激情。
俺の命を刈り取ろうと、丸太ほどの太さの豪腕が振るわれる。鋭い爪が生えており、下手に避ければその爪に肉を裂かれるだろう。
「中途半端に避けても駄目、受けても駄目……か。完全に避けられたら無意味だよね、攻撃って」
「ゴアッ!? ゴアァァァァ!?」
俺は、振るわれた豪腕を跳躍して回避し、その体躯に生えている体毛に火を放つ。勿論、自身の体が焼けていることにすぐに気が付き消火を試みる。
が、そんな事をさせる訳がない。腕を掴み、怒りに任せて引き抜く。夥しい量の血液が宙を舞い、俺を紅く染め上げる。
「グォォォォォォ!?」
「五月蝿い、黙れ。団長が喰われた時はもっと痛かったんだよ……生きたまま喰われるってどんなに怖いことか……お前らからすりゃ普通のことなんだろうさ、だから止めろなんて言えない……言えない、けど……」
剣を握る腕に、力が入る。強く握りしめたか、掌から血が滲み出す。その状態で熊型の魔物の顔に拳を叩き込み、さらに拳から血が吹き出す。
「俺の知り合い喰らうってことなら、全力で阻止してやんよ! あぁ、今ここで決めた! 俺は自分の知り合いを守る! 相手がどんな国だろうが魔王様だろうが関係ない、俺は俺の大切な繋がりを守るだけだぁ!!」
一言一言に力を込めながら、熊の顔面を殴り付ける。……魔王なんているのかな、なんて場違いな事を考えながら。
「……あ、やべぇ、もう虫の息じゃん。簡単に死ぬなよ、まだまだ殴り足りねぇから」
熊の怪我を少しだけ治し、木々の方に蹴り飛ばすと、俺は木々を蹴って加速しながら、腹に深く剣を突き刺す。
「あれ、何で抵抗しないのさ。こっちが悪役みたいだろう? 少しは抵抗しておくれよ……?」
今の俺は、端から見たら悪役そのものだと言われそうな笑みを浮かべているだろう。
それで構わない。繋がりを守るなら、そのために悪になろう。
「ほら行くよ、《フレイム・ウィップ》!!」
掌から炎の鞭が現れ、腕を大きく振るうと炎が熊の首に巻きつき、体毛と肉を焼き焦がしていく。
すると、このまま殺されてたまるかといったように体を捩り、片腕で炎の縄となった鞭を引きちぎろうとし始めた。俺はそれを見てニヤリと笑う。
あぁ、まだ苦しめられる! まだまだ殴れる!
思考がおかしくなっていることは百も承知だ。怒りって人を動かすパワーにはなるものの、周りが見えなくなる。
でも、止まれない。止まる気なんて更々ない。こいつをできるだけ苦しませて……殺すだけだ。
「そうだよ、そういうのだよ! ほら、全力見せてみろよ!」
腕を大きく振るい、何度も地面に叩きつける。不思議と熊の巨体の重さは感じず、なんの抵抗もなく叩きつけることができた。
「グルゥ……グォォォォォォ!!」
「うおっ……!?」
しかし相手も生きている。全力で動かれたらあの手負いの状態など拘束など簡単に外れるだろう。
その考えの通り、炎の縄は千切れ、熊は自由の身となり、そのまま逃走を図る。
「嘗めんな、《くっつく炎》!」
地面に置いておいた剣を拾い、腰の辺りから炎が熊に向かい飛ぶ。本来は腕から出すが、ダメ元でやってみた所、何故かできた。
その名前が示す通り、この炎は着弾点にくっつき、そこに向かわせてくれる炎だ。
……何故これだけ和風なのかというと、名前が思い付かずにレインの前で見せた所、「もうそのままでいいだろ、何洒落た名前考えようとしてんだ」とのお言葉から生まれた名前である。……可愛そうに。
しかし、どんなものにもくっつき、燃やさないという効力は発揮している。今も熊の体に向かい、勢いよく射出されている所だ。……風圧すごいけど。
勢いよく向かってくる俺が、熊の目に写る。その熊の目は、恐怖がありありと見てとれた。
「さーて……これで終わりだぁぁ!!」
熊の体に衝突する寸前に、魔法を解除し、勢いよく突き出す。
肉を貫く感覚が、腕に伝わる。
勢いよく噴射された血が顔に付着する。
あぁ、終わった。仇討ち……とは言えないかも知れないが、動かなくなった熊を見て少しだけ、自分の怒りが薄れた気がした。