支配に抗え
「あっ、がっ……! ぐぁぁぁっ!!」
痛い、痛い痛い……! 到底無視できない痛みが、ないはずの腕から発せられる。
あまりの痛みに、武器を取り落としてしまい、その場に蹲ってしまう。
痛みで動けなくなる。戦闘でそんな大きな隙を晒せば、待っているのは……
「全く……漸く効いてきたようだね!」
「がぁぁっ!」
蹲っていたところを蹴り上げられ、無様に地を転がる。その最中にも痛みは強まっていき、蹴られた痛みなどはもう感じなかった。
その左腕からの生じている痛みの強さに、吐き気すら覚えた。
「うぐぐ……これが、お前の言ってた……ムクロの薬の……!? あぁぁっ……!」
「そうさ、生きているものに投与すれば、激痛を伴ってムクロに変えられる。だが死体にすれば、その痛みなどどうということもない」
最早痛みを感じることもないからね、とヴォイドは笑いながら締めくくった。
要するに、こいつはこんな痛みを、まだ他の人間にも与えるつもりでいる。この街だけじゃ飽き足らずに。
「……ふざけんな、結局お前の手駒を増やしたいだけじゃないか」
「それの何がいけないんだい? 僕の手元で、傑作を作るための礎となれる。ただ意味なく生きるより随分マシだろう」
「お前……っ!!」
あんまりな言い分に、痛みすら忘れて殴りかかる。しかし、痛みでふらふらな俺の拳など、避ける価値もないのか微動だにせずに受ける。
その後、流れるような動きで腹に膝蹴りを入れられた。
「がっ……!」
「もう、終わりだ。諦めてムクロに変わるといい」
その場に崩れ落ちかけていた俺の腕が掴まれ、無理矢理立たされる。
痛みでやれることが限られている。だが、ただで殴られてやるほど甘くないぞ……!
「……っ、らぁっ!」
「ぐぉぉっ!? 尻尾を、利用したか……!」
尾を咄嗟に首に巻き付け、万力を込めて地面に引き倒す。頭を強かに打ったか、ふらつくヴォイドに対し、尻尾でもう一撃。
先程とは逆に、奴が地面に転がることになった。しかし、それでも余裕の表情を崩さず、のそりと立ち上がる。
「全く、よく足掻くものだよ……」
「はぁっ、はぁっ……! うる、せぇ……」
額から、脂汗が垂れてきた。さっきから暴れ続けているのに、体が変に冷え切っている。
おまけに、視界が上手く定まらない……敵が、そこにいるのにも関わらずに、この様。
情けない。自分への怒りで、どうにかなりそうだ。
「諦めたまえよ。もう君も……」
「うるせぇんだよ!!」
確かに、体は限界を越えている。でも、心はまだ折れていない。折れてなるものかよ……
「まだやれるんだよ、俺は!」
そう叫んだ、瞬間だった。ミヂリと、左腕から嫌な音が、やけに鮮明に聞こえた。
恐る恐る、左腕を見ると……何か、切断面から生えてこようとしている。
「……うっ、ああぁぁっ!!」
「遂に君もムクロになるときが来たんだ。受け入れろ、新生を。そして、手駒として働いてくれ」
ヴォイドが何か言っているが、そんなことはどうだっていい。
……兎に角、左腕が痛すぎる! 肉が裂け、無理矢理骨を作り出すような、そんな強烈な痛み。
気を失いたくても、痛みで無理矢理引き戻される。
「あっ、ぐうぅっ……!! 生えるなら、早く……生えやがれっ……!」
痛みで地面を転がり続け、痛みを少しでもなくそうと、必死に右腕で抑え込む。勿論、そんなことで痛みが無くなるとは思っていない。
でも、こうしていないと痛みに負けてしまいそうだ!
「あぁっ、ぐうぅっ!!」
「さぁ……さぁっ!」
やけに、頭の中に残る耳障りな声が響いてくる。あぁくそ、うるさくて気持ちが悪い……!
なのに、自分の上位存在だと感じてしまって、余計に気分が悪い……!
