敵と。
「しかし、この子……人間じゃ、なさそうだな」
「なんで? また亜人族かなんか?」
「こんな風に顔や髪を隠してるんだ、何かある。光牙、雛を起こしてくれ。そこに寝かせるから……」
「オーケー、了解」
突然倒れた謎の少女を寝かせるために、雛を起こそうと、何度か体を揺する。幸い、眠りはそこまで深くなかったのか、身動ぎしながら起きてきた。
「ふぁ……もう交代ですか?」
「ちょっと野暮用……というか、面倒事が起きたんだ。起きていてくれ」
眠そうな雛には申し訳ないと思っている。でもこればっかりは皆の意見も聞きたいし、できることならどうにかしたい。
それで、痛い目をみることになってもだ。
「ディーン、その子起きそうか? 起きなかったら起きなかったでいいけど、その場合は移動も考えたほうがいいかもしれない」
「駄目だな、意識が飛んでら。暫く起きる気配がない。多分、相当疲弊してるぞ……」
話しながら、少女の状態に目を通す。服装は貧相なボロ布を、何とか着ているという状態に見える。少し見えてしまったが、足はかなり長い道を歩いてきたのか、傷だらけで痛々しい。
何を求めていたのか、正直検討はつかない。けど、ここまで脚をボロボロにして歩いてきたんだ。
何か、相当の理由があるんだろう。
「取り敢えず、飯か……?」
「保存食が少しあったはずだけど……食えるかね、この子」
「起きてから用意をするとか……っ、何か来ます……」
雛が何かに気付いたらしい。警戒しつつ、皆がその気配がした方向を睨む。
暫くその方向を見ていると、コツコツという足音共に、黒い外套を纏った人物が現れた。
それを見て、咄嗟に皆の前に壁になるように割り込むと紅蓮の切っ先を向けて威嚇する。
「誰だ、お前……」
「その子を、渡してちょうだい……ってあら? あなた……龍人クンよね?」
「その呼び方……またお前か、イカレ針女……!」
「何よその呼び方!?」
いやだって、名前知らないし……にしても、面倒なやつに追われてたもんだ。よりにもよって、こいつらか……
「しょうがないから、名乗ってあげる。私はリル。リル・アイピーオックスよ」
「興味もないし、聞きたくもねぇっての!」
地面を蹴り、針女……リルの目の前に突貫し、紅蓮を脳天目掛けて振り下ろす。その一撃はすんでの所で避けられるが、すかさず火花を抜刀し、喉元目掛けて突き出していく。
「うっ、わぁ……!? 前よりずっと強くなってるじゃないの!」
「弾いたり避けたりしておいて、何を……!」
喉元狙いの一撃も、力を入れられずに逸らされてしまった。前のめりに体勢を崩してしまい、その隙を逃さないと言わんばかりに、針が振るわれるも、そこにディーンが割って入る。
「だぁぁっ!!」
「あっ、惜しいわね……あと少しで刺さったのに!」
本当に危ういところだった。短剣で弾いてくれなければ、針が突き刺さっていただろう。
こいつのことだ、毒ぐらいは普通に使ってくる……たとえそれが、人間だろうと。
「助かったよ、ディーン」
「どれだけ強くなろうが毒は危ないからな。警戒はしといて損はねぇよ」
二人で、リルを警戒しつつ、周囲に何かがいないかを探る。
今夜は新月で、月が見えない。焚き火があるとはいえ、照らせていない闇からヌッと新手が現れる可能性は十分にあり得る。
それを避けるためにも、早く拘束するか、或いは……殺さなければ。
「このっ……!」
「当たらないわよ、矢なんて」
牽制のために雛が矢を放つ。その矢も容易く回避してみせるが、先程見たことでどう避けるかが読みやすかった。
お前が移動した先には、俺たちがいる。
魔力を流しつつ焔を纏わせ、拳を強く握り締める。
「っ、しまっ……」
「この一発で、ミノタウロスの時と、前の喧嘩の分全部チャラにしてやらぁっ!!」
焦るリルに焔の拳を、容赦なく体に叩き込んだ。リルは体をくの字に曲げながら、派手に地面を転がっていく。
だが、仕留めたという感覚はない。拳にまず伝わったのは、鉄の壁のような、そんな感触だった。
「やりましたか!?」
「いや、駄目だ。何か、壁……? みたいなものに防がれた感じがする」
「その割には吹き飛ばしたなぁおい」
吹き飛ばしたリルを尻目に、ディーンは少し引いたように言う。
手加減なんて考えなかった。大多数のダメージはあの壁? が防いだのだろうが、衝撃までは消せなかったみたいだ。
今の俺なら普通に、人間の頭蓋骨程度は砕けてしまう。それを防いだ、あの壁がやばい……という認識で今はいいだろう。
「うっ……かふっ、女を全力で殴るとか、どんな精神してんのよ……」
「殺そうとしてくる女に、加減なんてできるかよ」
威力は殆ど殺されていたのか、咳込みながら立ち上がる。しかし、よく見れば少し足が震えている。
どうやら、効いていないわけじゃないらしい。
「なぁ、リルさんよ。止めといたほうがいいと思うぜ? 光牙も、雛……勿論俺もお前を逃がすつもりなんてないけど、命を投げ出す必要はないだろ」
「……ないでしょうねぇ」
「だから、そのまま拘束されてくんねぇかな。面倒事はもうごめんなんだよ」
そう言いつつ、距離を詰めていくディーン。ジリジリと、ゆっくりと。しかし確実に、逃さないように。
「んー……それは無理ね!」
「あぁそうかよっ!!」
その途端、ディーンは短剣を振り下ろす。当たれば命を確実に奪う軌道だが、ヒラリと躱して、真っ先に雛の元へ駆け出した。
追いかけるも、リルは意外と足が速く、既に雛に肉薄していた。
「その子を渡してちょうだい」
「ごめんなさい、それはできません……!」
雛は弓をしまい、薙刀を構える。しかし構えきる前に、その薙刀は宙に跳ね上げられてしまった。
「はい、お終い」
「しま……!」
「動かないでね、その首に穴空きたくないのなら、って……!」
そう言いながら、針が首筋に突きつけられた。俺達は二人ともそれを見て動きを止めてしまうも──よく考えれば、雛も龍人だ。
「たぁぁぁっ!!」
「きゃあっ!?」
針を突きつけているリルの手を掴み、地面に叩きつけた。華奢な彼女だが、力は人間など遠く及ばない。
起き上がろうとするリルの首筋に、すかさず刃先を突きつけつつ、腕を踏みつける。
「ぐっ、うぅっ……!」
「もう容赦なんてしてる余裕はないんだ。ここで手を引かなきゃ、あんたを殺すことになる」
もう引き返すつもりもないが、殺す以外で解決できるならそうしたい。
それが、今のところの、命に対する考え方だ。
とはいえ、敵対してる者に容赦はできないので、呑まれないなら……その時は……
「分かった、分かったわよ! 引く、引くからさぁ! 話を聞いて頂戴!」
「……少しだけなら聞いてやるよ」
刃をもう少しだけ押し付け、急かす。早く話せと、急がせていく。こいつの話なんてどうせロクなもんじゃないんだから。
「その子、呪われてるわよ」
「……へぇ?」
──どうやら、面倒なことだけど。更に話を聞かなきゃいけないみたいだ。