捕まった……?
……意識が急速に覚醒する。何故か生き残っているようだ。何とか上体を起こすが、未だに頭が鈍く痛むことから、そこまで時間は経っていないようだ。
「やぁ、お目覚めかい?」
「あぁ……? あんたは……?」
目を覚ました途端、赤い髪の女性に声をかけられる。やけに聞き覚えのある声だが、一体どこで会っただろうか。全く顔は見覚えがない。
「いや、私と君は……あぁ、顔は合わせたことないね。君は声を聞いたんじゃないかな?」
「声……あっ、お前っ……!! なんでここに!」
「あっ、思い出したかい?」
思い出した途端、その場から逃げ出そうとしたが体が思うように動かない。縛られはしていない。頭を打ったことが響いているのだろう。
最悪だ、何故こいつの名前がすぐに出てこなかった! 顔こそ見ていないが、近くで聞いていたろうが!
「ルージュ。部隊長とも言われてたな……」
「大正解、覚えててくれて嬉しいよ」
「俺は会いたくなかった。特に亜人とっ捕まえて売りに出す輩には」
「耳が痛いねぇ……それに、君の仲間二人にも同じこと言われたよ」
その言葉を耳が捉えたとき、体が近くに置いてあった紅蓮を掴み、上手く動かない体でルージュを地面に押しつける。
油断していたのか、何の問題もなく抑え込むことができた。切っ先を首に向け、いつでも殺せるようにすることも忘れない。
「おぉ、情熱的だね。そういうタイプだとは思わなかったよ」
「ハァ……ハァ……無駄口を叩くな……! 二人は無事なんだろうな……!」
頭部の鈍い痛みに耐えながら、何とか口を開く。こんなところを見られようものなら、やはり化け物だと街の人からも剣を向けられるだろう。
しかし、そんなの知ったことかよ。人間なんて、どうだっていいだろう。そんな風に考えながら、紅蓮を握る手に力を込めた時だった。
視界の外から何かに襲われ、体が撥ね飛ばされる。唐突のことだったので受け身も取れずに叩きつけられ、紅蓮も手から離れてしまった。
「ちっ……一体誰が……」
「私だ、先程まで戦っていたろ?」
その言葉を耳が捉えると同時に、腕を掴まれた上に抑え込まれる。振り解こうにも、上手く力が入らない。
「アルロ、手加減してやれ。彼は万全の状態じゃないんだ。そんな状態で君の相手は出来やしない」
「ご安心を、ルージュ様。これでも加減しております故。本気ならば首を絞め上げています」
「そういう意味じゃないんだが……」
アルロとルージュの会話から、二人の関係が主従に近い物だと分かった。それはいい。しかし、タイミングが謎だ。何故魔物が壁を破ったタイミングで襲ってきた?
