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魔霧の中へ

「うし、じゃあ始めてくぞ……んで、その頭どうした?」


「これか? 気にするな。マジで気にするなよ思い出したくないから」


「わかった、絶対に気にしないでおく」


 ハルウスが放り出され、互いの紹介はトントン拍子に進んでいった。レオパルドさんや、マナの口添えはあったものの、お互いが何ができるのか把握することができた。

 トントン拍子に進んだとき、それだけあいつが迷惑な奴だったんだろうなと呆れてしまった。

 

 そして現在。頭にはたんこぶが乗っている。

 ……拳骨って、案外痛いもんだと学び直す機会になったけども、やはり強烈……


「それで? 俺達は連れてくのかよ?」


「アルロとルージュは残してな。人間だけじゃどうにもならねぇよこんなの」


「向こうの方がムクロの数、やばそうだしな」


 普通のムクロでさえ、純人間が相手すると手こずる程の強さがあるのだから。それが群れをなしている以上、人間だけでは突き進めない。

 だから俺たちを頼った訳だ。しかし……


「亜人は化け物なんじゃねぇのか?」


「そんなのはアタシが決めればいいことだよ、他人の評価なんて知ったことじゃない」


 そう言いながら、自身の手甲を装着する。手甲には鋭い爪がついており、あれが刺さるだけでも相当な傷になるだろう。

 その切っ先をこちらに向け、口を開く。


「アタシもお前も、今は手を組むしかねぇだろうよ。人間は苦手だろ?」


「……そうだな」


「だろ? ま、万が一の時は介錯位はしてやるさ」


 そう言い、マナは霧の中を進む。最初からお互いを利用する腹積もりだったらしい。まぁ、その方が後腐れもないだろうし、上等だろう。

 お互いに敵を増やすより、利用し合える側の関係の方がまだマシだ。

 しかし、人間が苦手だと思われるのは意外だったなぁ……苦手とはいかなくても、組むのは少し、嫌になってきた。


───────────────────────────


 そう見抜かれたのは、つい先程のことだ。アルロとルージュを残して、奴らの本拠地に向かって進んでいく中、あの言葉について考えていた。


「……人外に近付いてるのかねぇ……」


「ヴァー……!!」


 とはいえ、敵を無視しているわけではない。飛びかかってきたムクロの首を掴み、地面に叩きつけると同時に踏み抜く。


 こうすれば、すぐに倒せる程の雑兵しかいない。けれど、ここには思った以上の数がいるみたいだ。


「なぁ、あいつ考え事してんのに……」


「あぁ。人間じゃねぇってことがはっきり分かるな……不用意に近付くなよ」


 とはいえ、心無い声は消えなかった。心外だなぁ、一緒に戦ってるっていうのに! 

 ここで放り出して街を捨ててやろうかと考えもしたが、それをやったが最後、人間全てを敵に考えてしまいそうで……


「やめよ。今はさっさと進むか」


「考え事は終わったかー?」


 短剣をしまいながら、ディーンが歩いてくる。返り血を浴びて、顔の半分が赤く染まっているが、本人に怪我はないようだ。傷の一つも見られないことから、かなり強くなったんだろうな。


「あぁ、碌な事浮かばないややっぱり」


「そういうもんだよ、軽く流しな。全部受け止めてるといつか潰れちまう」


「それができれば苦労はないよ」


 ムクロの心臓部に突き刺した刀を引き抜いて血を落とす。まだ人間らしい血の色をしていることから、ムクロになって日が浅いのだろう。

 

「しっかし、どうやったらこんなに変わっちまうんだ……」


「そういう薬があるんだろ?」


 最も、薬といっても治療なんて出来そうに無いけど。ただの毒だ。


「いや、そうじゃなくて! 一体何やったらこんな化け物に変えちまうような薬ができるかって事だよ!」


「あー……そっちか」

 

