魔物か亜人か
「くそっ、あいつらが壁を破ってくるなんて……今まで、そんなことなかったのに!」
「あいつらも生きてるんだよ。いくら生気を感じさせない見た目してたってさ。脳味噌は機能してるんなら、いつかこの壁壊してやろうって思ってたんだろうよ」
リアムと並走しながら、最前線である壁に向かう。壁に近付いていくと、叫び声や鬨の声だけでなく、剣戟の音。肉を硬いものに叩きつけるような音も聞こえてきた。
その音が段々と大きくなっていく。もうすぐと見ていいだろう。
「破れたのは、ちょうどその日が今日だったってだけ。運が悪かったと思って、侵攻を食い止めればそれでいい!」
「お前に言われなくても分かってる! 待てよ……? お前達が手引したんじゃないだろうな!」
「そんなことするわけがないだろ! こっちだって、こんなことになってるなんて知らなかったさ!」
「……じゃあなんでさ」
互いに言い合いながら、ただ全力で走る。叫び声に混じり、苦痛に呻く声も聞こえてきた。急がなければ……!
戦闘区域に辿り着いた。そこにはムクロだけでなく、リザードマン、オークといった魔物も確認することができた。どちらの魔物も興奮しているのか、何かを投与されたのかは分からないが……一目見ただけでも異質だと感じられた。
「ちっ、ムクロだけでも面倒なのに……!」
「数が多いか、質が高いかの二択だ。質から潰した方がいいんじゃない?」
話しながら、互いの武器を引き抜く。リアムは長剣を引き抜き、直様ムクロの群れの中に突貫していった。
「……さて、こっちもやりますか」
鞘から紅蓮を引き抜き、もう片方の手に魔導銃を持つ。ムクロの群れがこちらに気付き、ゆらりとよろめきながら、少しずつ歩みを進め始めた。
「ヴァ……ヴァァ……」
「不気味だなぁ……でも数だけじゃ何ともなりゃしませんよっと!」
ムクロの群れに突っ込みながら銃口を向け、引き金を何度も引く。足や腕に当たることはあっても、狙っている頭に当たることはついぞなかった。
しかし、当たった箇所が爆ぜ、確実に肉を抉りとばしている。その腕や足は使い物にならないということは確かだ。にも関わらず、足を止めずに近寄ってくる。
そういう個体には、紅蓮を振るい、手傷を与え、魔導銃によるダメージと、紅蓮によるダメージを与え続ける。
次第に、動きが今までよりも目に見えて遅くなった。
「ヴァァ……! ヴァッ……」
「まぁ、元から機動性なんてあってないようなもんだったろうけど……随分ゆっくりになっちゃってまぁ……これで、一網打尽にできる」
銃をしまい、紅蓮を地面に突き刺してから焔牙を取り出してすぐさま焔を剣全体に纏わせ、飛び上がる。
ムクロ達は何か迎撃しようとしているようだったが、この攻撃なら殆どが吹き飛ぶだろう。
「変な薬でそうなっちまったのは同情する……けど、ほっといても困るから倒す!」
落下の勢いを利用し、焔牙の刀身を地面に叩きつける。その地点を中心点として爆破し、ほとんどのムクロを跡形もなく吹き飛ばした。
何か言っていたようにも見えるが、吹き飛ぶ間に見えた幻覚だろう。何か言っていたとして、俺に宛てたものではないから、聞くのも申し訳ない。
「……後は、リザードマンや、その他の魔物。でもリザードマンって魔物じゃなくないか……?」
そう言いながら焔牙をしまっていると、背後に突然気配が現れた。その気配は、最近何度も味わい、慣れてしまった殺気を放っていた
「お命頂戴っ!!」
「っ、後ろからかっ!」
その気配に対して、紅蓮を抜刀し、振り返りながら振り抜く。互いの刀身がぶつかり合い、お互いが後ろに大きく下がる。
襲撃者の方を見ると、刀身を気にしてはいるものの、ダメージはないようだった。対するこちらは、少し力負けしたのか頬が切れていた。その血を指で拭い、目の前の魔物を観察する。
人に近い知能を持ち、踏んできた場数は向こうの方が上、あまりにも分が悪い。無い知恵を絞り、どうやって倒すか考えていると、目の前のリザードマンが口を開いた。
「……今のタイミング。確実に殺ったと思ったのだが……思ったよりもやるらしい……」
「そりゃどうも。そっちは主役は遅れてやってくるって感じ? にしても不意打ちはちょーっとないんじゃねぇの?」
紅蓮を持つ手に力が籠もる。相手の動きを見逃してはいけないと集中し、少しの動きも見逃してなるものかと、目を細める。
「それは済まない。しかし、これは我等にとって譲れぬことだ。殺しはしたくない」
「へぇ、魔物の割には理性的じゃないか、え?」
「似たようなものであろう、人間。いや……龍人か……?」
予想できていたことだが、隠蔽も意味を持たない。バレない程度に鱗を使わねば、まず確実に死ぬ。
息を深く吸い、紅蓮の鋒を向け……お互い、同時に走り出す。
「は……あっ!!」
「シッ……!」
殆ど同時に振るわれた刀身同士がぶつかり合い、お互いを斬り裂こうと襲い来る。
何度も剣戟の音が響く中、魔力を脚に流し、脚を重点的に強化した。リザードマンはそれにすぐ気付いたが、最早遅い。
「もう遅い!」
「ぐっ……! おぉっ……!?
