罪とエゴ
嫌な気分だ。言うだけ言って、結局暴力に訴えるしか無かった。
人と同じ形をした化け物、なんて言われても仕方ない。
でも、もう止まれない。止まる気もない。
「っつぅ……普通、腕へし折る?」
「ここまでしないと……いや、そこまでしても止まらないだろ」
止まるようなら、冷静になるようなら。腕を治してもいい。でも……もし、まだ捕まえようとするなら……その時は、仕方ない。
ジェイと、リル……この2人には、消えてもらうしかない。もう敵ばかりの世界だ、いくら増えても、どうでもいいよ。
「シルの為に、他の亜人を捨てるのはまぁ分かる……が、俺達はそうされると困るんだよ。分かってくれ」
「そう言われてハイ、そうですか。分かりました、見逃してあげる……なんて言うとでも?」
「……やっぱり、お前はそう言うよね」
腕を龍のものに変化させながら、距離を詰めていく。それを警戒したのか、針を投擲してくる……森の中であんな小さい針を投げつけられると多少は厄介だ。
でも、針なんて致命傷には繋がらない。毒さえなければ、の話だが。
鱗に針が通るわけもなく、投げられた針は地面に転がった。
「やっぱ、そうなるわよね……」
「今なら、半殺しにもせずに済むけど……」
我ながら、女々しいものだ。嫌なことから逃げようと、やめようと口に出している。
止まる気はないと、言ったばかりだろうに。意志が弱すぎるんだよ、まったく
「冗談きつい、わよっ!」
針が効かないなら肉体で。人間の中では鋭い蹴りが、首目掛けて飛んでくる。当たればただでは済まないだろう。
それが、常人であるのなら。人間であるならの話にはなるが……
「無謀だね。力で勝てるわけがないだろ? ……まだ間に合う。やめてくれ」
「やめないわよ、あんたが悪いんだからね!」
この蹴りでも、痛みすら感じない。人間を昏倒させることなんて容易いであろう一撃でも、鱗で防げばそれだけでおしまいだ。
逆に、リルの脚にダメージがあるのだろう。小さい苦悶の声が、だんだんと大きくなっていく。
足をちらりと見れば、痣になっていた。
「そこまで想うなら、なんで……」
「想うだけじゃ、どうにもならないことだってあるのっ!! わかるでしょあんたにも! 村を焼かれた、あんたなら!」
その言葉に、思考が固まる。その隙に、回し蹴りが頭を揺らした。ぐらつく視界で、リルをしっかりと見据えながら……刀を杖に、地面を踏みしめて立つ。
「どういう意味だよ……」
「あんたは間に合わなかったし、あの龍王に勝てなかった。守りたいって想いだけで、どうにかなったの? 守れたの? あんたの全部を捨てて、それで……殺せる相手?」
ガンガンと痛む頭が、まるで警鐘を鳴らしているようだ。今なら戻れる。闘争も何もかも捨てて、ただ平穏に暮らすことも。
───でも、もう、わかっている。
「殺すんだよ」
己の中に宿る、この業火は。何を持ってしても消えることはない。
「その為には、犠牲をいくら払ってでも……人間を、滅ぼすことになっても。止まっちゃいけない。だから、俺は俺のエゴで動く。助けたい奴は助けるけど、殺さないといけないって判断したなら……俺は、多分やってのける。」
立ち塞がる敵の、首を斬り落とし、己の薪として焚べてやろう。そうすることで、せめてもの供養になるのなら……
せめて、恨んでくれ。憎んでくれ。でも……
「お前は殺さない。シルに全部、洗いざらい話してもらう。お前が正しいのか、正しくないのかはどうでもいい」
ただ、こんな……一人の為に全部投げ出せるような奴を、殺したくない、エゴ。
その為に……刃を振るうんだ。