてから、灰も残らない程に焼き尽くすだけ。その事で頭が一杯だった。
歯を強く食いしばり、剣を握る手に力が入る。
「……何度も言うけど……お前を、斬る!!」
そう叫ぶと、地面を蹴って駆け出した。