理想。
「くそっ、姿を見せろっ! どこにいるんだ!」
「教えるわけねぇじゃん? あんたは、疲れるのを待って連れて行くよ」
運良く当たることを願い、我武者羅に紅蓮を振るうも、その刃は空を切るばかり。霧そのものを相手しているようだ。
「光牙、落ち着くんだ! 敵の位置が分からないと言っても、所詮は霧なんだ!」
「風で吹きとばせってこと? やってねぇなそういや! 試してみるか……」
紅蓮を振るうのをやめると、背部に翼を生やし、何度もその場で羽ばたく。だが……
「これっ、案外……キツイ……!!」
「いつも使っているだろう!? 何故キツイんだ!」
「いつも、こんな力入れてない……!」
普段意識しないでやっていることを、意識してやってみると、案外疲れるものだ。霧を吹き飛ばそうと、強く風を起こす為に無駄な力が入るため体力を無駄に消費してしまった。
しかし、霧はすぐに晴れた。息を切らしながら、辺りにハンターがいないかを探る。
「そうだよなぁ、翼があんのに使わないんじゃ駄目だろうよ」
「っ!! いつの間にっ!」
背後からした声に対し、咄嗟に尻尾で打ち据える。諸に入った気配と、骨がへし折れる感覚を感じさせてから、細い体が吹き飛んでいった。
「がはっ……!! あ゛ぁっ、なんだよ……使えんじゃねぇかよ攻撃にも……」
「一部……?」
「あぁ。お前、何となくだけど尻尾は攻撃や防御には使って来ないイメージがあってな……翼も尾も、人間にはないアドバンテージになるのによ」
体に着いた土を落としながら、ゆっくりとこちらに近寄ってくる。警戒して紅蓮を構えると、すぐ両手を上げて交戦の意思をないことを示した。
「前に俺の伝えることは伝えたろ?後はお前達次第だ」
「……自分達の思い通りって感じで、癪に障るなぁ……」
「そこはまぁ許せ。元々こんな面だ」
交戦がないなら、武器を出している意味もない。紅蓮を納刀し、目の前の男に向き直る。しかし、警戒心が抜けていないのか、ミストは未だに魔導銃を向けたままだ。
ハンターと呼ばれる奴らがイカれているというのはよく聞いていたが、目の前にいるやつはそんなにでもないのかもしれない。
「まぁ……仲間とじっくり考えてみるよ。望みは薄いだろうけど」
「それで十分だ。また会うこともあるだろうし、その時に名前を教えてやるよ」
そう言い終えるか終わらないかで、その身を霧の中に隠し、消えていった。
「……あいつ、消されそうなんだけど大丈夫かね?」
「それならそれでいいだろう。よく知らない輩と二度と会えなくなるだけだ、なんの問題もない」
「そう、だよな……互いに知らないわけだし」
まぁ……そんな簡単には消されないだろう。そう考え、一旦このことは頭の片隅に置いておくことにし、天幕へ戻ることになった。
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傷も完治し、義手も直った。体力もそれなりに戻り、そろそろここを経つ時期だろうと、3人で話し合った結果、次の日の出には経つことにした。
「皆、もう行くのか」
「あぁ、もう時間だ。ミストはここに残るんだろ?」
「そうだな。俺はここを離れられない。アシャのこと以外にも、考えなければならないことがあるからな……」
そう言いながら、俺達の正面まで歩いてくる。目の前まで歩いてくると、手をこちらに差し出した。
差し出されたその手に、こちらからも手を差し出して固く握手をする。
「またな、光牙。次会う時には、歓迎できるようにしておく。街全体を挙げてではなく、残った仲間皆で」
「あぁ、楽しみにしておくよ。ただ、程々に休めよ? 根詰めるのもいいけどさ、ぶっ倒れましたなんて嫌だろ?」
「ハハッ、そうだな……肝に命じておこう。この先はハンターも追ってくるだろう。更に厳しい旅になるぞ?」
「分かってる。ただ、楽しみなことがたった今、一つできたから死ねないよ……あーあ、異なる種族で仲良くなれるんなら、亜人も人間も、笑い合えるような世界になると思うんだよな……」
途中から、自分自身のかんがえていることを口に出してしまっていた。が、吸血鬼の友人はそんな俺の言葉を聞き、笑い出した。
