悪夢。
「……ここは? あのまま寝たと思うんだけど……俺、夢遊病ではなかったよな……」
気付いたら何もない、白い空間に放り出されていた。生物もいなければ、建造物も何もない空間。
そこは、とても静かだった。声を出せば反響しそうな雰囲気を醸し出しており、どこまでも続いているようだった。
「うわぁ……こんな所、来たことねぇよ。ここまで真っ白なら少なからず覚えてるだろうし」
取り敢えず状況を探ろうと、その空間に足を一歩踏み出そうとして、気が付いた。
自分の背後に、濃密な死の気配が迫っていることに。気付いた瞬間、反射的に飛び退く。すると、先ほどまでいた場所を黒い何かが通り抜けた。
「……ッ!? なんだ今の……!」
首筋に冷や汗が垂れる。あれほどまでに明確に死を感じたのは初めてで、頭の中は怖いという感情で埋め尽くされた。しかし、襲ってきたのならば敵だろう。なら恐怖に打ち勝たなくては相手にもならないだろう。
ゆっくりと、その黒い何かの方を向く。向こうとするとどんどん恐怖が増していき、頭が警鐘を鳴らしているかのようだった。
その警鐘を振り払い、何かと向き合う。向き合った瞬間、それは俺に飛びかかりながら顋と思わしき部分を開き──
──────────────────────
……頭に衝撃が走り、視界に星が舞う。
「……最悪の目覚めだ。喰われる夢ってなんだよ……というか何だアレ、初めて見たぞ。」
喰われる寸前で目が覚めた。息は荒く、体は汗をかいてベタベタとして気持ち悪い。全く、なんだっていうんだ。
「……丁度朝だし、起きるか。ベタベタして気持ち悪いし、汗を流すとしよう」
──────────────────────
「……あー、さっぱりした。にしてもあれはなんだったんだろう。悪夢……なんだよな。正夢にはならないよな……あり得るのが怖い……何が起こるか分からないし」
濡れた髪を拭きながら、ぼんやりと考える。正直なところ、正解なんてないだろうけど。
しかし、先程も考えたように、一度もあんな生き物に喰われそうになったことはない。ましてや、生き物ですらないかもしれない。
「今回のは本当……よく分からない。悪夢って考えてた方が精神も安定しそうだ……」
取り敢えず、今回のことはただの悪夢。そう捉えることにした。……まぁ、嫌な予感が拭えるかといえば拭えた訳ではないが。
「今日はリュミエールに戻るってのに、これじゃあなぁ……なんか起こりそうだな……」
「なーにぶつぶつ言ってんのおたくは。正直不気味だぞ」
……いつの間に。ロビンに背後を取られてたことすら気がつかなかった。
「いや、実はな……」
「なるほどねぇ、悪夢か。……まぁ気にしても仕方ねぇだろそんなもん。そんなもん一々気にしてたらもたねぇぞ」
「確かになぁ……よし、あまり気にしないようにする。にしても帰るのが早くなーい? 俺ここに来てゆったりと休めたことないよ」
両腕を頭の後ろに回しながら、廊下を歩く。ここに来てからは、正直トラブルの連続だった。義手の装着、敵の強襲に猪騒動。日記をつけなくても忘れられないだろう。
「それはおたくがトラブル連れてくるからだろうが」
「それ言われたら何も言い返せないんだけど」
不運体質はどうやら消えたようだが、トラブルメイカーになってしまったのではと考えていたが……当たりか。
「まぁ、今日は準備しとこうや。夕方に出発するんだぜ? 荷物纏めとかないと、最悪置いていかれるぞー」
そう言うと手を振りながら、自分の部屋に戻っていった。そういや荷物を纏めることをしていなかった。先に纏めておかなければ。また単独行動、なんてオチは嫌だ。
……だが、俺は忘れていた。忘れてしまっていた。悪意というものは時として、あまり関係のない人物に向けられる時があるということを。