血。
アルフレッドがゆっくりと口の端に手を伸ばし、流れた血を拭う。その血を見て、驚きを隠せないようだ。今まで、ダメージらしきものを受けたことがなかったのか?
ディーンがこちらに向かい、走っているのも全く止めようとする様子が見えなかった。
「……光牙。あいつ、何してると思う?」
短剣を向けながらも、困惑した表情をしているディーン。こちらも分からないことが多いが……予想を口にしようとした瞬間。
「ククッ……! ハハハハハハッ!! この私が、少量とはいえ血を流すことになろうとは! 笑うしかあるまいよ! 自らの慢心が、この流血を招いたのだ!」
「うおう……突然なんだよぉ……」
自らの失態だと、アルフレッドが血を見ながら笑う。なんなんだこいつは……能面のような表情をしていると思えば、無表情で息子の腕を落とす、お次は血を見て突然笑いだす。
……不気味すぎるわ!? ちょっと情緒不安定すぎやしませんかねぇ!!
「ふぅ……慢心はやはりいかんな……では、持てる全力で挑むとしようか……」
笑いが収まったのか、元の表情に戻すと、爪を鋭利に尖らせて自らの腕に突き立て、流血させる。
「っ、何をして……!」
「吸血鬼らしく、全力で戦ってやろうということだ……では……足掻いてみせよ」
流血した腕を振るい、鮮血が宙を舞う。何をしているのか分からず、その場で硬直しているとその血が空中で刃に形を変え、無数の赤い刃となって飛来する。
咄嗟にディーンを突き飛ばすと鱗を出現させ、血の刃から身を守るが、少しずつ削られていく。
まずいと感じ始めた時、アルフレッドの姿がないことに気が付いた。
「しまった!! アルフレッドはどこに……!」
「ここだ、赤き龍人よ。目を向けるのが少し遅かったな」
その言葉が聞こえ、すぐさま振り向いて紅蓮を振るおうとしたが、それより速く腹部に衝撃が走り吹き飛ばされた。
壁に激突する前に、床に紅蓮を突き刺し、勢いを殺したが……至るところが生温かいことから、流血しているだろう。
すぐに立ち上がるが、先程より大きい血の刃が飛来する。咄嗟に回避できたものの、容易く屋敷の壁を両断していった威力を見て、冷や汗が垂れた。
「っ、さっきの魔法弾幕といい、こんなのアリか……!?」
「種族の特性だ。使わぬ手はあるまい……とっ」
そう言いながらこちらに近付こうとしたアルフレッドに向かい、矢が飛来する。矢を容易く避け、それを拾い上げて飛来した方向に向き直る。
「避けられた……!? こちらを見てもないはずなのに!!」
「……今、射たのはお前か。すぐに返そう」
それを掴み、血を纏わせながら矢を投げ返し、雛が矢を番え、射るよりも速く飛び、深く突き刺さる。
「ぐっ……! 深く刺さった……!」
「雛! 光牙!! 野郎、やりやがったな……!」
「はぁ……無駄だ人間。この身はそのような短剣では傷を負わぬ。最も、当てられるとは思ってはおらぬがな」
ディーンが短剣を持ち、無策で突貫する。短剣を振るうも素手で弾かれてしまうが、そのまま殴り抜く。
「どうだ……! 少しは効いたかい……!?」
「いいや? 全く」
アルフレッドはその拳を受けたが、全く響いていない。そのまま膝を腹に叩き込まれ、咳き込んだ所に肘を背中に打ち込まれ、地面に倒れ込む。
「ゲホッ、ゲホッ……! あぁぁ……! 全く応えてねぇ……!!」
「当たり前だ、通るわけが無いだろう……」
そう言いながら、ディーンに血を纏わせた拳を叩き込もうと、ゆっくり拳を引いていく。
「っ、アルフレッド……!!」
「……あぁ、ミストか。随分長く眠っていたようだな」
アルフレッドが声の方に振り向き、一旦拳を引くのを停止する。声の方向では、ミストが腕を完全に治した上で銃口を向けていた。
「恥ずかしながら、痛みには慣れてなくな……! しかし一度治ってしまえば、何の問題もない!」
そう言う間にも、何度も引き金を引き、銃口から弾丸が飛んでいく。しかし、その弾丸も縦横無尽に動かれ、避けられてしまう。
しかし、あまりに隙が多い。空中なら避けようがないはずだ。
「っ、よく見て……ここっ!!」
「残念、狙う箇所はわかっているさ」
弾丸を避け、空中にいる間を狙い、紅蓮を振り抜くが、刀身を掴まれ、片手で止められた。
焦りを感じながらも、魔導銃をすぐに取り出し、撃とうとしたものの、突然発生した衝撃波により吹き飛ばされてしまう。
吹き飛ぶ最中に、紅蓮と魔導銃が手から離れ、遠くに落ちる。
硬いものが落ちる音が響く中、壁に叩きつけられ、一瞬息が止まった。
「ぐっ……何だ今の……!」
「久々に使ってみたが……それなりに便利だな。距離を取るのには丁度よい……」
再度、自分の皮膚に爪を突き立て、引き裂いて流血させるアルフレッド。血を操って、剣のようにするとそのままゆっくりと歩き始めた。
