利害の上で。
「詳しく話してもらおうか」
「光牙さん、まさか信用するつもりですか?」
「信用? 聞きたい情報だけ聞くだけだよ。それに信用できる相手じゃない」
騙されるのは勘弁してくれ、絶対にろくなことにならない。寧ろ悪化するだろうし。
「……結論から言うとその子の呪い、かなりたちが悪いものでね。塵の呪いって呼ばれるものよ」
「……なんだそれ?」
ディーンに知っているか、目で聞くが、首を横に振られてしまった。彼も知らないのなら、俺たちが知っているものではないだろう。
「昔、ある大戦があってね。その地に住んでいる者に呪いをかけたの。その呪いが、今も彼らを蝕み続けているのよ。だから解呪したいのよね。その矢先に逃げられちゃって」
「……ところでなんでお前が助けようとしているんだ?」
「仕方ないじゃない、売れそうな見た目なんだもん! 上は死なれちゃ困るって私に押し付けてきたのよ!」
なるほど、そういう感じか。こいつも苦労してるんだな。
でも、それじゃあこの子は……
「どんな呪いなんだよ結局。遥か昔の怒りが、何も知らないこの子に降り掛かっているだけじゃないんだろう?」
「呪いとしては単純よ、ただ長く生きられないだけ。どんどん命を削られて、気付けばもう……」
そこで言葉を切り、首を掻っ切るようなジェスチャーをする。何とも、たちの悪い呪いだ……
「じゃあ、なんでこの子に……」
「白の一族だからよ。亜人でありながら人に最も近く、美しい一族。嘗ての大戦では魔族を何度も追い詰めたらしいわ」
雛の疑問に、リルはスラスラと答えた。人に最も近いということは、亜人のように人と違う箇所がないのだろうか? 狼人で言うなら、耳とか尻尾がない。
なんと潜り込みやすくて、見つけにくい一族だろうか。誤魔化しやすく、嫌悪感も湧きにくいのだから。
「でももう、全体的な数は少ないのよね」
「あぁ? なんでだよ。聞いてる限り強い種族だろうが」
「だからよ。魔族が報復を考えないわけないでしょう?」
なるほど、それは数が減るわけだ。遠慮なしに殴り合えば、それだけ消耗する。
それを聞いて、ディーンも納得しているようだった。やられたら、そりゃやり返すよなぁ……
「それでその白の一族が、呪われてたから解呪しにきたと」
「そういうこと。でも困ったわねぇ、逃げようにも逃げられないだろうし」
どの口が言うんだろうか? 少しの隙さえあれば容易く逃げ出しそうだ。本当に、油断ならない相手だ。
常に気を張っていないとならない……そう考え、紅蓮の切っ先を、一旦下ろす。
「お前が案内しろ」
「いいのかしら? 自由にした途端私は……」
「お互い利用されようぜって話だよ。俺はその子を助けたい。お前はここから逃げ出して、その子の呪いを解きたい。呪いを解くってプロセスは同じなんだから、利用しあおうよ?」
同じ目的で、争う。そんな馬鹿なことしてる場合じゃない。何に替えても、命は大事だ。
雛とディーンには悪いが、事後承諾で納得してもらうしかない。
「悪いなふたりとも、また遠くなりそうだ」
「……いや、まぁ……はぁ……俺も助けたいとは思ってたけどよ。相談しろっての」
「そうですよ!」
二人も同じ考えだったようで、そこは問題ない。後は……
「リル、お前だけだ」
「……しょうがないわね。いいわ、利用しあいましょう。お互いが助け合うなんてこと考えないで、呪いを解くことだけ、協力しましょうか」
諦めたようで、リルは縛られたまま肩を竦めるような動きをする。それでも油断できない相手なのは確かだが……今は信用してやってもいいのかも……しれない。
まぁ、反故にするならその時はその時。ただ斬り伏せるだけだ。
「成立だな。じゃあ場所は……どこなんだ? そういうのも知らないからな」
「私達飛び出てきちゃったようなものですからね……」
「……命知らずというか、なんというか」
呆れたような表情で、俺達を見ている。やめてくれ、調べるにしても限度はあるだろ。
何せ俺達、バレたらそれだけで大騒ぎなんだから。
「じゃあ、この先に。彼らは湖沿いに住んでるから、このまま行けば見つかるわよ」
「彼ら?」
「解呪専門の部族よ。その部族には名前もないけど、知ってる人は知ってるわ」
「要するに、裏の世界の部族か……きな臭い。絶対に面倒じゃん」
裏の世界に行けば良いものがある。なんて、そんないい話があるわけがない。
知る人ぞ知る、なら聞こえはいい。けど、この世界だと【知ってる人はほぼ死んでるよ】と聞こえるんだよな……
「まぁ、面倒であることは認めるわ。硬いし、納得させるのも一苦労なのよ」
「意外だな。脅しとかしてるようなもんなのに、お前らなら」
「あんたらみたいな亜人以外には優しいのよ、私達は」
「どの口が言うんだよ……」
優しいんだったら、ディーンがいてもお構いなしに襲ってくるわけねぇだろうが。
「ほんとによ? それをやったら私達ただの殺戮者よ。実力行使は最後の最後」
「俺達にとっては、十分殺戮者だよ」
だから気が抜けないし、許せない。とはいえ、俺たちが裁けばそれはただの復讐に成り下がる。
そうすれば、亜人と人の共存は不可能になってしまう……今でも、不可能に近いと思うけれど。
「怒り任せに斬り伏せたっていいんだ。でもそうしないだけ歩み寄ってると思ってくれ」
「……ま、そうよね。ついさっきまで殺し合う寸前だったんだし」
リルは笑いながら、そこで会話を切り上げる。こいつと組むのは勘弁したいところだが、まぁ……しょうがない、今更だろう。
「組むのも恐ろしいです……」
「……俺もだよ」
さっきまで殺し合っていた仲だ、本当なら組むのもやばい。けど、使えるもんは使うべきだ。
そう心の中で言い聞かせながら、震える腕を抑え込んだ。