再会
「とはいえ、皆どこに行ったんだ……?」
マシロを撃破してから、数分後。宛もなく、館の内部を彷徨っていた。
あんなに早く、ぱっと目の前から消えてしまっては探しようがない。というわけで、行き当たりばったりで探しているわけだが……
「死ぬほど広いなここ。作らせたやつ馬鹿だろ、こんなに部屋あって何するつもりだったんだ」
開けても大抵は埃を被っているものが殆どだった。それも、かなりボロボロ。壁に穴が空いていたり、真ん中からへし折れていたりと、様々な形で壊れている。
「気が滅入るわ……誰かー! 近くにいねぇのかー!」
応える声はない。あるのはボロボロの廊下に、自身の声の反響だけ。ここまで静かだと、ここにはもう誰もいないのだと思いこんでしまいそうだ。
それほどに、生き物の気配がなかった。
「……あーもう、面倒くさくなってきた」
いっそのこと、壁をぶち抜きながら動いた方が早く見つかるかもしれない。義手も壊れてしまったし、行動は早いほうが……あ?
「何か、来てるな……人ならいいんだけど」
魔導銃を指輪から取り出し、音の方向に構える。何かが走る音だと思うが、何かは分からない。
……まぁ、足音だけで人間か獣かなんて分かるようにはできていないんだから、当たり前だが。
「さっさと出てこいよ……ぶち抜いてやる!」
曲がり角に狙いをつけ、姿を見せるのを待つ。すぐに目的の相手は現れたが……
どうやら、人間に近いタイプらしい。そう思い、引き金を引こうと指に力を込める……
「あぁぁぁっ!! あっ光牙! お前無事だったか!」
「あっ、ディーンか! 良かった……」
引き金を引くのを止め、銃を降ろす。その途端、走るディーンの背後から双頭の何かが、曲がり角から猛烈な勢いで現れる。
「バウバウバウッ!!」
「こいつの尾踏んじまってさ! 助けて!!」
「何やっとるんじゃお前ぇぇ!!」
叫びながら踵を返し、全力で走り出す。猛獣と体力勝負するというのは無謀でしかないのは分かっていても、体は逃げるという行動を選んでしまう。
その肉引き千切ってやると、獣の目は雄弁に語っていたし。
「あっおい逃げんなよ! 助けろ!」
「無理無理早いのあいつ! それに魔導銃効かない気がするし!」
ディーンの声が近付いてくる。つまり、獣との距離も必然的に近付いている。あの鋭利な牙で噛まれてしまえば、怪我は免れない。
「こちとらもうヘトヘトなんだよっ!」
「その割には全力で走れてるじゃねぇか!?」
「火事場の馬鹿力ってやつだよ! もう本当に限界ギリギリ!」
文句を言い合いつつも、ディーンは魔力糸を伸ばし、その場から離れようとしていた。
それを真似て、離れようとした時、ふと思った。腕輪はどこだ?
そういえば、義手を壊された時、拾うのを失念していたが……まずい、置いてきてしまった!
「だぁくそっ! あれ取りに行くにも……倒さねぇと駄目じゃねぇか!」
「そうだ、倒してくれ!」
「お前もやるんだよっ!!」
怪物の方に向き直り、足と腕に強化を施しつつ駆け出す。その横をディーンが駆け抜けていき、すれ違いさまに筒状の何かを手渡された。
何とかそれを掴み、怪物に向けて放り投げる。
それが地面に落ちた途端、強い光が辺りを照らし出した。怪物は強い光に目をやられ、その場で足を止めてしまう。
にしても閃光って便利だな、本当。動きを止めるにはうってつけだし。そんなことを考えながら、怪物の顎に狙いをつける。
「躾だ、うらぁぁっ!!」
「ギャウンッ!?」
今繰り出せる、渾身の一撃が顎に突き刺さる。かなりの巨体が容易く宙に浮かび、大きな隙をこちらに晒している。
ついでにもう一発と、腕を龍化させると炎を纏わせた拳を、丸見えになった腹に叩き込む。
「ギャウ……ウゥっ……」
大きく吹き飛んだ怪物は、少し悲しそうに鳴き、床に倒れ込んだ。頭を打っていたようで、起き上がるにはかなりの時間がかかるだろう。
まぁ、取り敢えずは無力化できた。後は……
「ディーン?」
「わり、任せちまった。少し手元が器用なだけの人間じゃあれは割に合わねぇよ」
ディーンが、柱の陰から顔を出す。
確かに、強化を使って漸く体が浮くほどの重さを人間が相手取るのは厳しそうだ。巨体というだけで武器になる上、まともに受けてしまえばそれだけで地面の染みに変わる。
