隠し事。
「おい、そこに隠れてるの……出てこいよ。大抵が碌な奴じゃねぇだろうから言っておくけど、俺たちは容赦しねぇぞ」
ディーンがそう言いながら、揺れた草むらに近寄っていく。自分も警戒し、武器を構えているが……どうも、気持ち悪い。
まるで、四方八方からジロジロと見られているような……にしては、気配が少ないし。
「客人よ、我々は敵ではない。信じてくれ」
「だからまずは顔を見せろって言ってんだよ、話ができるんなら、俺達はそうそう殺しなんてしたくねぇ」
自然に力が入り、紅蓮の柄を強く握る。殺してきたのを間違いだった、なんて言うつもりもないけれど、生きていく未来を奪ったのは……紛れもない真実だ。
「……だから、さっさと顔を出してくれ。俺も、ディーンもそんなに気が長くない。ここら一帯火の海になんかしたくないんだよ」
「……分かった……」
そう言いながら、複数の人間……リルの言葉通りなら、解呪専門の一族なのだろう。
あいつの言葉を信用するなら、だけど。
「何故ここに現れたのか聞きたいのだ。我らはもう、表舞台には立てないぞ」
「俺達が用があるって訳じゃないよ。リル・アイピーオックスって名前に聞き覚えは?」
その名前が出た途端、彼らのざわつきが大きくなる。顔を見れば、何故と言いたいようだった。
だが、余計に混乱させたようで……彼らは手に短刀を握っているのが見えた。これはまずい……!
「俺達、そいつの仕事を手伝うところなんだ。呪われちまってる子……白の一族の子供を助けたい。その為にここに来た」
「そう。だから信じてほしい……頼むよ」
咄嗟に口を開き、本音をぶつける。
ただでさえ人数で不利なのだから、相手することになったら面倒だ。面倒というか、手加減していては手痛い傷を受けることになるかもしれない。
こうなることなら、リルを起こしておけば良かったと思い始めた時だった。どうやら一番偉いであろう人が、ゆっくりと口を開く。
「分かった……連れてきなさい。その子と、リルを」
「……感謝するよ」
冷静でいてくれて良かった……斬りかかってきたなら、その時は容赦できなかっただろうし。
ディーンと俺が、武器を収めると、彼らも同様に武器を収めていた。
「すまなんだ、客人よ。最近はどこもこんなもんだ」
「仕方ねぇよ、魔物の他にも色々あるしな。光牙、アイツら呼んできてくれ」
どうやら、面倒なことを押し付けられたようだ。人を起こすのって案外面倒なんだぞ……
起きない時は全然起きないんだから、人って。
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「リル、目的の場所にはついたけど……できないとかはないよな?」
「さぁねぇ……」
「さぁねぇって、お前! 確証も持てないのに連れてきたのか……!?」
かなり大きな声を出してしまったが、少女は起きる気配がない。それだけ呪いが強いのか、もしくは体力が戻っていないのか。
どちらにせよ、危ないのだろう。なのにリル……確証を持たずになぜここに……
「私が知る限り、最も強い呪いよ。だからここしかなかったのよ。遠いのに、この子は逃げ出すし……」
「……名前も知らねぇわけ?」
「えぇ、当たり前じゃない。奴隷に情が湧いたら私みたいなのは仕事なくすわよ」
そう言いながらも、どこか気にしているような様子。性悪なところはあるが、こいつなりの倫理観は持ち合わせているようだ。
まぁ、相互理解はできそうにないけど。
「そもそも、確証を持ってやっても不可能だったなんてよくあることじゃないの。確実に助かる、なんて夢物語よ」
「奇跡は起こらないもんだと思ってたほうがいいってことか?」
「そ、全てはそこまでの積み重ねがものを言うの。運は一つの付加要素。結局、あの子と一族次第よ」
表情を変えず、涼しい顔でそう言い放つ。
……その割には、自分に言い聞かせているような気がする、けど……聞かないほうがいいか。
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そうしているうちに、長らしき人物の元に辿り着いた。何やら儀式の間のようで、少し不気味だ。隣にいる雛も、どうやらそう考えたらしく、少し顔を顰めている。
長は俺達に気付いたのか、少女を寝台に寝かせながら、リルに問いかける。
少しばかり、少女の顔色も良くなっている気がした。
「リル、君の連れてきた子だが……この子が、必死になって探してた子か?」
「……探していた子、って……」
その途端、リルの方から凄まじい威圧感が叩きつけられる。とはいえ、それは人間での範疇だ。ロアやその他の化け物のそれとは比べようがない。
兎に角、俺達には隠したいことだった、というのは確からしい。
「……あんた、本当に隠したいことばっかり口にするよね」
「確認しておきたかったんだ。協力者の彼らも知らないとは思わなかった」
「こいつらはそんなんじゃないってのっ!! ただ……ただ利用しただけよ……」
怒りで表情を歪ませながら、こちらを指差すリル。
どうやら、彼女にも彼女なりの理由がある、というのは理解できたけど……どうしてそこまで隠すんだろう。
「リル、落ち着けよ……ここまで来たら、俺らも聞いたっていいだろ」
「……話すわけないでしょ、あんた達はここまでついてくるだけで良かったのよ」
いつもの飄々とした、どこか軽い雰囲気のリルはそこにいなかった。そこにいたのは、悩みに押し潰されそうなただ一人の人間だ。
誰の手も借りずに、やってきたのだろう。ただ、理想の為に……
ただ、それが不思議と苛立たしい。
「分かった、じゃあ俺もお前には聞かない。聞くのはそっちの人にする」
「やめてよ、人の事情にズカズカと踏み込む気?」
長の方に向き直るも、リルが俺と長の間に割って入る。余計なことをするなと、目が伝えている。
……だが、知ったことじゃないね。
「あぁ、踏み込ませてもら「やめんかぁ!?」っ……!?」
勢い任せに抜刀しようとしたところ、背後から脳天にディーンの短剣、その柄が叩き込まれる。
ジンジンと痛む頭を抑えながら、こちらも目で訴えようとするも、雛も批難の目を向けていた。
「流石に良くないですよ、光牙さん」
「……でもさぁ、ちょっとは知りたくねぇ?」
「知りたいですけど、無理矢理聞き出すのも良くないですから」
……それは、そうだ。冷静じゃなかったらしい。これじゃだめだ。いくらなんでも失礼だった……
「……そうだな、悪かったよ」
「……いいわよ、別に」
……何とも暗い空気にしてしまった。長も息を吐き、安心したのか胸を撫で下ろしている。
さて、どうしたものか……どうしたら、話が聞ける?