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暗雲。

 決意を新たにした所で、新たな出発……と行きたいところだが……トラブル発生だ。


 「雛、光牙。頭下げて隠れとけ……あいつらがいる」


 「うぇー……マジかぁ……馬車ボロボロにしたから怒ってそうで嫌なんだけど……」


 「そりゃ怒りますよ、向こうの移動手段潰してるんですから……」


 そんな会話をしながら、慎重に隠れていく。外からはこちらが見えないが、こちらも相手方の動向が見えない。もしもの時にはすぐ動けるように、武器を出しておこう。


 「行くぞ……バレてくれるなよ……」


 ディーンの祈り半分の言葉と共に、ゆっくりと横を通過しようとしている。このまま行けば……


 「そこの馬車、止まれ」


 「……だよな、畜生……バレねぇわけねぇか……」


 ……まぁ、そううまく行くわけがない。普通に呼び止められた。ディーンが顔を出し、会話を始める。


 「なんですかねぇ、こっちはこれでも急いでるんですが。何せ早く運べという命令でして」


 「何、少し話を聞くだけだ……貴様、龍人を2名程連れていたはずだが?」


 「さて、なんのことやら。貴方方とは初対面ですが?」


 そういや、顔も割れていたことを。思い出した。これから面倒事に首を突っ込む際には、顔を隠さねばいけないようだ。


 ちらりとディーンの方に目を向けると、少し顔が引き攣っているように見えた。顔を出していた不注意を呪っているようだ。


 気付けば周りを囲まれており、逃走自体も難しくされていた。このままでは……そう考えながら、柄を握る手に力が籠もる。


 「……ふむ、では……そこに載せているものは何だ? 人二人分の荷物のようだが……それなら大きな馬車である必要はないだろう? 隠し事があるんじゃないか?」


 その言葉に、雛と顔を見合わせて息を呑む。もう、この馬車だという確信を持っているように思えた。バレていないのか、バレているのかは分からないが……


 兎に角、中に入ってきたらおしまいだ。それだけで俺達の身柄は抑えられ、過酷な労働に使われる。


 万事休す、と思った時だった。


 「……まぁいい、通れ。疑って悪かった」


 「ルージュ様!? 何を言って……」


 「私が部隊長だったな? ならば従ってもらうぞ……私はあやつほど、優しくないぞ」


 何だかよく分からないが、ルージュという輩の発言で場がどよめいた。先程まで尋問していた……声からして女性が、ここの部隊長らしい。


 場が混乱している今が逃げるチャンスだろう。


 「まっ、全く……他人の空似かもしれねぇんだからちゃんと調べろっての、クソったれ!」


 このチャンスを無駄にしないようにと、悪態をつきながら鞭を打つ。それにより馬車は前進を始め、その場を離れようと勢いよく進んでいく。


 「……ふうっ!! 息が詰まった……」


 ディーンが大きく息を吐き出すと同時に、緊張の糸が弛む。長らく呼吸を忘れていた分、取り戻すかのように、何度も息を吸い込んだ。


 戦闘とは別の緊張感があり、できればそう何度も味わいたくないものだ。震える手を握り込み、震えを無理やり止めようとしている中、雛が口を開く。


 「何とか助かりましたね……しかし……」


 「……あの、ルージュってやつ。絶対俺たちに気付いてた。態と見逃した? メリットも何もないだろうよ……」


 逃げられたのは幸運か、罠なのか分からない。しかし……


 「あの、針使いの女と同じとこにいんのか? だとすると……相当でかい組織敵に回してるかもな……」


 「今更だろ? 敵に回すのなんざ。少し増えたところで、って感じだ」


 ディーンの言葉を最後に、皆が黙り込む。暫くは馬が地面を蹴る音、車輪の音しかしなかった。


 「ええい、考えても仕方ない! 一旦頭ん中リセットしよう! ディーン、次の街ってどれぐらいで着きそう?」


 「んあ? あー……もうすぐ。そんなかからない。何せもう城壁が見えてるからな」


