表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
177/198

退治

 ……さて、どうしたものか。別の肉体になった以上、魔力を収束させる攻撃はないだろうと思いたい。


 あったとしても、反撃の方法は既に確立した。同じようにすれば大丈夫だろう。問題は、間違いなく増えたであろう攻撃手段。

 第一に警戒すべきは新たに生えた鋭い爪。あんなものを諸に受ければ、腕一本位はバターのように斬り落とされるだろう。


 第二に、混ぜ合わせたであろう種族。単体で使うだけならまだいい。しかし能力を組み合わせて使ってくると考えてみると……未知の攻撃手段が多い。


「これは、苦労しそうだな……」


「さっきも言ったけど、これはあんまり使いたくないんだよね」


「そうかい、でもこれで終わりだ!」


 何かするより速く、決着を。そう考えると同時に地面を蹴る。首を狙った一撃を、確実に打ち込むために。

 迷いなく振るわれた刃が、首に触れる──その瞬間。


 マシロの口が大きく開き、世界から音が消え去る。それと同時に体が大きく吹き飛んだ。

 壁に叩きつけられそうになるも、紅蓮を床に突き刺し、叩きつけられる直前で止める。


「……っ、今のは何だ……!?」


「ただ咆えただけだよ、そんなに驚かないで?」


 だとしたら、何という音圧なのだろう。未だに耳鳴りがしている。それにただ喧しいだけではなく、少し体が動かしにくくなっている。


 魔力が使われた様子もない。本当にただ咆えただけ。それで、この有様ときた。ただの咆哮で悪影響を与えられるとは……全く、何が楽しめそうだ。こんなの楽しめるわけがないだろう!


 愕然としていると、マシロが突然ため息をつく。その顔には失望の色が浮かんでいた。


「はぁ、やっぱり使いたくなかったなぁ……」


「……力量に埋まらない差ができたとでも?」


「その通り。だって今の咆哮で怯むどころかあんなに吹き飛ぶんだったらさ……」


 姿がブレ、マシロがその場から消え去る。どこにいるか探すも、何もいない空間しか飛び込んでこない。


 どこから来ようが斬るだけだと考え、警戒して待ち構えていると、突然背後に悍ましい気配が現れる。

 一瞬何か分からなかったが、人が思い描く恐怖を、全て混ぜ合わせてもこうはならないだろうと感じさせられた。

 

 そんな風に思えるほど、恐ろしいものが背後にいる。そう考えると、余裕は容易く吹き飛んでしまった。


「っ……!? うっ、あぁぁぁぁっ!!」


「簡単に決着、ついちゃうだろ」


 半ば絶叫しながら、振り向きざまに紅蓮を振り抜くも、マシロの体に弾かれてしまう。咄嗟に飛び退こうとするも、マシロの一撃のほうが速い。


 化け物の拳が、腹部に突き刺さる──その寸前、足が縺れてその場に倒れ込む。

 目標を失った拳が勢いよく目の前を通り、少し血の気が引いたのを感じた。


「うあっ!? コケた……」


「あっ、運がいいね。ならこれは……」


 体勢を崩しているところに、マシロの拳が振り下ろされる。立ち上がるのは間に合わないと、無理な大勢のまま拳に合わせて紅蓮を振るい、それを弾く。


 ガキンと金属同士がぶつかり合う音を響かせ、マシロの拳が後ろに吹き飛ぶ。しかし、刃に当たったというのに傷一つ見えなかった。


「くそっ……弾くのが、やっとか……!」


「うん、思ったよりは持ちそうだね」


 紅蓮の刃でも斬れない体表面に、見失うほどの速度。立ち上がりつつ、どうやって攻略すればいいのか頭を回すも、何も思いつかない。


 取り敢えず近付かせてはならないと、魔導銃を向け引き金を何度も引く。しかし……


「効く訳が無いだろ? 更に頑丈になってるんだぜこっちは!」


「あぁくそっ、やっぱり化け物じゃねぇかよ!?」


 爆ぜる炎を意に介さず、その勢いのまま向かってくる。振り下ろされる腕に合わせ、全力でその腕を蹴り上げた。


 その瞬間、脚に途方もなく重い衝撃が伝わる。力を抜けば、簡単に圧し折られてしまいそうだ……でも、押し負けるわけにはいかない。


「がっ……あァァァァッ!!」


「うわっと……! 火事場の馬鹿力ってやつか……あはっ、いいじゃん! もっと楽しませてよ!」


 歯を食いしばり、そのまま脚を振り抜いた。マシロは体勢を崩すも、すぐに立て直してこちらを油断なく見ている。

 無理矢理押し返したせいか、脚に断続的に鈍い痛みと軽い痺れが残っている。

 

