濃霧。
「おいおい、そんな警戒すんなって。俺は伝言役なんだ。お前を殺したところで何の旨味もない」
「……そんな知り合い、いねぇんだけど……?」
敵か味方か分からず、何を考えているか分からない。そんな奴を信用できる程俺もお人よしじゃない。それに、今は武器のほとんどが使える状況じゃないのも痛い。
義手がなくても振るえるが、片腕で紅蓮を振るっても、こいつには掠りもしないだろう。
「あー……信じてもらえないか。そりゃそっか……これならどうだ?」
そう言うと、ナイフを取り出して地面に落とし、それを蹴った。何かあっても、すぐには取りに向かえない程の距離だ。
「……敵じゃ、ないんだな? 誰だよその伝言を伝えた奴は。碌なやつじゃなさそうだけど」
「漸く警戒解いたか……やっと本題に入れる……」
「敵か味方か分からんやつを警戒して何が悪いんだ? どれだけ戦ってきたと……」
「分かった、悪かったって……俺に伝言を頼んだのはミナスだ」
「……あいつか」
ミナスも謎が多い。味方……だとは思っているが、心の底から信用もできない、難しい立ち位置にいる男。
「あいつもさ、ロアが勝ってしまうと色々立場が悪くなるんだとさ。俺達も、碌な活動できなくなっちまうし、それは避けたいんだよ」
「お前達の活動はもうなくなった方がいいと思うけど?」
「この生き方しか知らねぇんだよ、ガキの頃から亜人は敵だって教えられて、狩り方まで叩き込まれたやつが、体制が変わった程度で止まるわけがないだろ?」
「そこは止まれよ。止まってくれよ」
「化け物を止めるのは英雄の役目だろ? 自分で止まる必要なんてない」
……ちょっと話してみたが、狂気しか感じ取れない。やはりハンターというものはどこか壊れていないとなれないのだろう。
仮にも同じ形をした生き物を食らうなんて、正気のままじゃ無理だ。
「お前ら、相当イカれてるよ……人と名のつく物を食うなんて、正気の沙汰じゃない……」
「正気の沙汰じゃない、ねぇ……お互い様だろ? 龍人よぉ。お前は今回の戦いで、許せないと思ったから剣を振るい、殺したな。同じ人を殺した気分はどうなんだよ、えぇ?」
「っ……何も違わないとでも言うつもりかよ」
「命を奪うって点では同じだろうが。しかも怒り任せときた。子供の癇癪と何が違うんろうな?」
目の前の男は相変わらず嘲り笑いながら、こちらを見ている。何故か突然その顔を見ていて、その笑みを消してしまいたくなった。それが駄目でも、その顔を歪ませてやろうかと拳を握り、振りかぶった。
「おいおい、落ち着けっての……! 喧嘩する気ねぇんだって言ってんだろうが……」
呆れ果てたような声と同時に、背中に衝撃が走る。すぐに立ち上がりながら、状況を把握した。
どうやら、軽く投げられたようだ。上体を起こそうとした途端、踏みつけられ地面に押しつけられる。
「大体なぁ、そうやってすぐカッとなるのが悪いとこだろうが。別に斬るななんて言ってねぇんだよ、俺は。どっかイカれてなきゃ命を奪うなんてやってられねぇって話だ」
「……イカれてるから、仕方ねぇとでも言いたいのか」
「そういうこった。俺はイカれてる、お前もイカれてる。けど自制はちゃんとしやがれ。余計な怨みは買う必要ねぇだろうが」
ハンターはそう言い、足をどかした。すぐに飛び起きると、距離を取って奴を睨みつける。
変な所で常識的、それが奴……ハンターの印象だった。
「ま、本題に入ろう。ミナスはお前たちを鍛え上げろってさ。今でもロアに少しは戦えるだろうが……まぁ無理だろ? 雷で焼かれるのがオチだ」
「ロアに勝たせたくないから、俺達を鍛えて尖兵にしろ……ってことか。やっぱり碌な輩じゃねえな。大体、いつ特訓と称して首を斬られるか分かったもんじゃねぇよ。信用できないね!」
ミナスという人物自体が怪しすぎるのに、その人物からの特訓の申し入れ等受け入れられる訳がない。勝てるようになる見込みもないのに、やるわけがないだろう。
