起死回生。
武器がぶつかった途端、俺の体は少し後ろに下がる。一合ぶつけ合う度に筋力の差が、目に見える形で現れていた。
俺とアイツでは、腕力では拮抗すらできない。分かっていたが、正直な所もう少し耐えられると踏んでいた。
斧が首目掛けて振り下ろされる。その度に死ぬぞと脳が警鐘を鳴らし、何度もその軌道に義手か刀を割り込ませ防いできた。
「反応が早ぇなお前……だが剣じゃ俺は斬れない! 何故刃がボロボロにならないのか疑問だが、んなこたぁどうでもいい! 壊させろぉ!」
横凪ぎに振るわれた斧を義手で受ける。義手の表面が欠け、キラキラと地面に落ちる。
斧を振り抜いて無防備になっている所に、鉤爪を使って切り裂く。効いてはいなかったが、勢いよく振るった為に少しだけ後ろに下がった。
「何だよ……なんか喋らねぇのかよ、さっきみてぇに。守るので手一杯かぁ? ならこれも防いでみろよぉ!!」
高笑いをしながらエセルバートが高く跳躍し、落ちる勢いを利用してそのまま斧を振り下ろす。剣で防ごうとするが落ちてくる最中、エセルバートの斧に魔力が集まり、赤熱しているのが分かり、一つの結論が出た。
(あれは防げない……!!)
武器に魔力が集まるということは、先程から受けている攻撃よりも単純に威力は上がっている。
今まで攻撃を受けてきた、剣を持つ手も痺れ、義手にもかなりダメージが蓄積している。おまけに義手だけでなく、体全体にもダメージがある。万全の状態でも分からないのに手負いの状態では防げるものではない。
「(今までだってギリギリ防げてた威力だぞ……!? 軽く見積もっても二倍ある、防げる訳がない!) 何でわざわざヤバいのを受けないといけねぇんだよ、死んでたまる……か……?」
直撃を避けようと雛の方に走り出すが、数歩進んだ所で急に体がよろめき、地面に倒れ込む。
(くっそ、もう限界か……!?)
「もう立ってられねぇようだなぁ!! これで終わりなんだよ、諦めろぉ!!」
「誰が……!!」
斧が降ってくる直前、尻尾でエセルバートの体を叩き、自分は軌道から外れ、エセルバートの斧は地面に叩きつけられる。
そのままエセルバートに掌を向け、炎を放ち飛んで距離を取ろうとした瞬間。
斧に籠った魔力が一気に放たれ、地面が根こそぎ吹っ飛んだ。当然、エセルバートはその鋼のような鱗で無傷だろうが、俺と雛はそうもいかない。
視界が白く染まり、体を弾丸並みの速度で飛来した無数の石や岩が打ち据える。
視界が色を取り戻して来ると、自分はかなり吹き飛んだようだ。落ちていることから察するに、自分は空にいるのだろう。それも、かなりの高度に。
地面に激突すればミンチになるだろうなと思い、体を反転させる。
……そこには、地面がなかった。吹き飛んだのか、消し飛んだのか分からないが……元の世界で言う、半径五メートル。こちらの単位で言えば5ソル。それだけの部分が綺麗にぽっかりと穴が空いていた。
「おいおい……!! こんな威力受けてたら普通に死ぬレベルじゃねぇか……!! ロアのやつ、本当に全力なんて出してなかったのか……」
そう言いながら、翼を広げてゆっくりと降りていく。
地面に近付くにつれ、被害がはっきりと分かるようになった。そこまで大きな被害ではなかったものの、エセルバートの姿が見えないのがとても気がかりだった。
辺りを見回して探すが、人の気配が全くしない。アイツが丁度、爆発の中心部だったことを考えると、消し飛んだと考えるのが妥当だろう。
(別に同情する訳じゃねぇけどよ……なんか怖いな……洗脳されてるようには見えなかったし、あれが素なのか? っ、そうだ雛はっ!?)
