疲労と一方その頃。
「で……これどうなるかなぁ。流されることには変わりないんだろうけど、どこまで……そんな都合よく目的地までー、なんてことはないだろうし」
かなりの急流の中で木にしがみつきながら、流されていく。足は冷えきって、ただ水の中にあるだけのような感覚だ。
「多分、目的地にしてた場所からは離れていってますね……おまけに少し寒いです」
「体も冷えきっとるからの。そろそろ何処かに上がらねばなるまいて」
「ただ周りが絶壁なんだよな……どうするか。炎のワイヤーだってこんな風に周りが水だと消えそうだし」
そうこうしているうちにも流されているのには変わりない。どうしたものか……
「あれ……ちょっと速度が上がってきてません?」
その言葉に反応して、気になって後ろを向く。早まっているということは、更に急流になるか、もしくは……
「……うっわ、最悪だ。ここの地形どうなってんだよ……」
滝があるかの二択しか思い付かない。加速は早まり、どんどん滝に近付いていく。
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「……やっべ、これ地底行きじゃない? さっきからそんな気がする」
「そんな事言ってないで足を動かして下さい!! 流石に地底に落ちたらどうなるか……」
「おしまいじゃな……これは、どうあがいても落ちるじゃろうて」
足を動かすが、全く速度が落ちることはなく、勢いよく滝に向かっていく。このままでは……
「普通に死ぬだろこの勢い……! 水辺だと飛べるのかどうか危ういしさぁ! ちょっとかかったら俺の翼は消えるかもしれないんだろ、遅かれ早かれ叩きつけられて死ぬんじゃないか!」
拳を木に何度も叩きつける。最近拳を使うことが多くなってきたからか、拳が以前より硬くなっている。しかしまだまだ柔らかいようで、少し赤くなってきている。
そんなことをしているうちに、足先が浮遊感に包まれた。もう落ちるしかないだろうなぁ……
体が傾く。次の瞬間には重力に従い落下を始めるだろう。諦めたように目を瞑り、落下が始まる。
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「……ぷっはぁ! 死ぬわ、腹がくっそいてぇ! 腫れてねぇよな……」
「流石に死んだと思いました……」
「早く上がってくれんか、そろそろ本気で暴れるぞ」
「あのさぁ……」
丁度池の中心部に落ちた。滝壺に落ちないよう、必死で泳いだ。結果、このように岸に着くまでで体力を消費しきってしまった。
岸に上がった途端、白焔を下ろすと耐えきれずに地面に倒れ込む。体中が全て鉛になったように動けない。
「……やっべぇ……辛い……」
「うわぁ、すっごく疲労が溜まってますね……この状態だと、襲われたらまずいですよ」
こんな会話をしているうちにも、瞼が落ちてきている。視界もチカチカと明滅している。
……ダメだ、意識が……途切れる……
「……少し休むとしようかの。光牙の義手が直るまでの時間は優にあるじゃろうしな」
「そうですね……あれ本当に鉱石なんでしょうか……」
「鉱石じゃよ、本当に希少じゃがな」
そんな会話を聞きながら、俺の意識は容易く、闇の中へ沈んでいった……
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「……エセルバートが戻らぬな。油断などするからだ、これだから頭が足りないやつは……」
薄暗い部屋に、蒼い炎が空に灯っている。その炎が灰色の髪と金色の瞳を照らす。その顔は心の底から呆れており、隠すこともせずに溜め息をつく。
「……しかし、私の責任でもあるなこれは。あの時確実に仕留めておくべきであった。一人だけの力ではないだろうが、まさかそれだけの力を手に入れるとは……全く……」
顔を片手で覆い、俯く。小刻みにその体が震え、次第に小さな笑い声が響く。その影から全身黒ずくめのフードを被った人物が、音もなく現れた。
「……主よ、どうされました。貴方様が笑うことなど今まで、ほぼなかったではありませんか」
「何、少しは暇潰しが出来そうだと思ったんだ。あの赤い龍人でな……丁度客人も来ているのだろう? お前をけしかけようと思ったが……止めにするか。私直々に相手をしよう。お前はエセルバートを回収してくれ」
「……申し訳ないのですが、その……あのような脳筋、最早必要ないのではありませんか……?」
露骨に嫌そうな表情を隠すこともせずに、黒ずくめの人物が言う。私はそれに対し、少し笑ってから頭を振って答えた。
「違うのだよ、単純だからこそ駒にしたいのさ。アイツは戦いたいから私の元に来た。なら最後の最後まで使い潰してから捨ててやった方がいいだろう?」
アイツは突撃して、勝手に炸裂して死んでいくだろうよと、呟くのが黒ずくめの人物の耳に入った。
「なるほど……では、エセルバートを回収し……強くすればよいのですね?」
「あぁ、頼むぞ? 私の一番の部下よ」
そんなやり取りをして、黒ずくめの人物は扉の方に向かい、扉の前で影の中に潜り込む。
黒ずくめの人物が影の中に消えてから数秒も経たないうちに、轟音とともに扉が吹き飛ばされた。煙の中から四人程の人影が見える。
その人影を見た途端、口元に笑みが溢れた。
「やれやれ……普通、人様が住む家の扉を吹き飛ばすかい? 気に入っていたんだが」
「普通の範疇ではない者が待つ場所に、無策で入るほど愚かではない。まずは扉を吹き飛ばして、罠があったとしても無意味にした。」
その声と同時に、金色の長い髪と強い意志を持った緑色の瞳を持った勇者然とした男が煙を払って現れる。
その背後には魔法使いのような格好をした親子のようにも見える男女二人、魔導銃をこちらに向け、強く睨んでいる女がいた。
「なるほど、確かに真正面から入ってくるならその時点で貴様らなど消し炭に出来るからな。少しは利口じゃないか」
雷を操る龍の居城にて、勇者と雷龍が相見えた。