裏切者との邂逅
さて、目の前のムクロが動き出す前に、少しでも傷をつけておきたい。ちょっとした確認のようなものだけど、マーカー代わりにはなるだろう。
そうすれば仮に人間に化ける個体だったとしても、確認できるから。
「まっ、そうじゃないほうが心情的にはいいんだろうけど!」
「来いよォ!!」
目の前の怪物は、近付いてくる俺目掛けてその剛腕を振り下ろす。人間が当たれば即死してもおかしくないだろうが、俺でも動けなくなることは容易に予想がつく。
まぁ、それも当たればの話だ。
「大振りすぎんだ、よっ!!」
「ゴアァっ!? てめっ、ぶうっ!?」
避けて懐に入り込み、がら空きの顎にアッパーを見舞う。ふらついたその怪物が何かする前に、追撃の蹴りを腹に叩き込む。
どうやら、怪物の体の構造は人間に近いものらしい。脳を揺らすまでには至らなかったが、巨体がふらつかせている。
「いっでぇな……! いきなりぶん殴る奴があるか!」
「……いや、そっちが襲ってきたんだろ……何を言ってるんだ? 自分だけは傷つかないとでも思ったのか」
にしても、治癒能力も少しあるようだ。もうふらつきがなくなり、両足でしっかりと地面に立っている。
「はっ、俺がお前達の言い分に付き合う必要はねぇんだよ! お前らはさっさと殺されりゃいいんだよ」
「話が通じないタイプだ。こういうのは全く情報もないだろうし……さっさと斬るか。面倒事がドサドサと積み重ねってくんだから、お前に手間かける暇はないんだよ」
「はっ、ほざいてろっ!!」
両足で地面を蹴り、弾丸のように飛び出す巨体。こいつの攻撃全て、受けてはならない一撃になり得るだろう。
しかし、そんな大振りな一撃をもらうわけがない。隙だらけなんだ、突進も拳も。
「ここが隙だらけだぞ。盛大に焼けてろっ!」
「なっ──がぁぁっ!!」
振るわれた刃の紅蓮の焔が、拳を振り上げている怪物の脇腹の肉を焼いていく。地面を転げ、苦悶の声を漏らしているが、知ったことではない。
元より敵なのだから、容赦する必要はない。
……思ったよりも弱かったしな。この程度なら傷跡のマーキングなんてする必要もなさそうだ。
「……思ったよりも弱いよ、お前。不意をついたからレオパルドさんも殺せたんだ。それがわからないから、ここで死ぬんだ」
「だ、黙れ……! 俺はもう負けないんだ……!」
刃に着いた血を拭いながら、ムクロに近付いていく。多量の血が滴り、重度の火傷を負っている。こいつが重要な情報を持っているとも思えない。
「でも、お前の負けだ。さっさと──」
その先は口にできなかった。二の句を継ぐ前に、突然背後から感じた殺気の持ち主が、剣を振りかぶっていたからだ。
「これで、くたばれ化け物ォォッ!!」
「ハルウス……っ、お前血迷ったか!」
振り下ろされた刃を避け、直様距離を取る。それと同時に魔導銃を取り出し、銃口を向ける。
しかし、それにハルウスは動じず話を続ける。
「そんなわけあるかよ! 俺は力さえあればいい、それなら人間側につく義理なんざねぇだろうが! 血迷ってんのは寧ろお前だ、弱えのとつるんで楽しいか?」
「あぁ、楽しいとも。残念だよ、お前とは意見が尽く食い違ってしまうみたいだ」
背後から、多数の足音が響いてくるのを聞きながら、引き金を引いた。銃弾は簡単に躱せていることから、何かしらの強化が施されていると見ていいだろう。
「へぇ? 人間やめて強くなったね」
「あぁ、化け物を殺すには、俺も化け物ほど強くなればいいからな……だから、こっち側についた」
「本当、底抜けにバカ野郎だよお前は」
魔導銃をしまい、紅蓮を引き抜くと同時に弾丸のように飛び出す。前は簡単に斬れたが、今回はこちらを見てニヤリと笑う。
今の俺のスピードに対応できているのか、策があるのだろうと考え、足を止めた時だった。
「そう来ると思ってたぜ」
「っ! ちっ、筋肉ダルマの割に小細工使ってくるのか」
ハルウスの腕輪から飛び出した魔力糸が頬を掠め、鮮血が飛び散る。咄嗟に飛び退いてハルウスに目を向けると、ムクロを連れて逃げ去ろうとしていた。
「逃すかよ……!」
手に火球を生み出し、それを投げつける。真っ直ぐに火球はハルウスに向かっていくも、ボロボロのローブの下から現れた腕に防がれる。
その腕はどう見ても、斬り落とした筈の腕ではなかった。ムクロ達と同じ、紫の皮膚をしていることから、移植なり何なりをしたんだろう。
「……お前、どれだけやらかすつもりだよ」
「ハッ! お前を殺せるならなんだってやってやるよ!」
そう捨て台詞を残し、魔力糸を用いて逃げ去っていく。そうしてハルウスの裏切りは、大多数の目に晒された。
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「ハルウスが裏切った……信じたくはないけど、ホントのことなんだな?」
「あぁ。俺のせいでもあるな、これ……箍を外す原因は、腕を落とされたこともあるし」
やりすぎたとは思ったが、こうなってしまうと自身の短慮さに呆れてしまう。もっとやりようはあったはずだ。
でも、起こってしまったことが変わることはない。
「取り敢えず、アタシらはハルウスも敵と考える。皆にもそうするように伝える。きっかけが何にせよ……あの目はもう、戻らないだろうよ」
「確かになぁ……あぁいう目は何度か見たけど、どれもすぐに見なくなっちまった」
「ええ、彼の瞳は淀んでましたね……殺意で満たされてました。それだけ、酷く恨んでるのでしょう」
マナの言葉に、ディーンが実感の籠もったように続ける。
……どこで見たのだろう。旅の途中で見たりしたのだろうか? 取り敢えず、今は聞かないで、また次の機会に聞いてみたいな。
雛の言葉は、正直耳が痛い。自分が原因だから尚更だ……
「あぁ、それしか考えないからだろうな……もう休んだほうがいい、明日からはもう休みなしで進むことになる」
「……了解」
話を終え、マナの部屋を後にする。そこで、ディーンが口を開いた。
「そうだ、目が云々って話は聞いてくれるな。俺も話したくねぇからな」
「……分かった、それなら聞かないよ」
聞きたいという気持ちが顔に出ていたのだろうか、釘を刺されてしまった。話したくないのなら、聞かないほうがいいだろう。
「リアム君、大丈夫でしょうか……」
「あいつなら大丈夫だよ、そう簡単に潰れないさ」
多分。まぁはっきりとは言えないし、一人で泣いたりはするだろうけど。そこに顔を合わせたら気まずいことになるし。
まぁ、何にせよ……さっさと潰さないといけない理由が増えた。一つは敵討ち、もう一つは……自身の尻拭い。
自分がやらかしたことは、自分がなんとかしなきゃね。