 その言葉と同時に、巨大な城壁が目に飛び込んできた……大穴が空いてしまっているが、それはいいのだろうか。


 「……観光名所、だったりする?」


 「御名答。バカみてぇに高威力の魔法を使って、昔そこにあった国を滅ぼした時の名残だとよ。貫通するだけでなく、王宮ごと吹き飛ばしちまったらしい」


 「へー……結果、残ったのはあの部分だけ、か……」


 どうやら、観光名所としての扱いでいいようだ。こんな場所を残しておくのは当時を知るものにとって恐ろしくはないのだろうか……


 ……まぁ、気にしないでおこう。


 「で? もうすぐってことはどんなとこ? マトモな国じゃないのは分かってるけどさ」


 「お前の言う【まとも】が亜人たちの待遇がそれなりにいいって国なら、ねぇよそんな国。人間至上主義とでも呼んで、新しい敵でもなるか?」


 「……いいや、いらんこと言って火種にしたくねぇし」


 これ以上、面倒事を自分達から作るわけには行かない。巻き込まれた、なら仕方ない部分もあるが、自分から相手に付け込む隙を作っては痛い思いをするだけなのだから。


 「……取り敢えず、今向かってる街の名前は何なんですか?」

 

 「あ? あー……ティリス、だったかな。久々だから覚えてねぇけど」


 「久々なんですか……」


 「ここまで来ることなんて中々ないからな。まぁ、それなりに栄えてる街だ。色々あるだろうよ」


 まぁ……何が起こるかは分からないが、まずは次の街へ辿り着けたことを喜ぶべきだろう。


 だが……何か様子がおかしいことに、この時に気付いておくべきだった。


───────────────────


 「……それなりに栄えてるんじゃなかったっけ?」


 「そうだな。俺が最後に来た時はそれなりに栄えてたぞ、なんでこんなに寂れてんだ……?」


 問題なく街には入ることができた。だが、人の通りは疎らで、こちらのことを認識していないようにも見える。


 まともそうな人に全く出会わず、活気がない。本当に栄えていたのかと疑問に思わせるほどだ。


 そう思いながら暫く歩いたが、こちらと話せそうな人物には全く出会えずじまいだ。途中、鼠の死骸を見つけたところで歩き回るだけ無駄だと、全員が結論を一致させた。


 「話を聞いた方が良さそうだな……おい、そこのアンタ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 ディーンがそう言いながら、近くを歩いていた人物に近付いていく。しかし声をかけても反応せず、それどころかゆっくりと体を左右に揺らしながら進んでいく。


 声をかけられた際の対応としては良くない部類に、少し嫌な思いをしたのか、顔をしかめながら再度追いかけて声をかけた。


 「おい、アンタのことだって止まっ……」


 「ディーン? どうしたんだよ、急に黙って」


 途中でディーンの声が途切れ、疑問に思いながら自分も足を進める。その際、何度か嗅いだことのある匂いが鼻をついた。


 その匂いは、自分が怪我を負った際、もしくは敵を斬りつけた際にも嗅いだことがあるものだ。


 「ん、これは……血の匂い、か? でも街の中でなんで……」


 「光牙さんっ! 後ろに下がってっ!」


 その声が聞こえ、飛び退ると同タイミングで、ゆらゆらと動いていた男が突然機敏に動き出した。それだけでなく、先程まで立っていた部分を正確に拳で殴りつけている。


 攻撃を仕掛けてきたことから、敵の刺客と考え、紅蓮を抜きかけ……たが、もし敵と何ら関係のない輩だった場合のことを考え、罅割れている木刀を取り出した。


 ディーンも同じ考えなのか、武器を構えず、無手による迎撃を選択していた。


 「さーて……イカれちまってるのか、それとも元々こんなのだったか……話聞かせてもらいましょうかね」

 

 そう言いながら、木刀を腹部に向けて振り抜き、大きく吹き飛ばした。顔色の悪い男は壁に激突し、重力に従って地面に叩きつけられる。


 ……ちょっと待って?


