過去の因縁。
……頭を強く殴られたような気分だった。分かっていた筈なのに。自分の求めた物が、他人の求めたものではないということに。
「ふむ……む? 主よ。ここから先に悪しき者達の気配がする。雛は主が何とかせい」
「え、ちょっと待っ……えぇ……」
白焔は何かを感じ取り、その方向に走って行ってしまった。自分で雛に聞いたのにも関わらず。
(アイツ何で俺に任せて行ったんだぁぁ!? 俺より君がやった方がいいんだよ!? 俺多分だけど地雷踏み抜くよきっと!)
眉間を押さえ、その場に座り込む。こうなったら色々推測して、地雷を踏まないように頑張るしかない。
繋がりが怖い。つまり、それは失ってしまったからだろう。その繋がりになっていた人を。
「……どんな人だった? その恩人って」
「死にかけていた私を救ってくれたんです。それからは親代わりになってくれて……」
その時を思い返している雛の顔は、少し笑っていた。幸せな記憶なのだろう。しかしどんどん顔が険しくなっていく。
「あの時には、私を逃がそうと一人、戦って時間を稼いでくれたんですでも、ある黒い龍人の男が来てから焦りだして……すぐに逃げろって。走り出して直後に響いた大きな轟音と衝撃波のせいで気を失ってしまい、録に逃げられやしませんでしたけど……気付いた時には、もう誰もいなくなってました」
「そうか……ごめん、辛いことを話させたね」
「いえ、こちらこそ今まで何も話してきませんでしたし……大丈夫です」
そう言いながらも、雛の体は小刻みに震え、手で顔を覆い隠している。口では大丈夫だと言っていても、全く大丈夫には見えない。俺は一度手を伸ばして、引っ込めた。
(俺が声をかけて何て言うんだよ……辛かったね、とかそんな同情じゃねぇだろ、求められているのは……!)
引っ込めた手を強く握り締め、歯を食い縛る。雛の心の傷はとても深く、自分ではとてもじゃないが癒せそうにない。
「そういや、黒龍がトラウマになってる訳じゃないんだな。下手人はその黒龍だろ? ティナを見て何とも思わなかったか?」
「何も思わなかった訳じゃないんです。でも、アイツの鱗はティナさんのより黒く見えた。光を呑み込んでしまうような、そんな漆黒に近い色だと覚えています」
「なるほど……要するに、ティナよりも格上か……」
(つまり、龍人の鱗の色は変化する。これは自分でも分かってた。自分の鱗もより深い赤色になったからな……色が濃いほど強くなるのか? ティナの時点で、普通の龍人と黒の龍人との差は嫌でも認識させられたから、更にティナよりも強い黒龍……そいつが生きていて、襲いに来るとしたら、まずいな……)
そんなことを考えていると、不意に地面に人の影が映る。雛は気づいていないのか、立ち上がる気配がない。
「……ッ!! 雛!」
「きゃっ!?」
雛を咄嗟に抱え込み、その場から離れる。人が落ちて来た部分の地面がひび割れ、衝撃によって吹き飛ばされ、地面を転がりながらも強く雛を抱き締めてダメージがないようにする。
「大丈夫!?」
「は、はい……大丈夫です……」
雛の顔が、いつもより赤く染まっている気がする。そして、自分が今やっていることを冷静に顧みて……自分が今、トンでもないことを仕出かしたのではという考えに至る。
その考えに至った瞬間、飛び退くように離れる。
「……すみません……」
「いえ……気にしないで下さい……というかどちらかという謝るのは私の方です、惚けてしまっていてすみません……」
……しまった、何とも気まずい雰囲気になってしまった。これから落ちて来たやつと戦闘になるこもしれないってのに。
「オイオイ、なんだよ……雷帝が俺らを使いに出すから何かと思えば、ガキ共の始末か……つまらねぇな。おい、どっちが雷帝と殺り合った?」
舞う土煙の中から、筋骨隆々の男が歩いてくる。顔にはゾッとするような笑顔を浮かべている。雷帝というワードから察するに、どうやらこいつもロアの手下らしい。少しだけでも時間を稼がねば……
「さぁ? 俺達は雷帝なんて知らないよ」
「んだよ、外れか……まぁ命令は命令だ、ちょっと死んでくれや」
そう言うと、自分の身の丈程ありそうな斧を取り出し、地面に叩きつけた。
瞬間、轟音と共に視界が白く染まり、体が浮き上がるのを感じた。少しの間感じる浮遊感と、共に吹き飛んだ物が体を掠める。ほどなく地面に落下し、視界が色を取り戻す。
「……冗談だろ……」
俺達がいたのは少し前まで確かに森の中だった。しかし、俺達が今立っている場所には木々の一本とも生えちゃいなかった。根こそぎもっていかれたか、消滅したか……どっちにしても、勝ち目があるようには思えなかった。
「あ、しまった。加減しすぎたわ……森を潰すなと、あれほど言われたからなぁ……やっちまった」
(オイオイ、あれで加減されてんのかよ……!?あんなの見た後じゃ懐に飛び込んで短期決戦なんて怖くてとてもじゃないが出来ねぇぞ!?)