雛が横たわる場所へ勢いよく視線を向ける。そこにはいなかったが、少し先に横たわっているのが確認出来た。
雛は爆発の衝撃波で吹き飛んだのであろう、木に何かがぶつかったような跡がある。
「よかった……取り敢えず無事……うぉっとぉ!?」
翼を消して、地面に足をつけた瞬間、足元から地面が崩れていく。地盤が耐えられなかったのかはわからない。しかし、この規模だと……雛の場所まで巻き込まれる。
「あぁくそ、なんでこう休ませる暇もなくトラブルって起こるんだよ!? 俺が呼んでんのかトラブル!」
体は既に落下を始めている。今から翼を広げても空を飛ぶには時間が足りない。それに、今の体力では出来て滑空が限度だろう。
……といっても、翼を限界まで広げて落ちる速度を緩める程度だが。
「まずは雛の所まで走る……にしてもあれだから、くっつく……じゃなかった《ワイヤー・フレイム》!」
剣を鞘にしまい、掌を前に突き出して唱える。この魔法は、以前使った《くっつく炎》という魔法とだいたいは同じだ。
くっつくよりも、丈夫な縄をイメージしているうちに、ワイヤーが頭に浮かび、そのワイヤーの先が刺さり巻き取りながら行きたい場所に向かうという、よくある移動手段を思いついた。
「本当、なんで最初に思いつかなかったかなぁ……!」
ぼやきながら落ちてくる岩にワイヤーと化した炎を突き刺し、雛の場所まで急ぐ。たまに滑空して、時間を稼ぎ、落ちて来た岩にまた刺すの動作を繰り返し、勢いをできるだけ殺さずに向かう。
(待てよ……? これ、落ちて来る岩に刺して飛び出せば間に合うんじゃ……?)
丁度良さそうな岩に炎のワイヤーを刺し、勢いよく巻き取る。体に尋常ではないGがかかるが、耐え巻き取っていく。
結果、体は勢いよく前に飛び出し、その勢いのまま翼を広げ、大空へと飛び出した。
「……はぁっ!! 息が詰まった! あまり推奨されないやり方だ、これ」
勢いよく登っている最中の体にかかったGから解放され、息を吐く。
崩落も一旦落ち着いて来た為、地面に降りて、雛を探す。大体の場所は覚えていたが、正確な場所は覚えていなかった。先程見つけた辺りの場所に走る。
走り出した途端、後ろから崩れるような音がした。後ろを少し振り向くと、かなりの勢いで崩落していっている。
「おいおい……洒落になってねぇぞ!? 俺は探検家じゃねぇつうの、そんな死ぬような自然のトラップはやめろぉぉ!!」
後ろを向くのをやめ、全力で前だけ見て走り出す。すると走っているうちに、目を覚ましたか雛が上体を起こしていた。
「よかった、目が覚めてた……!! 雛!!」
最初は呟きながら、雛の名を半ば叫ぶように呼ぶ。聞こえたようで、雛もまた叫び返す。
「光牙さん! エセルバートは……!?」
「今は逃げるよ、まだ勝てる見込みはないし、本当にヤバいから! 取り敢えず手を伸ばして、掴んで持ち上げる!」
言葉に従い、雛がこちらに手を伸ばす。その手を掴み、引っ張り上げて背負う。背負いながら走り出すと、俺の後ろの地面から何かが勢いよく飛び出した。
「ハッハァ!! 逃がすかよ、お前ら二人ともここで死ねやぁ!!」
エセルバートの声が響き渡り、腕を振るう。放たれた空気の砲弾が俺の足を捉え、俺は倒れると同時に、雛を離してしまい、二人で地面を滑りながら停止した。エセルバートは持っていた斧の柄を投げ捨て、こちらに近付いてくる。
「うわっ!?」
「ぐうっ……お前、どうやって……!!」
「あ? 地面を砕いてたのは俺だよ。まぁそうだなぁ……なんか聞きたいことねぇか? 冥土の土産に教えてやるよ」
こいつ、地面を掘り進んで来たとでも言いたいのか……!? まぁそれは後で考えるとして、この状況……どうしようもない、諦めるしかないようだと、口を開く。