敵らしき者からの、援助など何かあるに違いない。
「あぁもうなんでこんなに頑固なのかね……お前の仲間がどうなってもいいのかよ?」
「っ、そんなことは言ってない!」
「言ってるのと同じだろうが。ロアに負ければ全員死ぬんだから。あいつが敵を生かしたままにすると思うか? 雛……だっけか。あの龍人は生かされるかもしれねぇが、後は皆殺されてしまうだろうな……」
ハンターはそう言いながら歩き出し、ナイフを拾うと切っ先をこちらに向ける。焦りながらも火花を引き抜こうとすると、首に刃を当てられた。動くなということだろう。その状態で、ハンターの話は続く。
「仲間を失いたくないのなら、ここで俺達の手を取るのが利口だと思うがな……大体お前、我流でどこまでやれるんだよ」
確かに、ハンターの言うことにも一理ある。剣も自分なりの振るい方、殴るのもクソガキの喧嘩レベル。
そんな状態で、戦い続ける等不可能だ。限界はどこかで来る。しかし……
「……時間をくれ。そればっかりは俺一人で決めていいことじゃない」
「そうかい。義手が直んのは……まぁ2日位か。それぐらいなら待ってやんよ。いい返事を期待しとく」
そう言いながら、ハンターが離れ、同時に首に触れている刃も離れた。ハンターの姿が突然現れた霧の中に消えていくのを見届け、大きく息を吐く。
「……あぁクソッ! アイツらの手を取ったって碌なことねぇだろうし、かと言って取らなきゃ死ぬだけだ!」
八方塞がり。自分が取れる手段は、ほぼないに等しい。
奴らが完全に善意からの行動なら信用できるのだが、そんなもの期待するだけ無駄だ。亜人を食ってきた奴らなんだから、俺達を食うつもりでいるんだろう……
「信用しきれるかよ……」
結局、このことは誰にも言い出せなかった。信用もあるが、一番の理由は恐怖なんだろう。
得体のしれない物は、見えていても、見えなくても存在するだけで恐ろしいのだから。
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そして次の日。普通に隠し事がバレた。不思議なことに、皆は俺の隠したいことをすぐに見破る。
隠しておきたいことほど、その傾向が強いのだから嫌になる。大方、悩んでいることが顔に出ていたのだろう。
「それで? 今回は何に首を突っ込んだんですか? 碌なことじゃないでしょうけど」
「鋭っ……確かに碌なことじゃないよ、ハンターと接触した」
「あー……それは確かに碌なことじゃねぇな。やべぇ奴らが強化の為に狙ってるとしか考えられねぇな……」
「そうだよな。でもそれが……」
「こちらの痛いところをついていた、と?」
「大体そんな感じ……こっちが力つけてる間にも、向こうの計画は進んでるだろうし」
足踏みしている場合ではない。それは分かっている。分かっては、いるのだが……このままでは恐らく、挑んだところで犬死にがオチだ。
かと言って、教えをつけてもらったところでまともに戦えるようになるというのは、楽観的過ぎるだろう。
「……行った方がいいんだろうな」
「はぁっ!? 死にに行くようなもんだろ、やめといた方がいい! 特殊な武器も使わず、吸血鬼を難なく倒してたんだろ? そんな奴らがいる所に行ったって、得られるものなんざ……」
「ディーン、人間からすれば俺と雛も括りで言えば化け物なんだよ。対人間の戦い方じゃなくて、化け物じみた奴との戦い方が必要なんだ」
ディーンの言葉を遮り、口を開く。無意識のうちに口を開いており、やってしまったと思ったがそのまま口を動かし続けた。
「化け物には化け物をぶつけて、最善は共倒れ。悪くて一方的に叩きのめされるのがこの世界なんだ。利用できるもんは利用しなきゃならない……勿論、信用なんてしちゃいないけどさ」