目の前にいる男はどれほどの化け物なのか。そう考えるだけで体の動きが鈍る。
(畜生、早速命かけたデスマッチかよ……!! 逃げ一択しか戦法がねぇだろ、あのバ火力相手には……!)
そう考え、雛にそのことを伝えようと振り向いた時だった。
横を何かが、突風と共に突っ切り、目の前にいる男に向かって突貫した。
「っ、雛!?」
「お、なんだてめぇが雷帝とやりあったのか?」
そう言うと斧を大きく振るい、地面に沿った衝撃波を飛ばす。雛はギリギリのところで避けるが、衝撃波だけの余波だけで吹き飛んでしまう。
「ギャハハハ!! なんだよ、少し軽すぎたなお前!」
そう言うと、一気に雛の目の前に現れ、拳を腹部に叩き込んだ。雛の体が容易く宙に舞い、地面に叩きつけられる。
「ぐうっ……げほっ……雷帝なんかどうだっていい……お前に聞きたいのは、あの人をどうしたかだ……!!」
普段の温和な雛からは予想できない程の怒りようだ。まさか……
「あ? あの人ぉ?」
「お前は忘れているかもしれないが、私はお前を知っているし、忘れることなんかないぞ!! 私の恩人をどうした、エセルバート・ディーマー!!」
「……そうか、お前あの時のアイツが逃がしたクソチビか……てめぇ、生きていやがったのか!」
エセルバートは一瞬驚いたようだったが、すぐに元のゾッとするような笑顔に戻り、こちらに向かって駆け出して来た。雛も先ほどと同じように突風を纏って飛び出したが、先程よりも速く、先に攻撃を繰り出せる間合いに入るのは武器が薙刀である雛の方が速い。
「でぇぇあぁぁぁ!!」
「こいつ、さっきよりも速……ぐっ!?」
エセルバートの顔に刃の部分が諸に当たり、体を大きく仰け反らせ、数歩下がらせる。しかし、血が出ている様子はまるでなく、逆に薙刀の方に皹が入っていた。
「嘘でしょう……!? 何で薙刀の方が……!」
「残念だったな、そう簡単に俺の鱗が貫ける訳ねぇだろうが!!」
「ヤバい……!! 下がれ雛!!」
「っ、しまっ……!!」
薙刀に皹が入り、惚けていたところに強烈な蹴りが入り、薙刀が手から離れ、地面を数回バウンドして転がる。意識は失っていないようで、近くにあった薙刀に手を伸ばしている。
そこにゆっくりと、エセルバートが近付く。その姿はさながら死神のようで、持っている凶器が、鎌ではなく斧であること以外は、まさに死神だった。
自分は何をしているんだろう。体が動かない。恐怖からか、奴に突き立てる為の牙すら使おうとは思えないらしい。体が小刻みに震えている。
「オイオイ、もう終わりかよ? アイツはもっと耐えたぞ? 最後には俺がぶっ潰してやったけどな」
「……!!」
拳に力が籠る。止めろ、それ以上言うんじゃない。
「仕方ねぇさ、アイツもお前もその風が頼りだった。それを封じられてしまえば……雑魚だ。殺されるのを待つしかなくなる」
「お前が……!!」
さらに俺の震えが強くなり、掌からパチパチと火の粉が舞う。雛は憎しみでその整った顔を歪めている。
「ま、今知ったところで遅い。向こうで仲良く話せばいいさ。あばよ」
「エセルバートォォォ!!」
斧が雛に向かって振り下ろされた瞬間、俺は全身に強化をかけ、斧と雛の間に入り込む。すぐに斧の刃を左の義手で受け止めながら、雛を庇うように立つ。
「お? なんだ今の今まで震えてた野r──」
「うるせぇんだよ、黙って吹き飛べ」
かけた強化を全て右腕に回し、よく回る口に拳を叩き込む。そのまま腕を振り抜き、顔がこちらを向く前に腹部に鋭い蹴りを突き刺すように繰り出し吹き飛ばす。
「選手交代、こっからは俺の番だ。覚悟しとけクソ野郎ッ!!」
エセルバートが立ち上がる前に拳を構え、拳に炎を纏わせ走り出した。