魔力糸。
「ぜぇ……ぜぇ……! 君ねぇ……暴れ過ぎだよ……!? 体力もうほとんど残ってねぇよ……」
「うるさい! なんで止めたんだよ! それに体力ないのは自分のせいでしょ、もっと鍛えればいいでしょ!?」
「あんだとこのクソガキ……あのなぁ……はぁ……戦力にならねぇ子供が一人で突っ込んで何になる……はぁ……無駄死にするだけだろ……はぁ……」
「光牙さん、まず水飲みましょう? レオパルドさんが持ってきてくれますから……」
「何だこのギャグみたいなノリ……お兄さんついてけねぇわ……」
息も絶え絶えになりながら、レオパルドの家に少年を引きずり込むことには成功した。その際、思いっきり腹部や顔に拳がめり込み、案外それが響いているのか、息が中々整わなかった。
この少年、この若さで中々の拳を持っているようだ。殴られた箇所が結構いてぇ……
「はぁ……またなのかい? リアムよ……私達はあそこに入っても死なないだけだ。決してあいつを倒せにいける訳じゃないんだよ……」
「じいちゃん! でも……僕この状況何とかしないといけないと思うんだ! 誰かがやらなきゃ!」
レオパルドが水を持って部屋に入ってくるや否や、少年……リアムは睨み合いをやめてすぐにレオパルドの元へ向かい、自身の考えを訴えた。
強い正義感と激しい怒り、その療法をその瞳に宿らせながら、なんとかしなければと。
確かにその考えは正しい。しかし……彼も同じ考えのようで、持ってきた水をこちらに手渡しながら口を開いた。
「……分かってくれ、リアム……私達では、あのムクロ共がうようよしている中を駆け抜けて奴を倒すなどということはできないんだよ……それはリアム、勇者の血を持つお前でも……」
「ぶふっ……!?」
突然のカミングアウトに、口にしたところの水を吹き出してしまった。
驚きのあまり、「勇者ってアルバートや、話していたもう一人以外にもいたんだな……」ということしか浮かんで来ない。今も吹き出した体制で、硬直したままだ。
「は、えっ……はっ……? 勇、者……? あのちんちくりんが?」
「あぁもう、汚いですよ光牙さん!!」
「あぁごめん……でも今のは仕方ないって……にしても、えぇ……」
正直、雛の声がなかったら今でもフリーズしていると思う。実際、ディーンも硬直しているし。
「うるっさいな! 魔物は倒しに行けってみんな言うくせに、何であいつは駄目なんだよ! ただ人かどうかの違いじゃないか! 亜人だったら殺しても問題ないんだろ!?」
「はぁ……命に優劣はないと、あれほど教えてきたじゃないか。人間が価値をつけられるものじゃないんだよ、リアム……」
「っ……またそんなことを……! 綺麗事でしょそんなの! そんなの通用しないって、馬鹿でも分かるよ! もういい、寝る!」
怒り任せに言うや否や、勢い良く階段を昇っていった。その後すぐに力任せに扉を閉める音が響き、その場には静寂が訪れた。
少ししてから、レオパルドは大きなため息を一つ吐く。顔を見ると、心配で堪らないと顔で語っている。
「……お孫さんですか?」
雛が静寂に耐えられなかったのか、レオパルドに声をかけた。
「えぇ、血の繋がりはありませんが……勇者の血を僅かでも引いていると分かっていると聞いた時は驚きました。しかしとてもつもなく薄まっています。戦力になるとは私にはとても……あぁ、あの子が王都に向かう日が来なければいいのに……」
「どうでしょうね……息子さん次第じゃないですか? それに、あの子はあの子なりに考えていると思いますよ、いつまでも子供のように扱うのも……」
「分かってはいるのですがね……つい過保護になってしまいます。私はあの位の時期の子が戦うのは耐えられませんから……」
……どうやら彼にも、それなりの事情があるようだと話を聞いて思った。自分が育てていた子供が、戦うなんてことになれば、まともな親は心配するし、止めようとするものだとも分かる。
(……はっ、まともな親、ねぇ……母からは愛なんざ受けてねぇしな……そんなんで何を頭の中でほざいてんだか)
そんな風に自嘲気味に考えてながら、義手を見ていると、手首に穴があるのに気付いた。
「ん? 何だこりゃ……」
「さて皆さん。そろそろ遅いですし、皆様もそろそろ寝ませんか?」
雛とレオパルドの話は終わったのかとそちらに目を向けると、どうやら雛が欠伸を殺しきれなかったようだ。それを見たレオパルドがそろそろ眠いだろうと判断したようだ。
皆異論はなく、すぐに眠る準備を整えて眠りについた。
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次の日の朝がやってきた。久々に柔らかいベッドで寝て、体はとても軽くなったように感じる。
朝食もご馳走してもらったあと、街を見て回ることにした。
「しっかし、皆ビュンビュン飛んでなぁい? 俺あんなの知らないぞ?」
「そうですね……何か使ってるんでしょうか」
皆で街の様子を見ていて感じたが、皆が装備をつけてるにしては動きが身軽だ。