 以前チラリと話に聞いたデモンズ・ミールもそうだが、製造元も不明、材料も検討がつかないらしい。

 製造元は十中八九、この先にいるだろうが、本当に大元かは怪しいし。


「ま、進んでみるしかないよ」


「そうだなぁ……ん? おい、あれ!」


 ディーンが突然走り出した。それに皆釣られてそちらを向く。向かっていく場所には、俺達の馬車があった。


「お、そっかこの辺りだったか……良かった。一つの目的は果たせた……」


「光牙と雛も来いよ! 荷物も大体は無事だぜ! 変わらず馬も元気だし!」


「それは良かった! 馬も元気なら、全て終われば……待って、ディーンさん! おかしいです!」

 

 雛が何かに気付くと同時に、俺もおかしいと感じた。

 馬が元気? こんな食べられるような草もない、街の中に放置されてるのに? 

 そんなことあり得ない、絶対に罠……!


「ディーン戻れ! 嫌な予感がする!」


 そう言いながら、ディーンの後を追いかける。ハルウスを筆頭に、全員が武器を構えている。

 俺の声に反応して足を止めると同時に、馬車の陰から何かが姿を現した。


 紫色をした、筋骨隆々の何か。口の橋から見える鋭い牙と、醜い顔をした怪物が音もなく現れた。

 そいつは腕を振り上げると、無造作に振り落ろしてきた。


「っ、ちょっと失礼……!」


「うおっ!? 悪い、助かった!」


 咄嗟に反応出来なかったディーンに、魔力糸を巻き付けて引き寄せる。少し引き摺ってしまったが、それは許してほしい。

 ディーンという目標を失った丸太のような腕は、馬車に叩きつけられ、馬車を粉々にしてしまった。


「なんてバカ力……」


「油断できねぇな……にしてもなんだあいつ、オークにしちゃデカいぞ」


 周りの声を聞きつつ、自身も木刀を取り出す。斬るよりは殴る方が効きそうな気がしたのもあるが……様子見には丁度いいだろう。

 にしても、オークって体色が緑のイメージがあったんだけどな……紫かぁ……


「毒持ってそうだなぁ……」


「そんなこと言ってる場合ですか!?」


 確かにそうだった。今は一応オークもどきと呼ぶことにして、そいつを倒さなければ。

 と、思っていると、頭の少し上を火球が飛んでいく。オークもどきはそれを手で受け止めてしまうが、続けて魔法が使われていく。


「近づかせなければいい話だ、撃てぇ!!」


「ちょっ、マジか……!」


 咄嗟に魔力糸を束ねて盾に代わりにすると、雛とディーンを抱えて路地裏に飛び込む。オークの目がこちらに向けられるが、その後に魔法の雨が着弾し、煙で見えなくなった。


 雛とディーンを離し、再度木刀を構えて待ち構える。煙の中からまっすぐにこちらに向かって歩いてくるオークもどき。人間には全く目もくれないことから、何か特殊な調整でもされているのだろうか。

 

「……ブモォォ……」


「少しばかり応えてろよなぁ、あれ受けてんだから……」


 今も、魔法が当たった箇所を指で搔いている。しかし、そこが焼けてるわけではない。全く応えていないようだ。


「シッ……!」


「ブモッ……ブオォォ?」


 不意をついた雛の矢も、刺さりはしたものの効果が見られない。何かが少し突き刺さった程度では、こいつは止まらないみたいだ。


「嫌になるぐらいに生き物らしくない……! 痛みを感じていないの……?」


「どうせオークだろうが! そんな硬くねぇんだろ、斬っちまえば同じだっ!」


「ばっ……待てお前ら!」


 俺達の横を、兵の一部が駆けていく。マナの止める声が響くが、その時にはもう遅かった。


 丸太のような腕を構え、刃を防ぐ。刃はそれだけで欠けてしまい、兵は呆然としていると、剛腕が振るわれた。


「ブモォォォッ!!」


「なっ──」


 声を上げる暇も無く、兵の体が吹き飛ぶ。直撃した箇所はへしゃげるどころか、原型を保っていない。頭に当たったやつは、残念ながら即死だろう。


「やっぱり特別製かあれ……」


「十中八九そうでしょうね。紫のオークなんて聞いたことないですし」


 腕から血を滴らせ、次の獲物を探しているそれを見ながら、奴に対する有効打を探ろう……


「てぇぇぇい!!」


「……あの馬鹿っ!」


 としていたが、リアムが続いて駆け出していた。さっきの馬鹿力をなんとも思ってないのかと、思いながら駆け出していく。雛とディーンもすぐに、止めようとしたが間に合いそうにない。


