水龍現る。
《ったくよぉ、さっきからさぁ! 寝てんの俺は! それなのにお前らは所構わず石投げ込みやがって! トポントポンうるさいの! 結構あぁいう小さい音でも目は覚めるんだよ覚えとけ!》
「龍……だよな。こんな近くにいたんだ……」
「私も知りませんでしたよ。こんなに近くにいたなんて……」
取り敢えず、剣から手を離す。敵意は……ないとも言えないが怒っているだけなら宥められるかもしれない。くっそ、白焔が起きててくれれば、すぐに乗って壁を蹴って出れたのだが……
《あれ? ちょっと待ってくれよ? お前ら何でここにいんの? ここに来るにはあの滝から下ってかないといけなかったろ、落ちてきたのか?》
鋭い鱗が生えた顔が近付き、赤い宝石を思わせるような瞳に俺が映る。
「えぇ、落ちてから結構流されて」
《はぁー、なるほどね。何でこんな所に来たんだろとは思ってたけど流されたのか。お前結構アホだな》
「こいつぶん殴っていいですか?」
「落ち着きましょう!?」
手をワナワナと震わせながら近付こうとした所を雛に引っ張られて止められる。早く抜け出したいという気持ちが強くなった。
《ハハッ、悪い悪い。最近人と話せてなくてな……そうだ、ここら辺の……えーと……なんつったかなぁ……》
「……?」
頭に手を当て、何かを思い出そうとしているようだが、こいつが知っている人物が今生きているんだろうか? 多分かなり前からここにいたようだし。
《そうだなぁ……今生きてりゃ長老って呼ばれてるんじゃねぇかな? で、どうなんだよ、元気か?》
「……っ」
「あ……」
長老。あの日ロアと対決し、散った人物。それどころか里自体が滅んでしまった。そのことが思い起こされて胸の奥からドス黒い感情が流れ出す。
すぐに物に当たりたくなったが、胸に当てた手を血が滲むほどに握りしめ、なんとか堪えた。
《……何となく分かったわ。死んじまったんだな? 先に逝くんじゃねぇよ……》
蒼い龍が空を見上げる。その目からは表情は読み取れなかったけれど、深く悲しんでいるように見えた。
《……わりぃな、暗くなるようなことを思い出させた》
「いえ……大丈夫です……」
《大丈夫そうに見えねぇから言ってんだ。特に嬢ちゃんの方がな》
「雛が……?」
雛の方を向くと、顔色がとても悪くなっており、口を押さえていた。今にも吐きそうだ。雛に急いで駆け寄り背を擦りながら、龍の話を聞き続ける。
《うーむ……失うのが怖いーとか、そういう理由? そんなのがすぐに改善される訳ねぇだろ。本人からすりゃ酷な事だろうが、そういうのは最悪一生引き摺っていくもんだ》
「……何でそう言えるんです?」
《俺がそうだからだよ。人の形してた頃は仲間を誰一人として殺させやしねぇ、なんて息巻いてた。だが結果はどうだ? 自分の願いは叶えられず、その上能力だけじゃなく姿形も化け物になっちまった》
「……待って、あなたは龍人……だったんですか!?」
驚きのあまり、雛の背を擦っていた手を止めて、龍の顔を眺める。雛も顔色が真っ青だが、同じように眺める。以前相対した暴虐の嵐。アイツは龍だが、龍人ではない純粋の龍だと思っていた。
つまり龍人でも完全な龍にいつかは変ずる……?
《あぁ、俺は元々は龍人だった。暴虐の嵐ってのもそうだ。アイツがあんなことになったから、この術は禁忌としてやってはならないものになった》
「禁忌……」
《龍王降誕ってな。人の形に戻れるかどうかは意志次第、邪な意志だとその意志に乗っ取った行動しか取れなくなる。多少は喋れるけどな。暴虐はその例だ。もうアイツは……人の形には戻れないだろうよ》
「一歩間違えれば人の形を失い、完全に龍になる術……これが警戒されてるのか……」
「でも一体龍が増えた所で何か出来るんでしょうか……?」
そう、平坦な戦場などでこれをやったとしよう。確かに力は強いが、その分集中放火を受けることになる。
多少は耐えられるだろうが……それでは格好の的だ。今の人間達なら強力な魔法を使い、蜂の巣にされるのが関の山なのでは……?
「あの三つ首の龍はとても硬かったし、耐えられない訳ではないんでしょうけど……」
《あぁ、普通ならな。この禁忌は自分を龍に変化させる術。つまり鱗もバカみてぇに硬くなるんだ。魔力も弾く鎧をその身に纏っているのと同じ状態って訳だ》
「なるほど、それなら耐えられることにも納得出来ますね」
そう考えている間に、雛が龍と話しており、頭に浮かんだ疑問を解消してくれた。
「……なら、余計急がねぇと。ロアのやつやその手下がさっきの禁忌なんて使ったら真っ先に滅ぼされるのが人間だ。知り合いもいるし……何より間違ってると思う」
「でもここから出るには……」
《ようし、なら水の中に入れ。飛ばしてやるから》
……飛ばす?
「噴水みたいなものでしょうか……」
《お、嬢ちゃん正解だよー。という訳でそこで寝てる狼起こすか背負ってこい。狙った場所まで飛ばしてやる》
……何だって?