 これは、無茶をしなければならないかもしれない……また怒られてしまうが、死ななきゃいい。


「マシロ……行くぞ……!」


「来なよ、侵入者」


 全身に満遍なく魔力による強化を施し、地面を蹴る。マシロとの距離が近付く中、何度も魔導銃の引き金を引く。

 先程と同様に、着弾点で炎が何度も爆ぜる。


「またそれか……こんな豆鉄砲効かないって、分かってるだろ!」

 

「あぁ、そうだな……」


 マシロはその炎を鬱陶しそうに払う。何度も何度も、同じことを繰り返している俺は、マシロの目には万策尽きた男の抵抗だと思っているだろう。


 あぁ、頼むからそう思ってろ……存分に、楽しませてやるから。


「だったら、これでも受けてみろよっ!!」


 炎の弾丸が爆ぜた途端、魔力による強化を脚に集中させ、前方に飛び出す。その爆ぜた炎を、紅蓮の刃に纏わせると同時に、自前の焔を同様に纏わせた。


 何かまずいと思ったのか、マシロは鉤爪を振り上げるも、そのまま紅蓮を振り抜く。その最中、纏わせた焔は蒼く変化し──


炎刃•重(えんじん•かさね)!」


 蒼い炎を纏う刃は、爪を容易く斬り裂き、そのままマシロの身も焦がしながら斬り裂いていく。


「ぐっ……!? あぁぁぁっ!」


「うっ……がぁっ!」


 更に押し込もうとした途端、苦悶の声を上げながらの反撃によって遮られる。

 振るわれた剛腕を、咄嗟に義手で防ぐもののあまりの威力によって堪えきれずに吹き飛ばされてしまった。


「いってて……焼かれてんのに反撃してくるか普通……!」


「っ……楽しみたいけど、死にたくは、ないからね……」


 体内を焼かれ、激しい痛みに堪えながら口を開くマシロ。口から夥しい量の血を吐きながらも、笑っていた。


 その様が、酷く不気味であり……同時に、心の底から楽しいと言っているように見えた。


 ……この時、漸く理解できた。お互い、似た姿をしていても、決して分かり合えない理由が。


 種族ごとに価値観が違いすぎるのだ。俺もマシロも、亜人と人間も。


「……分かり合えやしないって、分かってたつもりなんだけどな……」


「え、何? 友達になれると思ってた? 敵同士なのに?」


「あぁ、少しばかり話は合うかもしれないと思ってたけどさ、気の所為だったよ」


 ボロボロになっても殺し合いたいと思ったことはない。戦った結果、ボロボロになってしまったことはあったが、自ら死地に飛び込むようなことはしていない。


 「お前みたいに、戦い楽しかったなんて、そんな風に思ったことはないよ」


「……ざんねーん」


 ボロボロの体のまま、マシロが向かってくる。僅かに体を再生させつつも、魔力が足りていないのだろう。


 そんなになってまで、戦いを楽しみたいのか……全然分からない。


「あぁ……本当に、残念だったよ」


 紅蓮をより強く握り、マシロに向かって駆け出す。互いの距離が一気に狭まり、互いの武器を、必殺のタイミングで振り抜く。


 先程と同じように、蒼き焔の刃は爪を溶断し、マシロの体を浅くだが斬りつける。


 もらった、そう考えてもう一歩踏み出すも、反撃と言わんばかりに拳が振るわれる。強かに頬を打ち据え、少し体勢を崩してしまった。


「ぶっ……! お前、まだ……」


「まだ僕は生きてる! 終わりにしたいなら殺しなよ、最後まで気を抜かずにさぁ!!」


 俺が体勢を崩したところを、マシロは笑いながら殴り続ける。戦いのことしか頭にないと言わんばかりの乱打。振るわれる拳もそれなりに早く、重い。


「ぐっ……! うっ、あぁぁっ!」


 その乱打の隙を、殴られながらも探し続ける。最悪、隙がなくても構わない。その時は拳に合わせて、紅蓮を振るうだけでやることは変わらない。


 問題は一撃の重さだ。少しもらいすぎて、意識が飛びかけている。さっさと慣れて、反撃せねば……間違いなく、死ぬことになるのは俺だ。


 それは嫌だと、魔導銃を死ぬ気で構えて遮二無二に引き金を引く。


「うあ゛っ……! 目玉撃つかよ普通……!」


「あ゛ぁ……いってぇな……目玉? 撃つよ、死にたくねぇからな……!」