「ミスト……剣の腕って自信あるか?」
「……いや、全くないな。紅蓮を振るっても、効果的なものは与えられないだろう。それに、変わりはある」
ミストはそう言いながら、上質そうな剣を取り出し、向かっていく。それを見て、紅蓮が落ちている箇所に向かおうとした途端、肩に痛みが走る。あまりの痛みに膝を付き、倒れかけるもギリギリの所で立ち上がる。
痛みに耐えながら触れてみると、血の刃が肩を貫き、釣り針のような形に変化して貫通していた。
元は勿論、アルフレッドが持つ血の剣だ。
「ハハッ、釣りといこうか。最も、釣りと言うには獲物が陸にいる時点でおかしいがな……」
「ぐっ、抜けねぇ……うおおっ!?」
「光牙! くそっ、防いでいては……!」
アルフレッドが剣を振るうと、そのまま自分の体も宙を舞い、面白いように叩きつけられる。短い期間で思考が強制的に止められてしまい、魔法も使えない。
引っ張られる瞬間は肩口の痛みが増し、それだけで苦痛を味わうことになるが、それ以外にも何度も叩きつけられ、体のあちこちが痛む。
ミストに頼もうにも、血の剣を防ぐのに手一杯で、破壊は難しいだろう。
「さぁ、どうするミスト! お前の味方は脆いなぁ! 結局お前は、一人で戦うしかないんだよ!」
そう言いながら、振るわれた刃に連動し、地面に叩きつけられる。少ししてから、血の刃が抜かれる感触がし、偶然近くにあった紅蓮を手に取り、ふらつきながら立ち上がる。
「ぐっ……体中痛え……どうなってんだ、途中から視界も碌に機能しやしなかったぞ……」
「まだ生きているのか……頑丈なのも考えものだな」
「生きてちゃ悪いかよクソ野郎……!」
アルフレッドに向かって、駆け出しながら魔導銃を乱射していく。当然そのまま受けてくれる訳もなく、血を用いた盾によって殆どの弾丸が弾かれる。
だが、距離を詰めることはできた。銃を捨て、紅蓮の柄を強く握りしめて全力で振るう。
刃が血の盾を容易く貫き、盾の影に隠れていたアルフレッドの肩を裂いた。だが……
(浅い……! ギリギリで下がられたな……)
「むうっ……血の盾を砕くとは。もう少し判断が遅かったら、斬られていたろうな……」
「そうかい。次は、斬ってやるから覚悟しとけよ……!」
魔力を身体の隅々に回し、身体能力を向上させた状態で向かって飛び出し、大振りに振るう。
アルフレッドはそれを、慌てた様子もなく避ける。勢いよく壁に激突する寸前、地面に爪を立てて無理やり向きを変え、もう一度強襲する。
「ほうほう……! 中々野性的な……」
「うるせぇっ!!」
何度も振るうが、刃の先すら掠りもしない。焦りから紅蓮の振るい方が雑になってきているのが、自分でも分かる。
「まぁ、この程度か……それなりに楽しめたよ」
アルフレッドが宙返りで距離を取り、翼を広げ滞空すると、その背後に複数、特大の魔法陣が展開された。
自分と比べるのも馬鹿みたいな魔力が、どの魔法陣からも感じられた。
「……嘘、だろ……!? なんだこれ……!」
「鼠狩り程度に最初から全力を出す程、大人気ないことはしないのだよ……では、幕引きとしよう。精々足掻け」
魔力が収束仕切る前に止めなければ、屋敷一つは吹き飛ぶだろう。そう考え、咄嗟に指輪から槍を取り出し、投げつけるも、強過ぎる魔力によって弾かれてしまう。
「くっそ、魔力が強過ぎる……」
弾かれ、地面に突き刺さる槍を引き抜くと、翼を広げて突撃の体制を取った、その瞬間だった。
右頬の辺りを、何かが轟音と共に高速で通り抜け、そのままアルフレッドの翼を貫く。続けて、別の方向からも矢が突き刺さり、アルフレッドを地面に落下させた。
落下の衝撃で、魔力が雲散したのか魔法陣も消えていた。
「ぐうっ……!? 何だ今のは……!」
「はっ……! 漸く命中か、隙だらけになる時が中々見つからなかったが……当ててしまえば、問題ないな」
「えぇ、一度当ててしまえばそれで良いです。飛ぶこともままならないでしょうし」
横目でミストと雛を見ると、大型の魔導銃の銃口から煙が上がっていた。勘違いから戦闘した時の、至近距離で放たれた物だ。威力は申し分ないものだ、実際に体験したのだから間違いない。
しかし反動が強く、背を強く打ち付けたようだが……まぁ、許容範囲だろう。すぐ立ち上がろうとした所を見ても、骨が折れた様子はない。
雛も、追撃の一矢をしっかりと当てている。翼の付け根を傷付け、流血させた。暫くは飛べないだろう。
「ちっ、放置していたのが仇となったか……」
「よーし、機動力はそれなりに落ちただろ……? 鈍くなった分、斬りやすくなってるといいなぁ……!!」
槍と紅蓮を強く握り込むと、紅蓮の刀身が炎を纏う。そのまま、赤い軌跡を残しながらアルフレッドに肉薄していく。
今は斬ることだけを考えろ、話はそれからだ。