 比較的距離が近い、俺じゃなきゃ間に合わない。脚に魔力を流して、全速力で駆ける。

 

「ブモッ……? ブルルルッ……」


「構えんじゃねぇよ、木偶の坊っ!!」


 腕を先程と同じように構えたオークもどきの顎を、全力で蹴り上げる。どうやら打撃は普通に効くようで、よろめいて後ろに倒れていく。


 それを見たリアムは飛び上がり、自身の剣に魔力とは違う何かを纏わせ、胸の奥深くまで突き刺した。普通の剣とは違い、欠けることもなく、バターのように突き刺さった。


「ブ……ゴォォ……」


「一発かよ……勇者って大体こんなもんか?」


 力なく横たわるオークもどきの体から剣を引き抜くリアムを見て、何となくだが恐ろしいと思った。

 アルバートも含めて、勇者とは自分達の天敵なのだろうとも、何処か本能で感じ取った。

 まぁ、今は味方なんだから気にしないようにしたいところだ。


「さぁね、他の勇者なんて見たことないし」


「……だろうな。数える程度しか知らないよ、俺も」


 何をしているだろうかと、考えることもあるが、今は考えないようにしよう。問題は別にある。


「馬車、壊されちまったな……」


「お前等の目的も崩れちまったが、こっちも死人が出た。ちくしょう、こんなとこで躓けねぇってのに……」


 頭を潰された死体、内蔵をやられたのか口から血を吹き出して倒れている死体、腕がメチャクチャな方向に向いた死体を脇に避けながら、マナが言う。


「じゃあ……戻るのか?」


「馬鹿言うな、進むしかねえよ。アイツらの死が無駄になる前に辿り着くしかない」


 そう言いながら、亡骸を食われないように端に寄せて隠すと、ゆっくりと歩き始めた。

 背後からでも分かる激しい怒りと、少し感じ取れる悲しみを前に、何も言えなくなってしまう。


「なぁ化け物、同族を殺した気分はどうだったよ」


「……はぁ?」


 突然、そう投げかけられた声。背後からのその声は、ハルウスのものだった。

 何を言っているのか分からないし、分かりたくもない。あれと俺が同族?


「目が腐ってるんじゃないの? ついでに頭も見てもらえよ、腕やられたのによく喧嘩吹っかけられるな」


「ただの興味本位だ、カッカすんなよ。俺もあれは悪かったと思ってるんだぜ?」


 ……本当に悪いと思ってるんなら、そんなニヤついてねぇだろうに。


「なぁ、教えてくれよ。人間と組んで、同じ化け物を殺した気分はどうなんだって聞いてるんだ」


「……いい加減にしてください、冗談にしては笑えません」


 この状況を見かねたのか、雛が割って入ってきた。その目からは珍しく苛立ちを感じ取れる。


「はっ、いいじゃねぇかよ。好奇心での質問ぐらい許──」


「ハルウス、何をしてるんだ?」


 雛の苛立ちも何のそのと、話を続けようとしたハルウスだったが、リアムに見つかったことでそこで会話が途切れた。


「……何でもねぇよ、お飾りの勇者」


「それは否定しない。でも味方といがみ合うなよ、今は敵陣なんだぞ」


「うるせぇよ」


 リアムの前でやるのは印象が悪いとでも思っているのか、鼻を鳴らしながら歩いていく。

 雛も息を吐くと、苛立ちが消えて普段の柔らかい表情に戻った。ハルウスが何を考えているかは分からないが、まぁ、碌でもないことだろうなとは言える。


 ……人と関わると面倒なことが増えるのだと、理解してはいるものの、これからも首を突っ込んでしまうのだろうと思うと少し頭が痛くなった。

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