「早く! 化け物になった君を、材料にして、さらなる強い生命をつくりあげたいんだぁぁっ!」
「うるせぇよイカれ野郎がァァっ!!」
合わせたわけじゃないが、同時に叫んでいた。そうでもしないと、痛みに負けそうだったから、というわけじゃなく。
ただ単に、煩くて仕方がなかったから、一瞬でも消してしまいたかった。
その途端に、左腕が生えてきた。ムクロ達も心中では鬱陶しいと思っていたのか、なんてことは分からない。
ただ確かなのは、目の前のやつをぶっ飛ばして、悪さできないようにすることだ。
「ガァァァァッ!!」
「な、何故僕に……ぶばぁっ!?」
新しくなった左腕の一撃は、まともに顔の中心を捉えた。そのまま、左腕を振り抜き、初めて左腕をまともに見た。
斬られる前の左腕の鱗が明るいだとすれば、今の腕の色はまるで、血のような赤だ。強いて言えば、ディープレッドが一番近いだろうか。
より深く、濃くなった赤い鱗を見て、自分はより化け物と呼ばれるだろうなと考えると、少し気が引けた、だが……
そんなことよりも、気にしなきゃいけないことがある。
「ぐうぅっっ……ありえない……! ムクロが僕に逆らうなんてこと……」
「残念だったな、ありえないことが現実になってるぜ」
そこまで言うと、大きく息を吸い込みつつ、口元に魔力を集めてそれを吐き出す。
ヴォイドは慌てて射線から逃げ出したが、なんという火力だろう……! 何故か知らないが、以前よりも魔力を使う量が減ったのにも関わらず、火力が上がっている。
「は、ははっ……何だこの火力……まるで、本当に龍みたいだ」
「制御できない力……! 恐ろしいよ全く……」
自身の火力に唖然としていたところ、ヴォイドが何かを投擲していた。それを容易く掴み取ってみれば、よく見覚えのある代物だった。
先程、痛みで取り落とした愛刀の紅蓮だ。
「へぇ、返してくれるんだ。律儀だね」
「くそっ、どういう動体視力だ……!」
言われてみて、ふと気付いた。
確かに、回転しながら飛来する紅蓮を見ていたのに、柄を掴み取ることができた。動体視力も、比べ物にならないほど上がっているらしい。
「じゃあ、身体能力もいけるか……? ふっ!!」
「何をいっ……!?」
ただ、何も考えずに剣を振った。その一振りで、ヴォイドの腕が宙を舞う。魔力も何も使っていない、ただ剣を振っただけなのに。
「ぐっ、あぁぁっ!? 腕が……!」
「わぁ……こんな簡単に飛ぶんだ、腕も斬撃も」
あんだけ飛ばすのに苦労したのに……
腕を押さえて蹲るヴォイドに、同情はしなかった。
……しなかったものの、見ていてどうしても大変だなぁと言う感情が拭えなかった。他人の痛みならこんなもんだろう。
それに痛みを訴えてはいるが、正直な所自業自得ではあるし。
そう考えつつ眺めていると、触手のようなものが腕を形作った。再生が終わったのだろう。
「ふ、ふふ……許さん、許さんぞ……よくも僕の腕を斬り落としたな……!」
「じゃあもう一度行こうか、《断撃》」
なにかされる前に、もう一度斬撃を飛ばす。地面を削りながらの一撃は、一直線に飛び、再度右腕を吹き飛ばした。
「がぁぁぁぁっ!? きさ……」
「もう喚かなくていいよ、もう一発」
痛みで動きが止まるのも可哀想なものだ。こいつは右腕を押さえている最中、魔力による身体強化で近付かれたらどうするんだろうか。
ギリギリまで近付いた所で、回し蹴りを顎に見舞う。ゴキリという音と共に、容易く体が吹き飛び、ヴォイドの体は壁に叩きつけられた。
「……吹っ飛ぶとこは見えなかったな、流石に。にしてもなんだろう、ムクロが混ざったからか分からないけど……パワー、アップでいいのか?」
「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿なぁ!!」
崩れた壁の中から、奴が立ち上がる。結構強く蹴り飛ばしたのに、頑丈なやつだ。とはいえ、無傷ではなかったようで、体の至る所があらぬ方向に曲がっている。
まぁ、少しずつ再生していっているが……
「神である僕に、逆らう失敗作がぁ……!」
「何度も言うけど、お前は神じゃない。まず、龍を支配しようとしてる時点で間違い
だろ?」
「……理由は?」
「空を支配する王者。それが俺達、龍人だ。元々お前に支配なんかされやしないっての」
……嫌がるであろうことをを適当に口にしていく。空を支配する云々も思いつきのでまかせだ。
ただ、一匹。そんな龍を見たのは確かだ。上を通るだけで、警戒される。
そんな力があれば、あの時滅ぼされることはなかっただろうに……
そんなことを考え、自嘲気味に笑っていると、いつの間にかヴォイドの姿が消えている。周囲を探していると、少しばかり暗くなる。どうやら、上から飛びかかってきているようだった。
両腕を触手のような何かで肥大化させ、押しつぶそうとしている。
「死ね失敗作……!」
「あのさぁ……もう良くない?」
狙いが丸わかりで、しかも大振りなその一撃に当たってやる義理もない。躱すとすぐさま、全力で顎を蹴り上げてやる。苦悶の声と共に、ヴォイドの体が宙に浮く。
そして、不安定な姿勢のまま、がら空きになった腹を、腕ごと横一文字に斬り裂いた。
血が噴き出し、あたりを真っ赤に染める。地面に落ちて、地面で蠢いているヴォイドに、ゆっくりと近付いて、足も斬り落とす。
「ゔぁぁぁぁぁっ!? やめろ、やめてくれ……!」
「一撃で終わる。苦しませずに逝かせてやるから……」
俺の声に反応し、恐怖に包まれて涙で濡れた顔をこちらに向ける。即座に逃げようとしているが、手足なしで立ち上がるのは無理だろう。
というか、逃がすわけがないだろ?
「じゃあな、怪物作りの名人。神様を目指した、大馬鹿者め」
「まっ……!」
紅蓮を両手で握り、振り上げ──脳天を
かち割りつつ、縦一文字に文字通り、両断した。
再生しようが、意識があるときだけの再生……なら、殺し切ってしまえば元より苦労することはなかった。
「……これで、約束は果たした。ムクロの支配もおしまいっ、と」
刃についた、ヴォイドの汚い血を振るって落とし、皆の元へ向かい歩き出した。