「ふふっ、そうだな……今は夢物語だが、そんな夢物語だからこそ叶えてみせたいものだ……さぁ、そろそろ行くんだろ?」
「あぁ、じゃあ……またな」
雛とディーンも、固い握手を交わすと、馬車に乗り込み、ゆっくりと出発した。馬車から顔を出し、ミストの方を見ようとしたが、その時は霧が濃く、既にミストの姿は見えなかった。
馬車は速度を上げていき、霧の中から出たときには、吸血鬼達の街も見えなかった。
「……本当に、死ねない理由ばっか増えていくなぁ。上々って言うのかね、こういうのは……勿論、死ぬつもりはないけど」
死にたくはない。だが、死ねない理由があっても死ぬ時は死ぬものだ。志半ばで死ぬのがほとんどのこの世界で、死ねない理由だけが増えていく。
当たり前のそんな事実だが、今だけはとても厳しいように思えた。
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「そういえば、あの発言って光牙の考える理想なのか?」
馬車に揺られている中、ディーンが口を開いた。
一瞬、何を言っているのかが分からなかった。理想? そんなもの、全く考えずに話していたんだけど。
「一応聞くけどさ、それは異なる種族で仲良くなれるなら云々のことでいい?」
「おう、それのこと。何かお前がそんな理想話すって、珍しいなって思ったんだ」
……あぁ、確かにそうだ。
今までの言動を振り返ってみたが、ディーンとはそんな話をしたことがない……と思う。二人揃って、忘れている可能性は否めないけれど……
でも、そんなもんだろう。皆が綺麗事を並べてきたが、本当は傷つきたくはないはずだ。痛みを拒否するのは普通のことだし。
「理想なんてもんじゃないよ。けど……そうだったらいいなって、思ったんだ」
「へぇ、それは何故?」
「んー……人間と亜人の違いってさ、身体能力とか見た目位なもんじゃん。それでいがみ合うのって、なんだかなぁ……」
「……同族同士で殺し合ってる現状とは真逆だな」
「そうだね……でも、そんな道があるのなら。俺はそれを選びたい」
殺し合う道を突き進むだけではなく、亜人と人間が手を取り合えるように。例えそれが愚かな選択だと思われようと、平和な道を作り上げていきたい。
誰だって、死にたくはないはずなんだから。誰も死なない道があるなら、できる限りそれを選択したい。
「……難しい道ですよ。人間からの弾圧が厳しいですし、亜人からも反発を受けるでしょう。世界全てを、敵に回すに等しい行為です……」
「雛の言う通りだ。俺は無理だと思うぞ」
雛も口を開き、目標の難しさを教えられた。ただ、知ったことかと自分の理想を語り続ける。
結局の所、実行するかは分からないが、語るだけならバチは当たらないだろう。
「そうだろうね……でもさ、この道ができれば、復讐だって無くなると思うんだ。ロアだって同胞だけじゃなく、家族を奪われた結果が、今の復讐に繋がってるんだ」
「確かに、凄まじい怒りでしたね……」
雛が言う通り、ロアの怒りは凄まじいものだった。真正面から受けてしまえば、その怒りだけで怯んでしまいそうなほど。
それほどのまでの、憎悪を伴う怒り。
「第2のロアのような奴を産んじゃならない。その為には亜人と人間が、歩み寄らなきゃならないと……思う。こうして話してみると、俺の理想だなこれ……幼稚なことで。皆仲良く、なんて子供でも無理だって分かんのにさ……」
「……まぁ、いいんじゃねぇの? 暴力で解決するのは考えものだが。アイツは絶対容赦しない、だろ?」
「そうなんだよなぁ……復讐をやめろ、なんていう権利は誰にもないし、強制するつもりもない。ただ、世界を良くしたい。ただそれだけ」
どんな種族であろうと関係なく、笑い合える世界。そんな世界が作ることができるのなら、どれだけいいだろうか。
絵空事だと笑われるだろう。実際、ものすごく難しい。しかし……
「ただ亜人だからって理由だけで、標的にされて殺される。そんなこと、あってたまるものかよ……」
「……そうですね、亜人からしたら迷惑な話ですよ」
亜人の扱いを良くしたい。同じ人だろうがと、そんな思いのまま進んできた。どんな茨の道だろうが関係ない。
俺は、選んだ道を行くだけだ。