「お前等……二人は無事なんだろうな! それに、ムクロの親玉と関係があるのか……! なんであんな薬を……」
「あぁ、そこまで知ってるのか。なら話が速い。アルロ、離してやれ」
「はっ……」
その一声で拘束が緩むどころか、解放された。掴まれた腕を押さえていると、鞘にしまわれた紅蓮を押し付けられる。
「……なぁ、一体何がしてぇんだ?」
「説明はしてあげるよ、どうして君や二人の仲間を自由に動けるようにしているのか、何が目的なのか。あのイカレた針女みたいに不意討ちなんてしないから安心しなよ」
イカれた針女。一人心当たりがある。やはりルージュは、亜人を捕らえ、奴隷として売りとばす輩の一味であるのは確実だ。
そうなると妙だ。何故そんな彼女が、アルロを連れている? そんな感情が顔に出ていたのだろう、少し笑ってから口を開いたを
「アルロを連れている理由が、そんなに気になるかい?」
「……あぁ、気になるね。人間で、亜人を売り捌くあんたに、なんで亜人がついていくのか」
「簡単だよ、私も人間じゃないからだ」
そう言いながら袖を捲り、腕にある真紅の鱗をこちらに突き出してきた。この世界で、何度も使ってきたそれと同じ物。つまり……
「龍人……!? あんたもか!?」
「つまりだね、君とあの女の子とは同族なんだ。仲良くやろうよ」
「……じゃあなんで、亜人を捕まえるんだよ!? 何で人間の、それも自分達を奴隷か何かだと考えてる奴らの仲間になんて……!」
感情のままに、思ったことを全て吐き出す。同族に出会えたことは素直に嬉しい。だが、こんな出会い方は望んじゃいなかった。何処かの街で、それなりに話し合えるような立場で出会いたかった。
ルージュも、一瞬悲しげな表情を見せたが……すぐに表情を整えてから、口を開いた。
「そうだね……私もそう思うよ。ただ、許せなかったんだ……でも、私一人じゃどうにもならなかった。こういう場所で、仲間を集めるしかないんだ」
ルージュの拳が、指の関節が白くなるほど強く握り込まれる。表情も真剣なものから、当時の事を思い出したのか、悔しげなものに変わっていく。
この時、俺は初めて、彼女の角が両方とも断ち切られていることに気が付いた。
「徐々に奴らの認識を変えてくしかないんだ。私達は誓って、亜人達を売りに出したことは一度もない。アルロも、協力してくれているだけだよ」
彼女の表情は、嘘を言っている様には見えなかった。認識を本当に変えようとしている、としか言えなかった。
「あんたの隊の連中は……どうなんだ」
「人間、亜人含めて賛同してくれたよ」
「それなら、あんたが見つけた時に見逃してくれても良かったんじゃねぇの?」
「あの場ではイカレ女の部下もいたんだ。無条件で見逃してやる訳には行かなかった……どうか許してほしい」
「……何で魔物と一緒に壁を破ってきたのか、答えろ」
「あの化け物……ムクロと呼んでいたな? 彼奴等が外に出てきていたからさ。それで話を聞こうと人を探していたんだが……運悪く魔物に襲われてな。アルロは君達の顔を見ていないから、龍人が襲ったのだと判断したらしい」
ルージュの言葉は、どの言葉も本心から語っているように見える。というかあの時異質だって思ったのはアルロだけだったのか。よくよく考えてみれば、魔物の方は少なかったし……
……思考がズレた、閑話休題と……しかし、信用してもいいのだろうか。雛とディーンが無事かどうかは分からない。それに、本心を語っているかなんて、俺には判断する術がない。
ずっと敵だったんだ、疑ってしまうのは当然だろう。それでも……
……それでも、疑って後悔するより、信じてみて後悔する方がいい……そんな気がする。一度、信じてみよう……
「……二人はどこに?」
「あぁ、隣の小屋さ。レオパルド、といったか……? その人物が、快くこの小屋を貸してくれてな。君たちは暫くそこで観察を受けることになる」
「なんだ、変わらずなのか……俺達の立場は?」
「私の元から、馬車を奪って逃げた亜人……という立場になる。申し訳ないが、演技をしてほしい」
「……分かった」
それに信じるも何も、今は従わなければ。本当のことを言ってると思えるほど、信頼を持っているわけじゃない。
……ん? 待てよ、話が終わりそうだがまだ聞けていないことがあった。