今も全身を金属製の鎧に包んでいるにも関わらず、5メートルほど飛び上がっている。人間の脚力では到底無理な芸当だろう。ディーンですら、この光景は見たことないらしい。
よく見れば、手首に淡く光る腕輪を見つけることができた。そこから同じように光る糸のようなものを放ち、引っ掛けて飛び上がっているように見える。
「なんだろうな、あれ……魔力を感じはするけど……」
「糸? でもあんな風に魔力を放った所で……あまり意味はなさそうですが……」
「あれは魔力糸って言うんだよ。そっちじゃ全然見なかったの?」
声のした方向に振り返ると、リアムが両手両足を使って着地し、地面についた手を払いながら歩いてきた。
その様子から察するに、話に出た魔力糸とやらを使っていたのだろう。
「あぁ、初見だね。自由に使えたら便利だろうな」
「あんたには無理でしょ、バランス感覚とかなさそうだし」
「お前にも向いてねぇんじゃねぇのか、一人で敵陣突っ込もうとするほどには猪だろ」
何も知らない田舎者に言ってやったと思っていたのか、勝ち誇っていたような表情はすぐに消え、苛立ちが顔に現れた。
「それで? 何か用があったんだろ? そうじゃなきゃ、お前が話しかけてくるとは思わないし」
「察しがいいようで何よりだよ。じいちゃんが呼んでる。ついて来て……と言っても……ついて来れる? 案外急だけど」
「……まぁ、頑張ってみるよ……」
迂闊にこんな発言をしたことを、この後非常に後悔することになる。
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「ふう゛っ……! 思ってたより……高いとこにいるんだなレオパルドさん……! 登るの案外辛いぞこれ……!」
現在、レオパルドが読んでいるとされる場所で、櫓とも言うべきものを登っている。敵が来たときの為か、元より魔力糸を使って登ること以外考えていないのかは分からないが、非常に登りにくい構造になっている。
現在、漸く半分といった所まで登りつめたが……ここまで来るのに殆どの体力を使ってしまった。
「飛べりゃ楽なんだけどな……飛んだらここにはいられねぇし……」
「ほら、あと少しなんだから頑張りなよー。あんたがいいって言ったんだからさ……」
「おーい、大丈夫か? 辛くなったらいつでも助けてもらえよー」
「誰が助けなんて求めるかぁ……!」
ディーンと雛はリアムに連れられており、遥か上の方にいる。今聞こえてきたディーンの声も、少し聞き取りにくかった。
しかし、リアムの手を借りるのは自分が許さない。ちょっと自分でもどうかと思うが、ここまで来たら意地でも借りてやるものかよ。
「ぜぇ……死んでもお前の助けなんて借りねぇからなぁ……!」
「お前、変な所で負けず嫌いだな……」
そこからは止まらずに、数分と立たずに頂上まで登り終えた。
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「じいちゃん、呼んできたよ」
「おぉ、ありがとうリアム……光牙さんだけ疲労困憊だが……何があった?」
「いえ、お気になさらずに。この人が意地張って馬鹿やっただけですので」
確かに意地を張り続けたのは自分でも馬鹿だとは思う。思うけどさ……幾ら何でもそこまで言う必要はないじゃないか。
挙げ句の果てには泣くぞ、俺。
「そ、そうですか……まぁ話をするとしましょう。あの大きな建物が見えますか?」
指指した方向を皆で見る。最初は灰色の霧で良く見えなかったが、目を凝らすと僅かに、ボロボロになってしまっている建物が見えた。
「あぁ、見えるね。それがどうしたんですか? あそこを目指すから手を貸せと?」
「察しが早くて、助かります。そうです。この惨状を引き起こした、大馬鹿者があそこに住み着いているんです。そこを叩き、あの馬鹿者に治す薬を……」
「……なるほど……光牙。手を貸した方がいいと思うぞ。俺達は足を向こうに置いてきちまったからな……」
確かにディーンの言う通り、こちら側に来るときに馬車を向こうにおいてきてしまった。しかし、人間通しのゴタゴタに首を突っ込む義理はなく、面倒事を引き寄せることになりなねない。
しかし……助けられた恩は、確かに存在する。おまけに料理を振る舞ってもらったのだ。断れはしない。
「分かった、手伝うよ。何をすれば……」
承諾の返事をしようとした途端、櫓が揺れた。咄嗟に捕まり、落ちないようにしたが、リアムが糸を使い固定してくれた。
「っ、何だったんだ今の……」
「……っ! まずいことになりました! 塞いでいた壁に大きな穴が空いていて、その穴からムクロが流れ込んできます! それに……ムクロだけじゃない、魔物も……!」
焦ったような雛の声を聞いた瞬間、足に魔力による強化を施しながら櫓を飛び降りた。
リアムも同じようにして、糸を使って勢い良く飛び出す。そしてほぼ同じタイミングで着地すると、最前線に向かって駆け出した。