「……はぁ……やっぱ言っても聞かねぇよな。一つだけ言っとく。光牙、自分を化け物だなんて思うなよ。少なくともお前は人間寄りの感性だと俺は思う。できれば、そのままでいてくれ」
そう言い残すと、ディーンはその場から去っていった。『自分を化け物だなんて思うな』その言葉が頭の中に渦巻いて仕方がない。
雛も同じことを、考えていたようで、
「私も……化け物なんでしょうかね?」
「……さぁ、どうだろ。化け物は……やっぱいいや」
続けようとした言葉は、そこで途切れてしまう。言えなかった。言っていいわけがない。
元は人間だった俺達が、それを言ったところで何も変わりやしない。
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その後、何も策が出せないまま時間は流れた。義手は問題なく直ったものの、この先になんの不安もないとは、口が裂けても言えなかった。
「光牙……もう行くのか?」
「あぁ。これ以上止まっていられないから。義手の件、ありがとう。前より丈夫にしてくれたんだっけ」
「そうらしい。別の金属と混ぜ合わせて、強度を上げたそうだ。握力も段違いらしいぞ」
義手の動きを確認しながら話を聞く。確かに以前よりも力強く、硬くなった腕はどんな刃をも防いでしまいそうだった。
「これすげぇや。今までよりも」
「合金にするだけではなく、魔力を流し込むことで強度を上げる、その他諸々の加工を行っていたようだからな……以前よりも硬度は上だろうさ。付け方は……」
「いい。もう自分でつけれる」
義手を自分の手で持ち上げ、左腕だった場所に持っていく。後は痛みが来るのを待ち、その痛みに堪えるだけ。
電流が流れたような感覚と共に、一瞬だが激しい痛みが襲う。痛みに歯を食いしばって耐え、義手の動きを確認する。
指を折り曲げ、自在に動かす。以前よりも反応が良くなっており、より速く攻撃を繰り出せるだろう。
「うん……これなら問題なさそう。ありがと、義手まで直してもらっちゃって」
「いいさ。巻き込んだのは俺だ」
「うし、義手は直ったかー?」
先程まで俺とミストしかいない筈の場所に、そんな軽い調子の声が響く。咄嗟に武器を構え、辺りに目をやるがどこにもそれらしき姿は見えない。
「龍人の方にはもう会うのも3回目だぜ? 声位覚えといてくれよー、悲しいだろぉ?」
「……あぁ、ハンターの……そんなこと微塵も思ってねぇくせに何をぬけぬけと……」
相変わらず軽い調子の声は聞こえてくるが、姿はどこにも見当たらない。それに、霧がどんどん濃くなっていく。先程までは霧なんてどこにも無かったのにも関わらずだ。
アイツが何かをしているのは一目瞭然だが、どうやって止めさせればいいのか検討もつかない。
「この霧は……?」
「ハンターの能力だ。霧に隠れて襲ってくる、それがあいつだ」
「なるほど……それならこれだな」
何かを思いついたのか、薄緑色の銃を空間から取り出す。その後すぐに上面に銃口を向け、引き金を引いた。
放たれた弾丸は、風を纏って小さな竜巻となって一直線に飛んでいく。
「それは? 初めて見るやつだけど」
「風の銃。魔霧とか抜けるように役立つんだよ、風系統って」
霧に穴を開けながら、弾丸は突き抜ける。それに続いて、ミストと同時に出ようとしたが、何故かどこまで行っても霧の中にいる。
どれだけ走ろうが、霧の中から抜け出せない。永遠に霧の中にいるようだ。
「頑張るねぇ……お仲間は既にこっちにいるってのに」
「っ……お前ら何をした!?」
すぐさま足を止め、辺りを見渡すが、見覚えのある人物を見つけることができない。
「こっちに来れば教えてやるよ。形振り構ってられねぇんだとさ」
「くそっ、面倒なことになった……!!」
こんなことになるなら、あの時行かないと即答しておくべきだったと後悔しながら、紅蓮を構えて駆け出した。