刺客は突然に
それから数日間、俺たちはここにいた。というのも、テコでも動かないというのが複数人いたからだ。
まぁ、あれを見てからじゃね……
「誰かが踏み出さないといけない、けどなぁ……お、いた」
今は世話になっている、部族の狩りを手伝っている。何もしない、というのは流石に許されないだろうし、待つだけなのは申し訳なかった。そこで、できることはないかと聞いたら狩りの手伝いが浮かんだのだ。
彼らは、ほぼ狩りだけで命を繋いでいる。一部の男たちが、動物を狩り、後は釣り等や果実を食べる。
なんともまぁ、原始的な……いや、サバイバルだと考えよう。それなら仕方ない。
「イノシシ……まぁ、肉にはなるよなぁ」
少し離れたところで、地面を掘り起こしている。食物を探しているのだろう。
短剣を取り出し、隙だらけのイノシシに対して、できる限り気配を消しつつ、忍び足で近付いていく。
殺意も、敵意も全部研ぎ澄ましつつ、充分に距離を詰めた所で……飛びかかる。
「じっとしてろっ!」
「ブギィィィッ!?」
剣先を突き刺したはいいが、一突きでは殺しきれず、俺が飛び乗ったままの状態で走り出す。振り落とそうと必死に動いているのか、どんどん動きが激しくなる。
「っ、こんのぉっ!!」
「ギィィッ!」
振り下ろされる前に仕留めようと、短剣を何度も振り下ろす。その度に血が吹き出し、視界を赤く染めていく。
突き刺す度に、イノシシは悲鳴に似たような鳴き声を上げるが、同情すればその時点で負けだ。
振り落とされ、収穫はゼロ。イノシシも命を落とし、ただ土に還る。何の得にもなりゃしない。
「悪いけどっ、肉になれっ!!」
「ギュッ……!」
猪の眉間に、短剣の刃が深く突き刺さる。走っていた猪も絶命し、その場に倒れ伏せ……自分もその勢いで地面に投げ出される。
「いってて……ま、狩りは成功だな」
今回の狩りの成果は、猪一頭。脱力し、物言わぬ亡骸となったそれを無理やり背負い、白の一族の元へ歩き出す。
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「すみませーん、今日の狩りの成果ですー」
そう言いつつ、獲物を渡す。そうすると、無言でその亡骸を背負い、洞窟の奥に消えていく。
いつも烏を模した仮面で顔を隠しているし、声も聞いたことがない。解体等は彼が請け負っているらしい。現に、刃の大きな包丁らしきものを握っているのを見たことがある。何に使うかは分からないが。
「はぁ、早いとこリルに謝らないといけないかもなぁ……あ?」
洞窟から出ると何やら、騒がしくなっていることに気付く。何があったのかは分からないが、兎に角悪いことが起きたということは確かだろう。
なら、俺達の出番かもしれない。
「魔物とかかなら楽でいいんだけど……」
紅蓮を手に取りつつ、そのまま全力で駆け出す。憩いの広場のようになっているそこに、皆が集まっているようだ。
何とか人混みを掻き分けて、輪の中を見ればディーンとリルがそこにいた。
「何事なんだ?」
「あぁ、光牙か……なんでもねぇよ、ちょっとした意見の相違ってやつだ」
ちらりとリルに目を向ければ、バツの悪そうな顔をこちらに向けた。
意見の相違……にしては派手にやったものだ。リルも針以外に、色々と使ったのか、地面に亀裂が走っている。
「どう見たってやり過ぎだと思うけど?」
「反省してるって。ちょっとカッとなっちまったんだよ」
そう言いながら、俺を押し退けてその場を去っていってしまう。お互いに何を言ったのやら……てんで想像もつかないが、譲れないものがあったのだろう。
「何言ったの?」
「あんたには関係ないわよ。もう済んだことだし」
「一応協力関係なんだけど……?」
リルも、会話の途中で何処かに行ってしまった。喧嘩した後は気が立ってるものだからしょうがないのかもしれないが、少しばかりは譲歩してくれてもいいだろうに……
それだけ、嫌なことをぶつけあったのだろうか? そう考えつつも、近くにいた雛に声をかける。
「雛、何があったかって聞いてる?」
「あぁいえ、私も断片的にしか。来たときにはもう喧嘩してたので……ただ、なんとなくお互い弱いところをつかれて怒って、って感じでしたね」
「思った以上に子供の喧嘩っぽぉい……」
いやまぁ、気持ちは分かる。分かるけど、そんなことでこんな喧嘩はしないでほしかった。
……せめて口で言い合っててくれよぉ。
「ま、過ぎたことだし仕方ない……」
そう少し気を抜いた途端のことだ。
何かが耳を掠めて飛んでいった。何かに確実に狙われている。
「敵っ……!」
「あそこです!」
雛の指差した所には、黒いフードを被った何者かが。クロスボウ片手に、その場を去ろうとしている。
逃がすわけにはいかないと、脚を魔力で強化し、すぐに駆け出した。
「待てぇぇっ!!」
「チッ、人の形をした化け物が! 来るんじゃねぇよ!」
魔力で強化した脚でも、距離が中々縮まらない……このあたりはとても道が悪く、普通に走ってもかなり時間がかかる。それに対し、木を使ったりする多次元的な動きをすることで追いつけないように動いている。
それに、時折なにもない所で浮かぶように跳ねることもあることからも、そういった魔道具を装備しているのだろう……逃げに特化した装備。森の中の直線では、中々骨が折れそうだ。
「だったら、ぶっ放すしかないか……」
走りながら、魔導銃を指輪から取り出し、刺客が掴もうとしている木の枝を撃ち抜く。
掴もうとしているものがなくなり、面食らいながらも体勢を整える隙をつき、直ぐ様もう一度引き金を引く。
放たれた弾丸は刺客の背に直撃し、コートを燃やすが、すぐに燃焼が収まった。
「ほんと、何でもありだな道具って……!」
「力で勝てないなら道具使うしかねぇだろっ!」
確かに、刺客の言う通りではある……だが、正直なところ、面倒なものを装備しているだけだ。
念の為、周りを見て……誰もいないなら、好都合。
「周りに被害出そうだったから使わなかった、けど……! 今はそうじゃない!」
全力で地面を踏みしめ、飛び上がる。その状態で刺客の脳天向けて大剣の焔牙を放り投げる。
回転しながら飛来する大剣に、ギョッとしながら飛び退いたが、その隙に追いつくことができた。
「おまっ……! 馬鹿か、こんなもんぶん投げて当たったら死んでるぞ!」
「ボウガン向けたやつが何言ってるんだよ……」
刺客は、そう言いながらも武器を取り出した。細いレイピアと、クロスボウを構えると、そのままこちらの手を待つかのように相対する。
どうやら、追いかけっこはここまでだ。
「分かりやすくていいね、捕まえるためにはお前を行動不能にすればいいわけだ」
地面に半ばまで突き刺さった焔牙をしまい、愛剣である紅蓮を構える。
さっさと済ませて、聞き出してやろう。何を狙って仕掛けてきたのか、とか、その他諸々を。