剛力。
戦闘は、互いに相手の一挙動も見逃してなるものかと言ったように睨み合いながら、武器の切っ先を向け、互いに円を描くように動き出したのが始まりだった。
今の俺は病み上がりで、相手は以前打倒したミノタウロスよりも強い。恐らく、自分よりも。確実に、以前のようにはいかないだろう。かなりの勢いで地面に叩きつけても、ケロリとしている。寧ろ、闘争心を刺激してしまったまである。
今俺が出来る行動は二つ。
一つ、仲間が到着するまで、時間を稼ぎながら戦う。
二つ、自分一人で対処、目の前のミノタウロスを倒す。
……正直、どちらを選んだとしても一筋縄で行きそうにない。なら出来るだけ簡単な方を……
「ブモォォォォッ!!」
「うるさっ……!?」
なんだこいつ、急に叫びだしたぞ……? 足元に何か……なんだ魔法陣か……ビックリさせやがって……
……え、魔法陣!?
「嫌な感じがする、ちょっと距離を取って……ぶっ!?」
少し走って距離を取ろうとすると、何かにぶつかった。鼻を押さえてその何かを触ると、壁のようだが、そこには何もない。
その壁のような物にノックをするように拳をぶつけると、コンコンと音がなった。どうやら、ミノタウロスはあの睨み合いの間に魔力を使い、障壁を発生させたらしい。
「……逃げ場はない、ってか!? 時間稼ぎじゃなくなっちまった! 倒すしかねぇ……!!」
額から、滝のように冷や汗が垂れる。ミノタウロスはその強靭な脚力を使い、飛びかかろうとしている。
「……やっぱり野生なんだな。そんな攻撃が通じる訳ねぇだろうが」
「ブルルルゥ……」
ミノタウロスの口元が、三日月状に歪む。それを見た俺は、紅牙を両手で持ち、防御体制を取った。
ミノタウロスが、地面を蹴る。すると、姿がブレ、目の前にその体躯が現れる。右腕は無骨な大剣を大きく、横凪ぎに振るおうとしている所だった。
「なんだこのスピードは!? ぐっ、おぉぉぉぉ!?」
横凪ぎに振るわれた大剣は、ミノタウロスの力に速度がプラスされており、到底防げる物ではなかった。一撃で防御体制を崩され、大きな隙を作ってしまう。その隙を逃す筈もなく、両手で大剣を持つとそのまま真っ直ぐに振り下ろして来る。
「やっべ、あっぶねぇぇぇ!?」
尻尾で地面を叩き、跳ねることによって無理矢理大剣の軌道から離れた。振り下ろされた地面を見ると、ひび割れており、あれを受けたらと考えてしまい、思考が止まる。
(おいなんだよその馬鹿力は……!? あんなのまともに受けて見ろ、俺はひき肉になっちまうぞ!?)
「ブモォォォォォォッ!!」
「ゲホッ! ……っ、しまっ……!!」
呆けていた所に、豪腕による大振りの一撃。地面を削りながら吹き飛んで行く。障壁に激突すると、 逆再生のようにミノタウロスの目の前まで同じルートを通り跳ね返る。
跳ね返って来た俺を見て、ミノタウロスはニヤリと笑いながら殴った方の手首を回す。避けようとするが体が思ったように動かない。
(ヤバい……!! あんなの無防備に受けてみろ、下手したら死ぬ!!)
なんとか体を動かそうと試み、両腕に力を入れて体を持ち上げようとするが、少し力を入れただけで両腕が震えだし、とても体を支えられるものではなかった。
(しまった、傷は治ったとはいえ体は疲労が貯まってるんだ……! やっぱりそこまでは癒せないか!)
そんな隙だらけの俺を逃す訳もなく、確実に止めをさせるようにと言うことか、ただでさえ巨大な拳に魔力を込めており、熱した鉄をそのまま拳の形に変えたような物が、ミノタウロスの拳の部分に出来ていた。
「ヴォォ……!!」
「ひどい無茶振りだなおい……こんな病み上がりの体でこんなヤバいのとぶつけるとか……」
諦めるつもりは一切ない。しかし、あれを避けるには中々無理がある。……あれ、避ける? なんで俺は避けようなんて思ってるんだろう。要は当たらなければいい話だ。
「ヴォォアァァァ!!」
ついに赤熱した拳が振り下ろされた。顔に向かい、勢いよく飛んで来る。このまままともに受ければ多分死ぬか、死なないにしても重傷……殺られるのがオチだろう。
「一ついいこと教えてやるよ、牛野郎……デカイ攻撃はな、確実に当てられる時に使うのが一番いいんだよ!!」
拳が当たるギリギリまで引き付け、俺の尾がミノタウロスの二の腕辺りを叩き、軌道を変える。
地面に当たった拳は、大地を陥没させ、凄まじい衝撃波を産み出した。当然、最も近くにいた俺は吹き飛ばされ、地面に紅牙を突き刺し勢いを削ぎ、障壁に当たる寸前で停止した。
視線をミノタウロスに向けると、その攻撃を繰り出した拳からは煙が立ち上っており、暫くは攻撃に使えないだろうということが分かった。
「焼けたってことは結構刃物も通り易くなってるよな、きっと。あそこを狙うか……あ?」
突然、左の視界がドロリとしたもので赤く染まる。触れてみると、頭から血を流しているようだった。
「多分あれだよな、あんな派手に地面陥没させたんだから、石とかも勢いよく飛んで来るよな……そりゃ血が出るわ。人が投げつけても怪我すんだから、あんな勢いでだとなぁ……」
立ち上がりながら、目の前のミノタウロスに剣を向ける。
「さーて、こっからが本番だぞ……さっきは本当危なかった……次はこっちの番だ、覚悟しとけよ、牛野郎」
足に魔力を込め、地面を蹴って駆け出す。ミノタウロスは反応すら出来ず、俺が消えたように思っているようだ。辺りを見渡し、検討違いの方向を見ている。
すれ違い様に剣を振るい、ミノタウロスの左腕が宙を舞う。斬られた箇所から滝のように血が吹き出、地面を赤く染める。
「ほらな? まだまだこっからだって言ったろ? てめぇが上だって誰が決めたよ。てめぇだけだろうが。世界にはまだまだ上がいるってこと、思い知らせてやる」
紅牙を振るい、刀身に付着した血を落とす。
ミノタウロスは、俺に左腕を切り落とされたのが気に入らないのか、鋭く俺を睨み付けてくる。
……まだまだ、この闘いは始まったばかりだ。