 「えぇ……? 拍子抜けなんだけど……」


 「ま、まぁ、そういうこともあるだろうさ……」


 構えを解き、木刀をしまっていると、ある程度武装した人が、汗を大量に流しながら走ってきた。雛と俺は、咄嗟にフードを被って角を隠す。


 ある程度息を整えると、住人は口を開いた。


 「だ、大丈夫でしたか!? お怪我は……」


 「問題ないですよ、あんなの楽勝ですって」


 「そうですか……それなら良かった。今となっては、こちら側はどこも危険ですから」


 そう住人が言った途端、辺りが急にざわつき始めた。人の唸り声、呻き声と同時に、大量の足音が近付いてくる。


 「想像するだけでも馬鹿みたいな話だが……あれ、マジの化け物か……? 群体生物的な感じの」


 「っ、気付かれた……!? 速くこちらへ! 逃げますよ!」


 一言言い残し、住人は走り出した。近付いてくる足音が段々と大きくなってくる中、あの数を相手するのは利口じゃないと馬車を置きざりにしてこの街の住人に続けて走り出す。


 「あぁくそっ、とんだ大出費だ……!」


 「ご安心を、あいつらが襲うのは人だけです! 馬や馬車には目もくれませんよ。人が乗っていれば話は別ですが」


 「それだけ分かれば十分だよ、ありがと!」


 何かの大群から逃げる途中、目の前に壁が現れた。その壁にある門が少しだけ開いた。


 そこに全員が全力で駆け込むと門が閉じ、奴らを締め出した。


 「はぁ……はぁ……! この歳で全力疾走は……流石に、堪えますね……」


 「何を……まだまだお若いじゃないですか……それに、私達よりも速く動けるなんて……」


 「昔は冒険者をやってましたからな。さて……私の家においで下さいな。少し位はもてなせると思います」


 そう言うと、奴らを阻む壁の中にある街を進んでいく。どうやら、街の半分を頻るのが、先程通った壁のようだ。


 街の中を歩く中まず分かるのは、人通りの多さが段違いだということ、男性女性問わずに装備をつけていることだった。今までは女性が装備を身に着けていないということがほとんどだったため、ひどく新鮮に思えた。


 それほどの非常事態と考えれば、全く笑えないのだが。


 「こっち側は人が多いなぁ……」


 「生き残ったものは皆、こちら側に逃げ込みましたからな。そういえば名乗っておりませんでした。私はレオナルドと言います」


 「俺は白天光牙です。こっちは天羽雛、そっちの商人がディーン。ちょっと目的があって旅をしてます」


 「旅ですか、それはいいですな……さて、私の家に着きました。ゆっくりなさって下さい」


 そうして、レオパルドという男の家に、一時的にお世話になることになった。

 ───────────────────


 「しかし……何かあったんですか? 人があんな生気を感じさせないような動きをするなんて」


 家に上がり、一息ついた所で雛が口火を切る。武装を外しながらレオパルドは、雛の問に対し、苦々しい表情で語り始める。


 「あいつらは……最早人ではありませんよ。生気を感じさせぬ肌の色、岩をも砕く剛力……私達は奴らを【ムクロ】と呼んでいます」


 そう言いながら、手慣れた様子でお茶を淹れてこちらへ差し出してから、再度口を開く。


 「……ある男の薬のせいです。確かに傷や病が立ち所に治る薬ではあるのですが……少しすると、あのように……」


 「生気を感じさせない肌の色になり、突然襲ってくる……なんですかそれ。万能薬からは程遠いじゃないですか」


 「えぇ、その通りなんです……こちら側も随分と人が減りました。向こう側の門から入ってくる方もいるにはいるのですが、毎度間に合わず……エスプロジオーネに向かう門から、沢山逃げて行きました。また、どうやらあの男はまだあそこに居座っているようで……」


 雛と住人の会話を聞きながら、思考を回す。万能薬というお題目で、街を混乱させるのが目的なら、ここまでやれば十分だろう。それに、まだ数を増やそうとしているのは何故だ?


