変容
「へぇ? 僕と遊ぶ気になってくれたのかな?」
「寝言は寝て言えっての。遊ぶつもりなんて毛頭ないさ」
対処法はわかったとは言え、早すぎてはかち合うことになり、遅すぎては一撃を受けて胴体をぶち抜かれる。
魔力の鎧を失ったタイミングで、再生させないように一撃で斬り殺す、もしくは消し飛ばす。
そうしなければ、目の前の造られた怪物は倒せない……何ともまぁ、面倒なことをしてくれたもんだ。
「うーん、残念。じゃあ……僕もその気にならなきゃいけないか……楽しめそうだったのになぁ……」
そう言うと、マシロの瞳が刃のように鋭くなる。ここからは遊び混じりの戦闘ではない。
正真正銘、本気の殺し合いだ。
「じゃ、始めようか……!」
「……来いっ!」
そう言い終えるよりも早くマシロは翼を生やし、空へと飛び上がる。こちらも翼を用いて飛び上がるが、そうした途端、こちらに勢いよく向かってきた。
「うわっと……! いきなりだなお前!」
「そりゃねぇ、殺すつもりだしっ!」
鋭い回し蹴りが放たれ、何とか避けるも鼻先を掠めた。すぐに反撃として魔力によって強化した拳を腹部にぶち込む。
「がぁぁっ……! 効くなぁ本当!」
「っ、おぉっ!?」
しかし、堪えるどころかその腕を掴まれ、マシロがその場で回りだす。あまりの勢いに片手では耐えきれず、手から焔牙が吹き飛び、壁に突き刺さる。
「やめろっての……!」
「やだね、誰が止めるかよ!」
「っ、うおぉっ……! ぐうっ!!」
平衡感覚が失われた辺りで放り投げられ、壁に激突する。目が回って吐き気がするが、頭を振ってマシロを睨みつけた。
しかし、それでマシロが怯む訳もない。今までと同じ様に腕に魔力を集め、矢の如く突貫してくる。
「何度も見たやつを……受けるかよ!」
「ははっ、避けれるものなら避けてみてよ。まぁ今の状態だと中々厳しいんじゃない?」
勢いよく、俺の体を貫こうと向かってくる。そんなマシロに対し、義手の掌を向けた。
「ほら、動けないじゃないかっ……!?」
「……あぁ、動かなくてもいいしな。上手いこと行ってよかった」
「魔力糸か……! こんなに早く……」
マシロの指先が、眼前でピタリと止まる。マシロは何が起きているのか、すぐに理解したようで、忌々しげに顔を歪めている。
ただ、魔力糸はマシロの腕を貫通するだけでは済まなかった。周辺の壁や床を何箇所か貫き、マシロをその場に縫いつけている。
「……戦いじゃ、上手く使えないのかなと思ってたけど?」
「まぁ、ちょっと距離がないときつい。微妙な距離だったが、間に合っただろ?」
漸くまともに立てるようになり、少し距離を取る。魔力糸による拘束をしたまま、短剣である火花を引き抜く。
その刀身に焔を纏わせると、何をする気か分かったようだ。顔に焦りの色を浮かべながら、拘束から抜け出そうとしている。
「くそっ、拘束を解け!」
「生憎、拘束を解くつもりはないよ」
とは言ったものの、マシロは剛力である。長々と拘束ができるわけではない。元に今にも引き千切られそうだ。
「……《焔走り》!」
「っ、まっ……があぁぁぁっ!?」
刀身を包む炎を魔力糸に当てた途端、魔力糸を炎が辿りマシロを焼いていく。
魔力糸が使用者の魔力を使って作られる糸ならもしやと思い試して見たのだが、思った通りで良かった。
マシロは身を焼く炎に苦悶の声を上げ、悶え苦しんでいる。常人なら糸が焼き切れる頃には灰になっているが、コイツはどうだろうか……
「あ゛ぁぁっ!! げほっ、ごほっ……! 死ぬどこだったぞ……!」
「やっぱり耐えるよな、お前なら」
全身に重度の火傷を負いながらも、炎の中から飛び出してきた。指先に魔力を収束し、一点集中で胴体を貫こうとしている。
「でも、残念だよ……」
マシロの攻撃に合わせ、焔牙を高く振り上げていく。狙いに気付いたようだが、もう遅い。
「お前のその攻撃も、戦い方も、もう慣れちまったんだ」
「ぐ……あぁぁぁっ!?」
焔牙を、マシロの脳天に叩きつけた。魔力も何も使っていない一撃だが、脳天に当たったとなれば、まともに動けやしないだろう。
マシロは、その場で傷を治しながら痛みにのたうち回っている。
「ぐ、ぐっ……痛くないわけじゃ、ないんだぞ……」
「それは良かった、死なないわけじゃなくて安心したよ。殺したらそこで終わりなんだから」
正直、こいつと何度も戦うなんてごめんだ。色々手を考えないといけなくなるのは苦手なんだ。
「くそっ、あんまり使いたくないんだけどなぁ……!!」
「はっ? 何……を……」
思考に耽っていると、何かが千切れる音がし、現実に引き戻される。音の方向に目を向けると、そこにいるのはマシロのみ。
しかし、その口は大きく裂け、より化け物に近付いていた。口の中から何かが這い出ようとしている。
何だかよく分からないが、出てきてしまえば碌なことはないだろう。今にもその化け物は飛び出てきそうだ。
「今のうちに、殺さないと……っ!」
駆け出すと同時に、近くにつきささっていた焔牙を手に取り、動かなくなったマシロの体に向かって振り下ろす。
……確かに、マシロだったものは真っ二つに出来たが……一歩遅かったようだ。
「遅かった……!」
「キュガァァァッ!!」
耳をつんざくような咆哮が響き、堪らず耳を塞ぐ。何となくだが、自由を喜ぶような声色に思えた。
そんな咆哮が終わり、マシロだった化け物に向き直る。コウモリのような翼に、鋭く尖った牙。おまけに湾曲した角。
悪魔という存在がいるなら、目の前のものを指すのだと感じさせる、そんな姿。
「……悪魔みたいで、嫌なんだ。毛深いしね」
「驚いた、喋れるんだなそれでも。悪魔になっちまったかと思ったよ」
「様々な種を混ぜ合わせたらしいからね、吸血鬼やら、山羊の獣人とかね」
「だとしても、そうはならねぇよきっと」
焔牙をしまい、紅蓮と魔導銃を手に取る。恐らく、トップクラスに面倒な相手になるだろう。
一つのミスで、最悪死んでしまう。でも、理由は分からないが……
……とても、楽しくなるだろうと、気付けば口元が吊り上がっていた。