離別
「……って感じで、今に至るよ」
「やりすぎだ馬鹿……」
すぐに俺達には枷がつけられた。全く、枷をかけるなら俺だけで良かったはずだ。暴れたのは俺だけなんだから。
俺は仕方ないとしても、怪我をした雛と、人間のディーンには必要ないはずなのに。
「まぁ、強くなったのはいいけど、さ……これからより、鼻つまみ者になっていくんだろうなぁ……」
「……元々ですよ、亜人ですから」
雛が、心底呆れたような口調で呟いた。
まぁそうなんだけど。でもここまでとは思わなかったよ……
だって、俺達、結構助けてたよ? それなのに、一回のミスでこれかぁ……
「薄情だなぁ……」
「力を怖がってんだよ。リアムだって、ここじゃかなりの実力者だろ? それが捻じ伏せられたんだから、恐怖するだろ」
「でも俺は、ここの人を助けてきた」
「同時に、俺たちが来なきゃ起こらなかったかもしれないことを、引き寄せたかもしれねぇだろ」
苛々したように吐き捨てるディーンを見て、俺はハッとした。
……それは考えていなかった。というより、見てなかったかもしれない。
俺たちが荒事を呼ぶ、という側面も、これからは考えないとならないかもしれないな。
「……人間って、複雑だぁ……」
「今に始まったことじゃねぇよ。これからは首を突っ込むのも程々にしようぜ。勿論、関わるなとは言わないけどさ」
首を突っ込むのを、やめろとは言わない? 本当に怒られると思ってビクビクしているんだけど、杞憂……じゃないだろうな。
「そりゃ、俺だって怒ってないわけじゃない。けど光牙の場合、向こうが飛び込んでくることもあるからなぁ」
「あぁ……」
「要するに、慣れちゃったってわけですよ」
呆れたように、二人はそう言いながら笑ってみせた。
……全く、何ともお人好しな人たちだよ。本当にいい友人だ。
「まぁ、それはそれとして、光牙さん」
「はいっ!?」
あぁ、怒ってはないわけじゃなかったね、うん……笑ってはいるけど、目は完全に、怒っている時のそれだ。
笑ってない目というのは、こういう目のことを言うのだろうな。
「力の加減、覚えましょうね……」
「……あい」
本当にそれは重要だ。加減が少し緩めば殺しかねないなんて、自分でも御免だし、何よりそんなことで怪我はさせたくない。
「でも、また人間から離れてるんだよなぁ。その気になればこの枷だって、何となく壊せる気がするし」
「それやったら今度こそ追い出されるぞ……追い出されるくらいならいいが、首を刎ねろとか言い出すやつもいるだろうな」
それはそうだ。本当に……面倒くさい。結局のところ、力だけじゃ恐れられるだけだ。
悲しむ、慈しむ心があると証明したいけれど、人間たちはそれを認めてはくれない。
こればっかりは、本当にどうしようもない。時間をかける、もしくは……
「……やめよ、考えるな」
「お? どうしたんだよ」
「らしくないこと、考えただけだよ」
全く、馬鹿らしいことを考えたもんだ。人間を滅ぼす? 少し力が強くなったからか? 思い上がるなよ、一人だけでできるものか……
そう自分を戒めるも、浮かんできた考えは消えることがなく……その日は、一睡もできやしなかった。
そのまま、過激な考えは消えぬまま数日が経った頃。俺たちの望むものができたと、声がかけられた。
───────────────────
結果から言えば、馬車は要求通りに用意された。結論は非常に早く出され、早く追い出してしまいたかったのだろう。
……まぁ、いつ牙を剥くかわからない化け物を、置いておくわけにはいかないというのは、非常に理解できるから仕方ないが。
とはいえ、粗悪品を掴ませるということはなく、素人目から見ても非常に良質である馬車を用意してくれたのは、感謝したいほどだ。
「ルージュとアルロには、悪いことしちまったかもなぁ……」
「まぁ、それは否定できませんし……悪いこと、しましたよね?」
久々の馬車に揺られながら、口を開くも、あまり会話が弾まない。そのせいで、とても空気が重い……!