注意が疎かになった瞬間、その隙を突き、義手で掌底を繰り出しバランスを崩させると突貫、腹部の辺りに組み付き、壁に叩きつける。
「がっ……! 中々やる、ようだな!!」
「おっとと……⁉ 結構力強いな……!」
壁に叩きつけられ、息が詰まったことだろう。しかし、リザードマンは服の襟を掴むと簡単に組み付きを剥がし、簡単に放り投げてみせた。
「力負け……してるとは思わないけど、なんだろうな……やりにくいな……」
「こちらもだ。やりにくくてしょうがない」
「気が合いそうで何よりだよ……《オープン》!!」
キーとなる言葉により、指輪が光り、リザードマン目掛け刃が飛ぶ。同時に背後へ回り込み、斬りかかる。刃を避けるにしろ、止めるにしろ隙が生まれる筈だ。そこを突こうとした、その時だった。
「フン、ぬるいな……!」
回転する刃を素手で受け止め、挙げ句の果てに砕いてしまった。これには驚いたが、もう止めることはできないと紅蓮を全力で振り抜く。
「剣の腕はそこそこ、といったところか……」
「嘘だろおい……止めやがった……!? うおぉっ!」
背後を向かず、刃を砕いた方とは逆の手で受け止められていた。そのまま紅蓮を引っ張られ、体勢を崩す。
直様体勢を直そうとしたが、間に合わない。
「まぁ、殺しはしない。眠ってくれ」
「うごっ……!? がはっ、あぁっ……!」
体勢を崩し、防御も録に出来ない所への特大の一撃。何を受けたのか視認すらできなかったが、背中から突き抜けた衝撃から、想像すら出来ない威力であることしか分からない。
今も、当たった箇所が焼けるように痛い。実際には焼けていないのだろうが、痛みでそう感じるのだろう。しかし……ただで殴られてやるつもりもない。
「ぐっ……!? 腕が……何をした……!?」
「鱗を使ったんだよ。ただ、防御貫通して俺にもダメージが入るとは思わなかったけど」
狙い通り、リザードマンの拳は、酷い有様になっていた。腫れ上がっているだけでなく、少しばかり出血もしている。もう左腕ではあの馬鹿げた威力の物も使えないだろう。
よろめきながら立ち上がり、リザードマンを見据えると、リザードマンは少し笑い、口を開いた。
「なるほど、度胸もあると……味方であれば、良かったのだが」
「こっち側来なよ、色々楽だよ」
「それは無理な相談だな。こちらにも事情がある」
「そいつは、残念……!!」
会話が終わると、紅蓮を両手で握り、地面を掠るように斬り上げ、焔の斬撃を飛ばす。簡単に避けられてしまうが、焔の斬撃の中を真っ直ぐに突っ切り、焔を刃に纏わせて刃を振り下ろす。
焔の刃は防がれてしまうが、少しずつ肉を焼いていき、苦悶の声がリザードマンから洩れる。
そのままリザードマンが膝をつくまで押し込んでいき、身動きを封じた。
「くっ、ううっ……!多彩なことで……!」
「お気に召したようで何より……だっ!!《イクスプロジョン》!!」
「なっ……がぁぁっ!!」
右手を紅蓮から離し、魔法を唱えると拳を叩き込む。叩き込んだ場所から爆発し、リザードマンの体は大きく吹き飛んだ。
しかし、俺の体も反動によって吹き飛び、家屋に背中を打ち付けた。
「っ……!! 久々だけど、強烈だなこれ……」
背を押さえながらも立ち上がり、吹き飛んだリザードマンへと歩いていく。幸い、そこまで遠くには吹き飛んでおらずすぐに見つけ出せた。
取り敢えず、今は少し動くのが億劫だ。気づけば周りも静かになっている。
「まぁ、取り敢えず……捕縛しておくか……」
「そう考えるにはまだ早いんじゃないか?」
捕縛しようと近付いた瞬間、リザードマンは上体をのそりと起こし、近くに転がっていた剣を握って立ち上がった。
どうやら、この戦いはまだ終わらないらしい。