……ただ、そういうことじゃなくて……
「糸で援護とか、してくれてもいいでしょ……」
「悪かったって。頭が回らない程に必死に逃げてたんだよ」
そう言いながら、ディーンが適当な扉に手をかけ、扉を開く。真っ先に目に入ったのは、頭を失い、右手の剣を掲げた石像だった。
「……ここは、少しだけ清潔だね。血も完全にじゃないけど、拭き取った跡があるし」
「みたいだな。にしてもこれ、なんの石像だ?」
首無しの石像に目を向ける。顔は持ち去されたのか、完全に粉砕されてしまったのかわからないが、兎に角ここにはないことだけは事実だ。
服装も見ただけで貴族と分かるような派手さからして、止事無き身分のお方だったのだろう。
「王族か? それとも……神様?」
「神様はないだろうな。神具らしき物を何一つ持ってねぇ。これじゃどの神を象ったのか、全く分かりゃしないからな」
なるほど、そういうものなのか。しかし、神具? なんだろうそれは。
「神具って?」
「読んで字の如く、神様の道具。有名なもんだと新たな鉱物を作るとか、生命を思うがままにできたり……けど、現存が確認されてるのは殆どないらしい」
「本当にあるのかそんなもん!?」
「俺に聞くなよ、偉い人だって分かんねぇんだから……半信半疑の奴が多いはずだ」
そんなもんがぽこじゃかと湧いて出る世界じゃなくて良かった……出てきてたら多分普通に死んでると思う。
にしても、命を思うがままね……絶対録なもんじゃないだろ。
「不老不死とか、まともな精神の人が辿り着いてもぶっ壊れるだけだと思うんだよなぁ……」
「まぁ最初のうちはいいんだろうけどな。周りが皆死んでから、死ぬほど後悔するんだろうよ。こんな苦しみ、知りたくなかったってさ」
少し想像してみたが、その苦しみはが想像すらできない物だと言うことしか、俺には理解出来なかった。
絶対に心がもたない。自分と関わりがあった友人が先に逝くのだから、孤独感もより強まっていくだろうし。
「ま、今はそんなことはどうだっていいさ。二人を探さないといけない」
「そうだな。にしても……広すぎんだよなぁ……」
それは本当にそう思うよ。
────────────────────────────
「そういや、義手壊れちまったのか?」
「あぁ……左側が軽くて違和感がすごいよ。バランス取れって言われたらきつそう」
「それだけきつい相手だったのか……」
「うん。それに……気付かされた」
マシロとの戦いで、人と化け物は相容れない。下手すれば化け物同士でも同じだと、突きつけられた気がした。
自分も人間を止めているようなものだが、純粋な人間からすれば化け物には違いない。
「へぇ、何にだよ?」
「……ディーン。亜人って……」
君の中でも、化け物?
そう続けたかったが、声が出ない。もし、肯定されてしまったら? 声を出す寸前にそんなことを考えてしまい、怖くなった。
恐怖はどんどん大きくなっていき、頭の中で渦巻いていく。駄目だ、言葉にできない……
「……いや、なんでもない。確証はないし」
「そっか。じゃあ自信ができたら──」
その言葉が、最後まで紡がれることはなかった。突然、頭上から轟音が響く。
ぎょっとして目を向けると、何かが落ちて来ている。二人共急いで、その何かが落ちてくる場所から逃げ出した。
「敵か、光牙話は後でいいな!?」
「あぁ、大丈夫! 援護お願い!」
床が砕ける音が響くなか、指輪から紅蓮を引き抜こうとしたが、問題が一つ。引き抜く為に柄を掴めないことだ。
「相当きついぞこれ……」
引き抜く以外にも射出する、という手もあるが……それも避けられてしまえばどこに飛ぶか分からない。
初撃から、確実に当てねばいけないということだ。
隙を狙い、射出しようとした時。落下したそいつが、ムクリと体を起こす。
「よぉ、化け物……」
あぁ、聞き覚えのある声だ。具体的には、裏切ってムクロ側についた、大馬鹿の声。無くした腕をどうやってか生やしてまで、殺したかったのだろう。
「見つけたぞ、俺の標的……!」
「手間が省けたよ、これで約束守れそうだ」
ムクロ特有の肌の色となったハルウスが、俺達の前に立っていた。