 魔導銃をしまい込み、両手で紅蓮を握る。それを見てマシロは、突貫の為に体勢を低くし、前方に飛び出した。

 戦う動機なんて、いつも最後は【死にたくない】の一つしかない。けど……


「死ぬまで戦って、笑って逝ける訳がねぇだろうが!」


「それができるのが僕達さ!」


 その言葉と同時に振るわれた拳を、紅蓮の刃で防ぐ。


「っ、ぐうっ……!」


 その拳、あまりの重さに肩が外れそうだった。膝を着きはしなかったものの、苦悶の声が漏れ、義手からは嫌な音が聞こえた。


 長い間、無理させ続けた反動だろう。いくらなんでも、格上との連戦なんて続けていて壊れないわけがない。


「ほら、もう腕は限界だろ……!?」


「ぶっ……!? はっ、全然いけるわ……!」


 もう片方の腕で、腹を殴られる。意識が飛びかけそうな程に重いが、舌を噛んで何とか堪える。


 それに、先に手を出したなら後は簡単だ。こんなに近くに、敵の腕があるんだから。


 潰さない手はない。


「でぇぇぇぇい!!」


「っ、ぐあぁぁっ!」


 腕に全力で、その刃を突き立てる。容易く貫き、纏わせた炎が、マシロを焦がしていく。


 しかし、それにじっと耐えるやつではない。突き刺された腕を大きく振るい、俺を吹き飛ばそうとしてくる。


「根比べと行こうじゃねぇか……!」


 右に左に、視界が何度も揺らされ、正直吐きそうだ。とはいえ、離すわけにはいかない。


「離れろぉぉぉ!!」


「誰が離れてやるかっての!」


 あんまり暴れるものだから、腹に膝を叩き込んで黙らせる。何度も左右に振りやがって……おかげで吐きそうになった。


 しかし、突然の衝撃に面食らったのか、マシロの体勢が崩れる。


 逃すわけにはいかない、絶好のチャンスだ。


「っづぅ……! そろそろまずいか……!?」


「終わりだぁっ!!」


 深く突き刺さった紅蓮を引き抜く。噴き出した血が顔にかかるも、気にせずに流れるような動きで刃を突き出す。


 肉を裂く感覚が伝わり、焔が既に消えた紅蓮の刃が、容易くマシロの胸部を貫いた。


「がっ……はぁ……」


 マシロが血を吐き、それがまた顔にかかる。かかったそれを拭わずに、紅蓮を引き抜こうとした時だった。

 

 ぐっと、刃を押え込まれたような圧によって、少しも動かせない。


「ゼェ……勝ては……しなくても……!」


「お前、まだ生きてんのか……!?」


 マシロの声が響く。少しずつだが、魔力が斬られた鉤爪に集まっていく。


 これはまずい……! 


 そう判断し、紅蓮から咄嗟に手を離して、その場から飛び退く。


 しかし、遅かったようだ。


「引き分けにはできるよねぇ!!」


「っ、馬鹿やろっ……!!」


 俺から見て、体の左側から振るわれた鉤爪。咄嗟の防御も、間に合わなかった。


 左の義手が、宙を舞う。二の腕から先が斬り飛ばされ、体の左側が異様に軽くなった。


「あぁ……くそっ、義手かぁ……」


「……残念だったね、マシロ。命はやれない」


 斬り落とされ、最早使い物にならないと判断した義手を外す。愛着はあったが、物はいずれ壊れるのだから仕方ない。ここに置いていくことにしよう。


 最早虫の息のマシロに、ゆっくりと近付き、紅蓮の柄を掴む。


「はは……たのし、かったよ……」


「……俺も……少しは楽しんでたかもしれない」


 実際、あの姿になったときに楽しめそうだと思っていた。楽しむなんて余裕は決してなかったけれど、それは事実だ。


「……じゃあね」


 そう言うと、一気に引き抜く。夥しい量の血で体中が紅く染まる。


 それと同時に、亡骸が前のめりに倒れて血の華が地面に咲き誇った。その亡骸に流れていた血を、紅蓮から振るい落とし、指輪の魔法で収納する。


「もう、こいつレベルはいないよな……?さて、合流しなきゃな」


 亡骸をそのままに、翼を使って飛び上がり、地下の戦場を後にした。


 最重要目的はムクロによる被害の収束。もう少し、頑張るとしよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