「お前の固有能力はなんだよ。俺が光を操ったり、雛が暴風を起こせるんなら、お前は……」
「俺のはあれだよ、空気弾……鱗は元々硬かったからな、俺は。赤毛の方は聞いてやったぞ、そっちの黒毛は?」
「……あの人を、本当に殺したのか」
「お前がそれを知ってどうなるんだよ。今から死ぬってのに」
雛の手に首に手をかけられ、締め上げながら体を持ち上げられる。雛は苦しそうにうめき声を上げながらも、エセルバートを睨んでいる。
「待てっ、まず俺からにし「もう黙っとけよお前も」……!?」
俺は手を伸ばしたが、その手は勢いよく踏みつけられた。ゴキリという音が聞こえ、手から尋常じゃない痛みが走る。
「ぐうぅっ!!」
「順番に殺してやっから、大人しく待っとけよ。もっとボロボロにされたくないだろ? それに、そろそろお前も限界だ。もう体が動かないだろう、よっ!!」
顔を蹴られ、視界が揺れる。その後に蹴りで放たれた空気弾が腹部に強烈な衝撃を与え、口から胃液を吐き出してしまう。
「な? 限界だろ? こっちの黒髪も死にそうだし……!?」
突然、エセルバートが目を押さえながら飛び退いた。
「ぐあぁぁっ、てっめぇ……!!」
「かはっ、げほっ……! こんな程度で死にませんよ……!!」
指を銃のように構え、風の弾丸を放つことで目を潰したようだ。エセルバートが押さえた目から、血が垂れている。
「流石に目は硬くないみたいですね……! げほっ……」
「……てめぇから絶対殺す」
エセルバートが今にも飛びかかりそうな雰囲気を醸し出す。それに気が付いた俺は、自分の尾を動かせるか確認した後に、手を隠しながら鉤爪に変える。
「死ねやぁ……!!」
「させるか、クソ野郎っ」
「ぶっは!? 何しやがる!」
尾を足に引っ掛け、転ばせる。すぐに立ち上がらないように馬乗りになり、一発顔にぶち込む。
「ぐっ……少しは効いたがそこが限度d」
「うるせぇ黙れ」
何も出来ないように、特に詠唱をさせないようもう一発左で殴る。やはり金属がぶつかるような音がし、こちらの攻撃のダメージは見込めない。
「だから効かねぇって、言ってんだろうが馬鹿!!」
「がふっ……!! へへっ、がら空きになってる部分があるんだよ、ここだ!!」
頬を右腕で殴られたが左腕をすぐに引っ込め、掴み地面に押し付けることで止める。押し付けると、直ぐ様左腕を右足で踏みつける。
「くそっ、離しやがれ!!」
「やなこった、ここで離したら殴られるし」
折れている右手を自分の顔の高さまで上げてから、目に向かい振り下ろす。
「ぐあぁぁぁぁ!! 目がぁ……目がぁ……!!」
エセルバートが暴れだし、俺は吹き飛ばされたが、雛が受け止めてくれたので地面に落ちることはなかった。
「雛、汚れるぞ。血がべったりとついてるから」
「大丈夫ですよ、もう今までにないぐらい汚れてます」
そのやり取りの中で、俺は地面に下ろされる。雛に肩を貸してもらいながら、暴れるエセルバートを睨む。
「クソが……!! どこに行きやがったぁぁぁぁ!!」
激昂し、無茶苦茶に空気の砲弾を放つ。頬を掠め、そこに手を伸ばし、触れる。すると少量ではあるが血が出ていた。
「切断も出来たのかよ……あぶねぇやつだな」
「光牙さん……今なら、アイツも倒せるんじゃないでしょうか」
「馬鹿言うな、あぁ言うのは一発当たったらおしまいだ……当たればの話だけど」
先程から、アイツは大振りな攻撃しかしていない。当たれば痛いでは済まないだろうが、あそこまで大振りでは外したら隙が出来てしまう。
その隙に、アイツを裏の大穴に落とすことができれば……
「雛……アイツを倒すぞ」
「光牙さんが言わなきゃ、私から言い出してました」
俺達は自分の足で真っ直ぐと立ち、エセルバートを睨みながら全力で駆け出……
「待たんか馬鹿ども!」
……す前に、後ろに引っ張られた。