出発前の。
「早いんだよな決めるのがよぉ!?」
「何がだよ?」
「貰うもんとかさぁ!? お金は俺等いらないとして、即断で馬車ってよぉ!?」
あの後、すぐに皆を連れてムクロの館を突破した。勿論、扉まで行くのは面倒だったので、天井までブレスを使ってぶち抜き、そこから全員を抱えて抜け出していった。
その後、作戦の終了を告げに、戻り……何かくれるというので、馬車をもらうことにした。俺達の馬車は無惨に壊されてしまったし、これが一番だと思ったんだけど……
「何か間違ったか?」
「お金とかさぁ!?」
「これから大変だろうがここの人達。貰えねぇよ」
そう。ここからだ。この街は治さないといけないし、更に備えなきゃいけない。食料問題や、魔物の群れに対して。
そうじゃなきゃ、これから先は本当に……生きていけなくなる。どうやら、冬が近いらしい。
「種籾とかそういうの、全滅してたらしいから、よそから買うんだよ。だから金かかるし、時間もかかる。そっから巻き上げるのは……」
「……まぁ、そうなんだけどよぉ! 言ってみたいじゃん、たくさん金くれみたいなことぉ!」
その気持ちはわかる。分かるけど、みんな言わないようにしてるの……
カッコつけたいけどさ、俺も。
「しかし……雛、起きねぇな」
「あんだけバキバキに折られてたら、中々目覚めないと思うよ」
あれから数日は経つが、雛が中々起きてこない。医者にも診てもらったが、ダメージの蓄積と、疲労が溜まっていることが原因だと。
それならできることは非常に少ない。精々、少しずつ治すように応急処置程度の魔法をかける位が関の山だ。
「ルージュとアルロも、行っちまったしなぁ」
「……あぁ……」
亜人を売り飛ばす輩の中で、唯一の亜人族が集まる部隊の長。どちらも恐ろしく腕が立つことは確かだ。
その二人は、全て終わったことを話せば、すぐに商人に連絡し、種籾や人手を用意するといい、嵐のように去ってしまった。
正直、本当に味方かどうかは判別できない。できないが、あそこまで明るい雰囲気の奴らが悪いやつとも思えなかった。
怪しいのは、ミナス達ハンター側の人間だ。銀髪もそうだが、ミナスも結局よく分からない。
だから、判断のしようがない。ミストやレオニ達といった仲間はいるが、もう巻き込みたくはないし。
それに、ミストは今大変なはずだ。新たなゴタゴタをわざわざ持ち込むわけにもいかない。
……それに、よくよく考えれば、骨折してる状態で馬車って良くないのでは。
そんなことを考えていると、雛の瞼が少し動く。
「……うっ、うん……」
「雛! 大丈夫か、意識ははっきりしてるか?」
咄嗟に駆け寄り、背を支える。腕以外は、酷い怪我になっていないようだ。
右腕もマシになってきているから、まぁ、明日にはいけるかもしれない。
「腕は大丈夫か?」
「えぇ、まぁ……そうだ光牙さん! ムクロは……」
どうやら、まだ終わっていないものだと思って、焦ってるみたいだ。撤退したか、それとも……というような。
そんな雛の左肩に手を載せ、落ち着かせるように話す。
「大丈夫、決着はつけてきた。全部終わったよ」
そう言うと、雛は落ち着きを取り戻していく。そして、息を整えようと深呼吸してから、また話しだした。
「……勝てたんですね」
「うん。やばかったとこもあるけど……」
「良かった。あの黒騎士も、かなりの強さでしたし……」
ん……? 黒、騎士……? 何だそいつは。遭遇しなかったし、腕を折ったのは最高傑作と言っていた……
「雛……黒騎士……ってどんな奴だった」
「えっ、真っ黒な鎧に……なんだか、薄紫色の魔力光が、鎧の隙間から見えました、けど……もしかして、遭遇してない、ですか?」
驚愕した顔の雛の問いに、首を縦に振る。これでヴォイドが作ったのなら、アイツはまたなんてものを……で済むが、謎に包まれた第三者だった場合、話が変わってくる。
「情報がほしいな……ディーン、どう見る」
「一刻も早く、エスプロジオーネに向かった方がいいと思うぜ。なにか、きなくせぇ」
