葛藤
「えぇ……本当、魔物って嫌になるくらい頑丈だなぁ、はぁ……」
「む、我等は魔物ではない。あれ等と一緒にしてくれるな」
殴られた箇所が焦げ、痛みに顔を顰めてはいるものの、問題なく戦闘を続けられるようだ。今も片手で武器を振るい、怪我の調子を確かめている。
「……似たようなもんとは言ってたけど、人間の認識ではってことかぁ……」
「そういうことだ。さて、死合いはまだ終わってはいない、構えろ……」
相手が亜人とわかった以上、正直やる気はおきない。しかし……やめてくれるとも思えない。
生死で決着がつかないようにするしかない。殺さないように、相手を行動不能にする。
「……死ぬ前にやめろよ。アンタ相手には油断できないんだからさ」
「それは相手を侮っているのではないか、なっ!!」
そう言うと同時に、奴の姿がブレる。嫌な予感を感じ飛び退いた。しかし、少し遅かったようだ。
頬に走る微かな痛みを感じながら、地面を転がって一刀両断は避けた。
「っ、あっ……! 掠めた……血が出てるってことは剣技か!」
「……ちっ、仕留め損ねたか。大体はこれで決着がついたのだがな」
飛び退いたが、頬を刃先が掠めて斬られてしまった。振られる剣の速さに驚愕しながらも、頬を流れる血を拭い、その場で立ち上がる。
だが、目の前の男は一度納刀してから、口を開いた。
「これを避けられるなら、まぁ……名を教えてもいいだろう。アルロだ」
「自己紹介ぃ? 唐突だなおい……白天光牙。亜人とはマジで殺し合いとかはしたくないんで、よろしく」
「それは無理な相談だな……何しろここまで楽しめそうな輩がいるとは思わなかった故、滾ってきてしまった」
そう言いながら、歪んだ笑みを浮かべている。同時に既に柄まで手を伸ばしていることから、生粋の戦闘狂なんだろう。
止める、ではなく殺すつもりで戦わなければ。でなければ、間違いなく死ぬ。そう思い、自らにかけていた隠蔽魔法を解き、龍の翼、尾を顕にする。
それと同時に周囲の人間が、息を呑む音が聞こえた。ザワザワと騒がしかったが、今は後回しだ。
「覚悟は良いな? では、いざ尋常に……!」
「あぁ、こっからも全力だ。すぐ死ぬんじゃねぇぞ!」
互いが口を閉じると同時に駆け出し、お互いが必殺となる部位、首を狙って武器を振るう。互いの刃がぶつかり合い、火花を散らし、そのまま鍔迫り合いに持ち込む。
お互いが押し込もうと力を込めるも、互いの力が拮抗し、お互いこれ以上は押し込めない。
「本当にリザードマンかよあいつ……龍人と渡り合ってる……」
「まて、あれは……客人ではあったが……つまりあいつが引き入れたんじゃないのか!?」
周りからは、疑いの声が聞こえてくる。偶然だと言い返したいが、そんなことしようものなら、その瞬間に押し込まれて体勢を崩してしまうだろう。
「守るものが多いと大変だな? 少し、楽にしてやろうっ!」
「ぐあっ!? 楽に? ……待て、やめろっ!!」
腹部を蹴られ、壁に叩きつけられる。見失わないように視線だけは外さなかったが、アルロは全速力で逃げる人々に追い付き、その背を斬り裂いた。
急いで追いついたが、その頃には、物言わぬ骸が一つ地面に転がっていた。間に合わなかった……
「なんてことを……! 相手は俺だろう! 他の奴を襲う必要なんて無かっただろうが!」
「何、集中できぬようだったからな……雑音を消してやったのだ、感謝してほしいものだ」
「アルロ……ッ!」
「お前が死合いから気を逸らす度に、この地にいる人間を一人ずつ斬る……集中することだな」
そう言い終えるや否や、アルロが距離を詰め、刃を振るってくる。迫る刃をギリギリの所で避け、義手で掴み、渾身の力で体を持ち上げる。
「せぇ……のっ!!」
「うおおっ……!? 馬鹿力にも程があろう……がっ!」
持ち上げた体を、そのまま地面に叩きつける。直様腹部を踏み抜こうと足を振り下ろしたが、その場から転がることで避けられてしまった。
もう少し速く踏み抜いていれば、アルロの動きを封じることもできたのに。
「……迷っておるな?」
「あぁ、ガラにもなくね……亜人はできるだけ殺したくない」
「戦ではそんなことを考えている余裕などないだろう、早く構えろ……」
目の前の敵が羨ましい。何でそんなに覚悟を決められる? 敵で分かり合えない、繋がりを奪われると判断してしまえば、自分も容赦がない自覚はある。
だが、今目の前にいるのは亜人だ。大きな括りで見てしまえば同胞で、話せば分かりそうではある。しかし、彼は斬るという覚悟を決めている。
今も尚、ぐだぐだと考えている俺と違って。あぁ、何で今まで出会う敵には殺しを忌避するような輩がいなかったのだろう。亜人を捕まえて奴隷にしようとする輩もいたが、奴隷なんて少しだけ生き長らえるだけだ。
……でも、ロアを止めるという目的のための殺しと、間接的に殺すこと、一体何が違うんだ。
そう考えてしまい、無意識に紅蓮を構えていた手を下げてしまった。
「……馬鹿め。興醒めするようなことをするでないわ!!」
「っ、しまっ……!」
(馬鹿野郎が、なにかやっているときに気を抜いてはいけないと分かっていただろうに……! 何故今気を抜いた……!)
気付けば目の前にいた、アルロが刃を突き出し、咄嗟に紅蓮の刀身で防いだ。が、突進の勢いを利用した突きをそれだけで防げる訳がなく、勢い良く後方へ吹き飛んでいく。
後方の家屋の壁を突き破り、家屋の床に仰向けに倒れ込む。体を起こし、立ち上がろうとしたが、その場に膝をついてしまった。動くどころじゃない、ひどい頭痛と吐き気がする。そのせいで体も思ったように動かず、緩慢な動きしかできやしない。
「強烈に頭を打ったか……うぐっ……!」
「……戦いの途中に、考え事とは余裕だな? もっと長くやれると思ったのだが」
そう言葉が聞こえ、反応する前に腹部を蹴り上げられる。痛みと強い吐き気に襲われながらも、立ち上がろうとしても力が入らない。
(くっそが……! 余計なことばっか考えるからだ……)
「残念だが……これで終いだ!」
そんな状況で、足音が近付いてくる……もうダメだ。そんな思いを抱きながら、意識を手放した。