「目的はなんだよ? そんなお優しいあんたが追い討ちをかけるようには見えないが」
「あの馬鹿げた薬、その存在の抹消さ。体や病気を治す万能薬、と言ってしまえば聞こえはいいよ。ただ、使って暫くしてしまえば人を襲う化け物になってしまうと来たら話は別さ。丁度上からも指示が来たことだしね」
「あぁ、消したいけど大っぴらに動けないなと思ってたところに指示が来てこれ幸いにと動き出したのか」
「その通り。今はイカレ針女も下手には動けないしね」
そこで一旦会話を途切れさせ、戸棚に手をかけて何かを探しながら会話を続けた。
「何せ君、龍人を2度も捕らえそこねたんだ。しばらくは動けない。でも次はハンターも動員して来るだろうから、安心はできないよ」
「……なるほど。ハンターか……」
口元に手を当て、今ある情報を纏めながら考える。ハンターの方はまぁ問題ないだろう。あの霧になる奴が言っていたことが本当なら、奴等は俺を尖兵にしたいはず。
まぁ捕まる気もないが、碌な事はなさそうだ。本腰を入れてきたら、その場合は……と、そこまで考えたところ、大きな音によって思考の渦から引き戻された。
音の方を見ると、ルージュが戸棚を勢い良く閉めたところだ。自分が思ったよりも大きな音を立てたというような表情をしていた。罰の悪そうな顔だ。
「……思ったより軽かったんだ、戸棚の扉」
「また壊すなんてことはないようにしてくだされ、ルージュ様」
「あぁ、分かっているよ……やってしまったなぁ……」
……正直な所、これでこいつらが裏切るということがあればまぁ……凄まじい演技力だと、感心してしまいそうだ。
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「……何ともまぁ、豪勢なことで。こんな腕輪をつけた所で意味あるのかこれ」
「あぁ、配下ということを示すために必要なんだ。その為には拘束している、と示すものがなければ」
義手に着けられたそれは、一言で言えば無骨だった。派手な装飾はなく、良く分からない……文字か図形が書かれている以外には、装飾は何もない。
ただ、何処かで見たような……といった所だ。一旦腕輪を見るのをやめ、ルージュに視線を合わせる。
「効力は?」
「命じれば一切の動きを封じる。逃げられては困るからな」
……見せかけの拘束具にしては、上等過ぎやしないかなぁ!?
そんな俺の考えが顔に出ていたのか、彼女は少し笑いながら続きを話し出す。
「大丈夫さ、それはハッタリだよ」
「あ、あぁ……そうだよな普通……」
「拘束具の部類が壊れている、何か抑えられるものはないかと言ったら持ってきてくれたよ。レオパルドと言う人だったな」
「マジかぁ……何から何まで本当にありがたいな……二人にもこれを?」
「あぁ、着けたさ。ある仕掛けがあるらしい。私にも教えてくれなかったから、聞きに行ってみるといい」
仕掛け……? 思い当たるものはあるが……まさかね。
「分かった、聞いてみる。ありがとな」
会話をそこで終え、その場から立ち去る。まだ頭は痛いが、ましにはなった方だろう。しかし……
(視線が痛いなぁ……こんだけ視線を集めるの、いつ以来だ?)
前世でもこんな感じの視線は何度か受けてきたが、久々に受けたな。気味が悪いというか、まだいるのかといった部類の悪感情を込めた視線だ。
「まぁ、当たり前かなぁ……」
「そうですねー……傷は治りました?」
背後から雛に声をかけられる。彼女の腕にも腕輪が着けられており、俺の物とは違い、華美とはいかないが綺麗な部類の物だった。
「まぁね、問題ないよ。そっちはどうだった?」
「こちらも問題なしですよ、二人共怪我はありません」
「そっか、よかった」
互いの無事を報告している最中でも、不躾な視線は突き刺さる。不快とまではいかないが、少しばかり鬱陶しい。
「……きっついねぇ。どこ行こうがこの視線を受けることになんのか」
「慣れるのも嫌ですね。でも、慣れなきゃ駄目そうですね……」
「隠蔽もすぐバレそうだしなぁ。まぁ……そのうち慣れちまうだろう」
先は長く、おまけに足元すら見えない程真っ暗ときた。しかし、歩く為の道はある。
なら、真っ直ぐ進むだけだ。一人じゃ耐えられないが、仲間もいる。それなら……先の見えない道を進むのも怖くない。