心ある故に
「……んー……」
「何よ……? まだなんかあるわけ?」
そんなすぐにいい考えは浮かばず、唸っているのを不審に思ったらしく、怪訝な目を向けられていた。
なんというか、露骨に態度に出すな……いや、当然か。それだけ気にしているようなことに、首を突っ込んだんだ。
「別に、何でもないよ。お前もそれなりに大変なんだなって思っただけだ」
「……あっそ。同情ならいらないわよ」
「してないっての」
こいつ……見通しが少し甘かったのかもしれない。何度か命を狙い、襲ってきた相手だ。
そいつと協力関係を結んだって、碌なことがないのは分かっていたはずじゃないか。
完全に悪手だった……なんて、今言ってももう遅い。起きたことは起きたこととして、認識して行動していくしかない。
……でも、聞かずにはいられなかった。
「お前にも、大事なものあるじゃん。なんで人から大事なもん奪うようなことしてるわけ?」
「……深い事情があんのよ、あんたみたいな奴に踏み込まれたくないような事情がね。わかったら二度と聞かないでくれる?」
そう言うと、その場にドカリと座り込む。明らかに苛ついている。
……どうやら、また地雷を踏んだみたいだ。分かってはいたが、見えてる地雷を態々踏むことになるとは……
何だか、色々と難儀してるのは分かった。リルも恐らく、過去に何かあったのだろう。
「……なーんでこう、生きにくいのかね?」
「知らないわよ。今に始まったことじゃないんだから。昔からそうよ、皆そう」
亜人も、人間も、結局何かに追われている。どうしてこう、皆手を取り合えないのか……
よく分からないものは、蓋をした上で遠ざけ、そのままにしてしまう。前でも、よくあったことだが……ここまでだと、ちょっとなぁ……
「はぁ……」
「ため息つきたいのはこっちよ」
「煩い……」
俺は、結局何もできないままだ。確かにちょっと力をつけた。ただ、何ができるよ?
この世界を少し知った。少し知っただけで、闇を垣間見た。
知れば知るほど、無力に思えて仕方がない。敵は倒せても、世界相手じゃちっぽけなまま……
「……暴力が、この世界を回してるのか?」
「どうしたんです? 二人してそんな怖い顔して……」
暗黒面とも言うべき、黒い思考に飲まれかけている時、雛が桶を持ってやってきた。桶の中にはなみなみと水が注がれている。
「何でもないよ、ちょっと腹の調子が悪いらしくてさ」
「このデリカシーない男を何とかできないわけ?」
お互いに憎まれ口が止まらない。そのまま手が出そうになるも、そのまま殴ってしまえばお互い遠慮なく殴り合う……
……いや、普通に殺し合うな、これだと。相手の武器は針だし、接近されたら……
「どうしても仲良くできないみたいですねー……」
「無理無理。どうにもならんよ」
「それは同意よ、あんたら連れてきたのも失敗だったかしら……」
失敗だろうがなんだろうが、こう着いてきてしまった以上は仕方ない。あの子は辛そうだった、助けられるならそうしたい。
それが敵の妹とか、まぁ近しい人物だったとしても。
「……あの子、名前は?」
「シル。シル・アイピーオックス」
「妹か……そりゃなんとしても助けたいよな。だからお互いに手を──」
そこまで言って、口を噤むしかなかった。リルが驚くほど鋭い目で、こちらを睨んでいたのだ。
「……それ以上は、分かるわよね。殺しにいくわよ……あんたも、そこの龍人の子も」
そう言い終えると、肩を怒らせてその場から立ち去ってしまう。
「……何が琴線に触れるかわからんな……」
「今のは良くないんじゃないですか?」
「自分の気持ちもあやふやなことがあるのに、人の気持ちなんて余計に分かるわけ無いだろ。踏み出さないといけないのに……踏み出すと、怒られる」
正直理由がわからん……どうでもいいのかもしれないけど、人の気持ちというのは複雑だ……
人間やめてから、考えるようになったのも、ちょっと不思議なことだ。
結局、こういう問題は当事者以外が考えるのかもしれない。
でも、それなら、誰が苦しんでる人の苦しみを理解できるんだろうなぁ……