 ……駄目だ、分かるわけがない。情報が足りなさすぎると、思考を止めずに、まず浮かんだ疑問を口にする。


 「何でそんな怪しげな薬に頼った? ここも魔物の被害が増えたのか? それか薬が足りなかったのか?」


 「そうですね……最近はこの辺りにもミノタウロスや、リザードマン等の魔物も現れるようになりましたが……それだけじゃありませんでした。何故か皆が使わなければと思ったのですよ」


 今思えば、おかしなことだったと、レオパルドは悔しげに告げる。


 思考を鈍らせる魔法でも使ったのだろうか? それとも催眠か? どちらでも碌でもない事に変わりないが……


 「良くないな……そいつを倒しても意味がないだろうし……」


 「えぇ……ムクロの群れをなんとかしなければ、もう半分を取り返すことはできない……厄介な……」


 「……その万能薬を毒矢みたいに塗りつけて撃つとかどうだ? 何か異常反応起こしそうだし」


 「えぇ……何でそんな方法を思いつくんですか……光牙さん……」


 使い方、もしくは量を間違えればどんな薬も毒になるという言葉を何とか呑み込みながら、「冗談だよ」と返した。


 よくよく考えれば、その薬で嫌な思いをしたのにそれを主体にするなど嫌に決まってる。


 「……取り敢えず、化け物退治は得意だし、心底御免だけど、首突っ込むことになりそうだぁ……」


 「いいのか? 光牙。恐らく人間の面倒事だぞ」


 「いいよもう。ほっとけば各地に被害が出そうだし。それに目覚めが悪いでしょうが、こんなの放置して目的地に向かうとか」


 そう言いながら、一人で家を出る。少し日が沈み始め、暗くなってきた頃のため、人通りは疎らになっていた。


 「……はぁ……面倒なことになってるなぁ、どこも……」


 そう言いながら、適当な場所に腰を下ろす。こうした場合の対処としては薬の流通を止めること、それが最優先だが……


 「ここまで回っちまってると、手遅れ感がすげぇんだよな……」


 「……何が手遅れなのさ」


 声のした方向に顔を向ける。そこには、身の丈に合わない装備をつけた少年がいた。少年に聞こえてしまっていたのか、顔には怒りの表情が見える。


 「あぁ……悪かったね……もうここまで来ると、薬の流通は止められないんじゃないかって思ってさ……」


 「別に薬の流通を止める必要なんてない! あいつを殺せば全部解決するでしょ!? 何でみんな手をこまねいてるんだよ!」


 「相手が人間だからだろ。それが殺しを忌避させてるんだよ。【人間】は殺したくないんだって、魔物と何がちげぇんだよ……」


 「でも殺すしかないんなら……誰かが手を汚すしかない。そうでしょ!? 皆がやらないなら僕が……」


 おっと、これはまずい……何とか考えを止めるようにしなければならない。こんな子供が向かったところで、結末は知れている。


 だから、少し強い言葉で止めなければ。


 「両親のことも考えろよクソガキ。そういうことは大人に任せとけ」


 ……まぁ、思ったより口が悪くなってしまったが、言いたいことは言えた。


 「っ……! 僕を逃がそうとして二人とも死んだよ!! みんなそう言って諦めてんだろ、もういい! 例え一人でもあいつを殺しに行くよ!」


 しかし、俺の言葉は逆に怒りに火をつけてしまったようだ。そのまま踵を返し、俺たちが入ってきた壁に向かって走り出す。


 ……おい、待て。それは流石に……無謀通り越して阿呆だぞお前……


 「おいおいおい待てよ君ィ!?」

 

 「ふぐうっ!? 何すんのさお兄さん!!」


 「偶然じゃい許せ!! 俺もぶつけてんだから!」


 走り出したばかりだったため、何なく追いつくことができた。追いついた際に勢いよく体当たりしたようになってしまい、二人揃って地面に頭を打ちつける。


 「光牙さん、どうしました!? 何をして……えぇ……?」


 「話すと長くなるけど、取り敢えず手を貸して。この子止めなきゃ……」


 暴れる少年を抱え、今回の街も面倒事には事欠かないなと心の中で考えながら、ため息をついた。


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