龍人の骨をへし折る程の力を持つ、黒騎士。これがたった一人ならいいんだけど。
複数人いたら、恐ろしいことになる。
「そういえば……黒騎士は、ムクロの主に何か、魔術をかけていました」
「何か? 何かってなんだ」
「分かりませんよ、私だって色々知らないことのほうが多いんです」
それもそうか。まぁ、なんとなく予想はつくぞ。
奴は、『それをしたのは最高傑作』といっていた。そしてかけられた謎の魔術……おそらく記憶の操作だろう。
そうじゃなければ、多分そんな奴がいると口にしているだろうから。
「しかし、黒騎士かぁ……嫌なもんを聞いたな」
「なんでだ? ただの騎士だろ?」
俺がそう言うと、ディーンは頭をかきながら、話し始める。
「いいか? 黒騎士ってのはな、この国では災いの象徴なんだ。あいつらが現れると、不吉なことが起こる、なんて伝承もあるぐらいでさ」
「えっ、でも……人間だろ? 黒騎士って」
「そうとも限らねぇ。一応人間ってことになってはいるが……正直中身が魔物だろうがなんだろうが驚かないね」
……どうやら、黒騎士というのはそこまで忌み嫌われている存在らしい。確かに、真っ黒な鎧をつけて徘徊してるのを想像すると……うん、酷く不気味だ。
それが一人だけならまだしも、複数いるのなら……何か、悪いことが起こると思ってしまっても不思議じゃない。
でも、気の所為だったら、とても不憫じゃないか。
「取りあえず、今日の分の回復。早く治せたほうがいいだろうから」
折られた側の腕に手を翳し、少しずつ治していく。何度も治してきたのもあってか、幾分かマシになってきている……気がする。
現に、痛々しい程の紫色だった肌は元通りの色を取り戻しているが、中はどうなっているかはわからない。
治ってそうだから、動かしてダメでした。なんてやるわけにもいかないし、どうしたものか……
「暫くの間移動は、難しいかもなぁ……」
「少しの揺れなら問題ないと、思いますけど……」
「いや、馬車って結構揺れるじゃん。危ないよ」
「それでも、進まないといけないんでしょう?」
いやまぁ、そうなんだけど。傷が治りきってないのに進むのは自殺行為じゃなかろうか。
しかし、進まないといけないのも事実……うーん……
「あと3日。それだけあれば少しはマシになるだろ。それに、光牙じゃ完全には治せないかもしれないけど、ほぼ問題ないとこまではいけるかもしれないからな」
「……まぁ、そのあたりが丁度いい塩梅、か」
ディーンの一言によって、3日後に出ることが決まった。さて、それまでに治療以外にやることといえば……
あぁ。一つだけ、あった。
「俺、リアムのところ行ってくるよ」
「あん? なんで?」
「約束、果たしたことを伝えようって思って」
そう言いつつ、俺たち用に宛てがわれた家の戸に手をかけて押し開ける。こういうことは、さっさと伝えておくのに限る。
後からだと、中々伝えにくいだろうし。
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「そっか。代わりの仇討ち、果たしてくれたんだ」
「あぁ、一応仕留めたことには仕留めた」
住人はリアムたった一人になってしまった家で、向かい合っている。
何があったのか、全て話したはずだ。
「ありがとう。大したお礼もできないのが、心苦しいや」
「大丈夫だって。龍人である俺達を入れてくれるだけでも、ありがたいんだから」
全て終わった後、そのまま追い出してしまおうと考えている輩もいたらしい。その輩を説得してくれたのが、リアムとマナの二人だった。
せめて、自分たちから出ていくまでは手を出すなと。恨みがあるやつもいるだろうから、手を出すなというのは無理だったんだろうね。
そこで納得してくれた分、まぁまた良心的ではあったと思うことにしよう……
「……なぁ、光牙。あんたって、結構強い、よな?」
「え? あぁ……まぁ、ちょっとは戦えるし……」
「ここを出ていく前に、少し手合わせしてほしいんだ」
……えっ、なぜこうなる?