こればっかりは、力があろうがどうしようもない。ティリスを追い出される元を作った元凶が何を言おうが、どうしようもないだろう。
「魔力糸の腕輪、置いてきたしなぁ……」
「新しいのをもらえる空気ではありませんでしたしね。仕方ないですよ」
まぁ、それはそうなんだけど。でも本当に、勿体ないことをしたと思う。
なにせかなり便利な代物だったし、使えるならそれに越したことはなかった。
「はぁ……残念だよ、本当に……」
「切り替えろよ、引きずってもどうしようもないぞ」
「分かってるけどさぁ……」
自分が思った以上に、堪えているらしい。お気に入りのものをなくす、壊れるなんてザラの世界で、何を言っているんだろうとは思うけれど。
本当に、未練というものは厄介だ。
「……悪い、ちょっと眠る」
「あぁ、そうしてろよ。雛もお前も疲れきってるだろうし」
「ディーンはどうするんだよ?」
「俺は……まぁ、二人が起きてからだな」
そこで会話が途切れ、居心地の悪い沈黙が訪れる。
こうなったら早く寝てしまおうと、目を閉じて、思考を止めた。
考えるのは、また後でいい。
─────────────────────
突然、パチリと目が覚めた。案外疲れていたのか、それとも馬車の揺れが心地良かったのかは分からないが、景色は既に見覚えのないものに変わっている。
どうやら、かなりの間寝ていたようだ。
「……すまん、寝過ぎた」
「いいって……そういや、体は問題ないのか?」
馬車から降りて、焚き火を弄っているディーン。その隣で、雛が眠っている。近付くと、何故か体を心配された。
敵によくわからないものを注射されたのだから、確かに心配されてもおかしくないのだろう。
でも、俺は大丈夫だ。それどころか、体は羽のように軽いんだ。
「大丈夫だよ、さっきまで寝てたお陰で疲れも大分取れたし。体の重さも感じないしね」
「……なら、今のところは大丈夫か? でもなぁ……強化と考えるのもまずいだろ、どんなデメリットがあるのかも……」
「今のところは何もないよ。強くなった、それでいいじゃん?」
体に入った異物の感覚は、最早掴めない。なら、どうしようもない。
問題が起こったときに、対処できるならすればいいじゃないか。現に今は、こんなにも落ち着いているんだから。
「……楽観的だねぇ」
「悪いことばっかりなんだから、ちょっとは見逃してくれよ」
「ダメだね……って言いたいけどなぁ、俺も何もわかんねぇからなこれが! そんな状態で何言ったって聞かねぇもんなお前!」
「脳みそが理解を放棄してるからな」
そう言って、堪えきれなくなって、ディーンと笑い合う。
あぁ、今ならどんなにくだらないことでも、笑えてしまいそうだ……と考えた時だった。
近くの茂みから、ガサリと音がした。
咄嵯に警戒し、ディーンと二人で、眠る雛を庇うように武器を手に取る。
「光牙、魔物だったら速攻仕掛けてくれ」
「……人間だったら?」
「その時は俺が行く。盗賊ならアジトが近くにあるかもしれないから。仕留めておいて損はないはずだ」
あれだけ穏やかだった空気が、次第に張り詰めていく。
ガサガサと茂みから姿を現したのは、たった一人の少女だった。それも、俺たちと同じ歳か、少し下くらいの少女。
長い白の髪はボロ布で覆われており、同じボロ布に包まれていて顔もよく見えない。
ただ唯一見える口元は震え、恐怖に染まった目だけがこちらを見ていた。
「あ、あの……」
怯えながらも、声をかけてきた少女。ディーンは、それを見て武器をしまい込むと、できるだけ穏やかに声をかけた。
「一体どうしたんだ? 君はどうしてこんなところに……」
「た、すけて──」
しかし、その言葉は最後まで続かなかった。意識が途切れたのか、そのまま倒れ込みそうになったのを、ディーンが受け止める。
そのまま、ディーンは苦々しい顔をして口を開く。
「光牙。どうやらまた、厄介ごとの気配だぞ」
「みたいだなぁこれ……」
一難去ってまた一難とは言うけどさ、こうも続くもんだったか? 神様に嫌われるようなことでもしたかな……