再生する牛頭と脳筋(馬鹿)。
ふと気になり、地面に落ちた血液を横目で見る。そこに生えていた筈の草木が、かなりの勢いで燃え、灰となっていく。放っておくと、自然に発火し、灰になるまで焼き尽くす血液……
「それに血塗れだった……そう考えると、別種の魔物を食ったなこいつ。マジかよ、なんか自分の血にしてはと思ってたけど、魔物同士の喰らい合いなんてのもあるのか……しかも少なからず強化されると……七面倒臭いな」
剣を中断に構え、どこから来てもいいように備える。流石に無策で突っ込んでいい相手じゃない、気を付けなければ……!
冷や汗が首筋を通る感覚を感じながら、ミノタウロスを注意深く観察していると、左腕の断面の肉がボコボコと隆起し、左腕を形作る。新しく出来た左腕は、先程より強靭そうで、黒く変色していた。
「おい嘘だろ……再生持ちかよ……!? じゃあ体の部位を切り落として攻撃手段を無くすことも出来ないじゃねぇか、七面倒臭いことしてくれんなぁおい……!」
俺の声など取るに足らないと言うように、左腕の具合を腕を回したり、指を別々の方向に動かしたりして確認している。
最後に近くにあった岩を掴むと、その岩を容易く握り潰し、こちらを向いてその顔を醜悪に歪めた。
ミノタウロスは砕いた岩を投げ、石つぶてが散弾銃の弾丸のように飛び散る。飛来した石の弾丸は、あるものは顔を霞め、あるものは腹部に当たったりなどと、命中率はお世辞にもよいとは言えない。
しかし、かなりの速度を出している。まともに当たった箇所から痛みが走り、顔の霞めた部分は血が垂れる。これをもう少し近付いた場所で、全てまともに受けてしまえばただでは済まないだろう。
「近付き難くなっちまったなぁ……《フレイム・ウィップ》」
一度右手に持った剣を、左手に持ち替え魔法を唱える。唱え終わると掌から炎の鞭が形成され、右腕を小刻みに振るうとそれに合わせ鞭が動く。
「さーて……どんな風に行動すんのかな、っと!!」
「ヴォォ……! ヴォッ!?」
大きく腕を動かし、それに合わせた炎鞭がミノタウロスの体を強かに打ち据える。打ち据えた箇所は黒く焦げ、煙が上がっていた。
「さぁ、まだまだ行くよ! そらっ!!」
「ヴォォ……」
今度は連続で別々の場所を打ち据えるように、何度も炎鞭を振るう。ミノタウロスは顔には当たらないよう、顔を腕で守っている。
何度も炎の鞭が、体中を打ち据え、ミノタウロスの体を焦がしていく。しかし、それでもミノタウロスはジリジリと距離を詰め、近付いて来る。
さらに腕を振るい、強く打ち据えるが、ミノタウロスは歯を食い縛りながら近付き、手を伸ばせば俺に届きそうな距離まで近づいた瞬間。
「ヴォォォォォォ!!」
「っ! しまっ……うわぁぁ!!」
俺の頭を掴み、豪快に地面に叩きつけた。その後、浮いた体に追撃と言わんばかりに腹部に左の拳が叩き込まれ、地面を転がりながら吹き飛ばされる。
「ごふっ……!! くっそ、やってくれるな……!!」
血を口から吐きながら、足に力を入れて立ち上がる。膝が笑いだしたが、それがどうした。こいつをここで倒さないと、こっちがやられる。
「ヴ……ヴォ……ヴォガァ……」
「……何でずっと唸ってるんだ……? 何かあるのかもな……」
「ヴォォォォォォ……!!」
(あ、なんか怒ってる……? そりゃ獲物逃されたら怒るよなぁ……)
そんな風に考えていると、地面に大剣を投げ捨て、両腕を地面につけ、突進の体勢を取る。
「まぁ……なんというか……今度こそ死んだな、これ」
足は思うように動かず、回避は難しい。尻尾で地面を叩いて軌道から逃げるのはまず無理だ。単純に距離が足りない。飛んで避けようにも、ギリギリ間に合うかどうか……
(……受け止めるか……?)
普段なら絶対にしない馬鹿げた考えが、頭の中に生まれる。回避は不可能ならば、防ぐしかない。
しかし、これは厳しい……成功してもしなくても、かなり腕にダメージが入るだろう。
「……どう考えても、俺の頭じゃこの策が限界、か……まぁ、生きたいってんなら、やるしかねぇだろ……!《部分龍化》!!」
ゆっくりと足に力を込め、立ち上がりながら叫ぶ。
その言葉と、込められた意思に呼応するかのように、右腕が鱗に包まれていく。左腕のシンプルな形の義手は、青い半透明の龍のオーラらしきものに包まれる。
ついでにブーツにも魔力を流し、ブーツの踵から刃が飛び出し、地面に突き刺さる。
しかし、これだけでは心もとない。精々、強度と筋力が少々上がった程度だ。
なら、別のものを重ねればいい。
「プラス、《付与・剛力》……!!」
俺の体から、赤いオーラが吹き上がり、左腕の龍のオーラも赤く変色する。
「すぅ……来いやぁぁぁぁ!!」
叫びながら、腰を落とし、突進を受け止める構えを取る。
「ヴォォォォアァァァッ!!」
俺の声に呼応するかのように、ニヤリと笑ってからミノタウロスも叫び声を上げ、突撃してくる。一歩進む度に地面が揺れ、木の上にいる鳥が驚いて飛んで行く。
しかし、今は鳥がどこに行くかなど見ている場合ではない。今は目の前の暴走機関車のごとき突進を受け止めなければいけないんだ。
巨体が迫る。一歩が早く、目を閉じれば次に目を開けた時は牛の頭が目の前にあるだろう。目を閉じたとしても、瞼の裏にはこいつの突進が焼きついて離れはしないだろうが。
俺の腕が、角に触れられる距離にまで近づいた。角を全力で掴み、ミノタウロスが突進してくる逆の方向に力を加える。
踵から飛び出た刃物が簡単に折れ、少し押されるが、段々勢いを無くしていき、完全に止まる。
さぁ、ここからは力比べだ。