遭遇。
雛から散々言ったのにまたですかと、こっぴどく怒られはしたものの、正直やったことがやったことだったから、拳骨一発で済まされた。正直、今回のは怒られても仕方ない。自分でも無事なのが不思議なくらいだ。
……まぁ、暫くは疼くだろう。かなり強烈だった。
「拳骨はやめろよぉ……頭ズキズキすんぞ……」
「突っ走んなって言われたんだろお前よぉ!? そりゃ、酷すぎるなとは思ったけどよ……」
ディーンはそう言いながら、敵の亡骸を隅に寄せていく。
……敵かどうか、判別も難しい程に損傷している為、念のために敵と言っているが、巻き込まれた一般人、ということも十分にあり得る。
亡骸を寄せた後、目が開いている場合は目を閉じさせた。そしてまた、目的地に向かって走り出す。
ルーナの案内によって、敵にも見つからずに進めているが、走り続けている最中にも剣戟の音や爆発音が響いている。
「……急いだ方がいいよな……」
「うん、ミスト様にもそろそろ追いつける筈……大砲で思ったよりも足止めされちゃったし」
ルーナ曰く、あそこで大砲を持ち出されるのは予想外だったらしい。騎士団が発足した理由が街を守るためというもので、大砲は用意されなかったそうだ。
なのに、今回それを使用した。それも街に住む人を巻き添えにしてまで。確実におかしい。
「今になって、大砲を防衛設備として使い出すにしても、何故用意しなかったものを? ……当然、侵略の為にだよな。本当に守りたかったのかも、しれないけど」
「薬と同じだな。使い道を間違えてしまえば、毒になる……国、街を蝕む毒にな」
「だね……何があろうと止めないと。できれば殺さないように……」
「……無理があるだろ、あんだけ派手にやったんだぜ?」
そこを突かれると痛い。確かにあの時はあそこまでする必要はなかった。頭に血が登って、冷静な判断がまるでできちゃいない。
敵を殺すも生かすも、自分の選択にかかっているというのに、これではあまりにもお粗末だ。
「それでもだよ、常に頭の中にそこまでする必要があるのかどうか、自分で問いかけるのを忘れないようにしなきゃ……」
「そうした方がいいですよ、あなたは考えなしに毎回突っ込むんですから。自制心が足りません」
雛にそう言われ、苦笑いで応える。しかし、こんなにも自制ができないような人間だったか……?
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何度か交戦しながらも、走り抜けていくうちに、目的地に辿り着いた。侵攻した際に街に入ってきた時と同じようなゲートが開く。
ゲートからは、汚れを払いながらミストがゆっくりと姿を現した。
「漸く合流だな。何故こんなにも遅いのかと思っていたんだが……なるほど、敵と交戦していたのか」
「あぁ、でも合流できたんだからそこは問題じゃないだろ? 問題は今からだよ。敵陣に切り込まなきゃいけないんだから、この少数で」
そう、十人にも満たない数で、敵の本拠地であるカートライト邸に侵入し、ミストの父親、アルフレッドを倒す必要がある。
どう考えても正気の沙汰とは思えない作戦だが、やらなければいけない。
成功したとしても吸血鬼達がこれからどうなるかは分からないが、失敗すればロアの軍はまた強大になってしまう。
皆の方へ振り返り、覚悟が出来ているかを見る。皆も不安感を感じているようではあったが、それ以上にここから退かないという意志があった。
言葉はもう必要ない。後は進むだけだ。後の事は後から考えることにした。
今の騒ぎで、見張りもいなくなっているのだから、この機を決して逃してはなならない。
「ふぅ……よし、行くぞ……!!」
息を一旦整えてから、扉を蹴破って侵入する。蹴破った途端、魔法が雨のように降り注ぐが、ルーナが障壁を展開し、魔法を防ぐ。
「っ、やっぱり読まれてた……! 防ぐから、何とかして……!」
「何とかって言ってもなぁ! これぐらいしかねぇんだよぉ!」
雛が矢を引き絞るが、魔法の雨を通り抜けながら目標を射るのは難しいどころの話じゃないだろう。まず不可能だ。
ミストが魔導銃を引き抜くのがチラリと見え、肩を叩いて合図をする。それに追随するように、魔導銃を引き抜きながら、障壁より前に出て引き金を引き続ける。
時折落とせなかったものがそのまま飛来するが、それを紅蓮で弾くか避けながらも魔法を撃ち落とすのを止めない。
色鮮やかな魔法と赤と黒色の魔力弾がぶつかりあい、屋敷の中を照らし出す。どう見ても高そうな壺や、絵が巻き込まれて壊れていく。
魔法の雨が止む頃には、俺もミストも少なからず被弾し、決して軽くはない消耗をしていた。
ルーナの方をチラリと見ると、障壁を維持するのが限界だったのか、罅が入った障壁が消えると同時に倒れ込んでしまう。ディーンと雛、アシャがそれを支えているのが見えた。
息を切らしながらも駆け寄ろうとした瞬間、微かにだが、何物かの足音がした。
咄嗟に紅蓮を引き抜き、注意深く見据える。ミストも同じように魔導銃を抜き、足音の方を睨んでいた。
「……まさか、鼠が入ってくるとはな……ベルゲも調整が終わっていない、どうしたものか……」
足音と声が近付くにつれ、威圧感がどんどん強くなる。嫌でもやつの力量を感じさせられ、紅蓮を持つ手に力が入る。
初めて会った時のロアほど実力差があるわけではないが、それでもかなりの実力差はあるだろう。
足音が近付き暗い廊下から声の主が姿を現した瞬間、ミストが引き金を引いた。突然の攻撃だったが、予想していたかのように体を霧のように雲散させて避け、銃弾は壁に穴を開けた。
まるで、感情が根こそぎ削ぎ落とされたかのように、何も感じさせない表情で男が弾丸を避けた場所に現れる。
「全く、仮にも父親に向けて引き金を引くとは……少々気が短すぎるのではないか?」
「ハッ、お前のことなんざもう父親だなんて思ってねぇんだよアルフレッド……! アシャを捨てた、あの時からなぁ!」
ミストの声と顔は、激しい怒りに満ちていた。無理もない、長年の敵に出会ったのだ、冷静でいろという方が難しい。
その怒りを受けてもなお、アルフレッドの表情は変わることがなかった。何も感じさせない、能面のような顔、それがとても不気味で仕方がない。
「そうか。しかし、ならばどうする? 私と戦うのか? アシャの為に、多くの仲間を危険に晒してまでこの戦いをする必要があったのかい?」
「……あったさ。俺は……アシャの兄だ。兄が下の兄弟守らねぇで誰が守るよ」
銃口を真っ直ぐ向けたまま、ミストが言い放つ。両の瞳が、アルフレッドを油断なく見据え、確実に殺すという意思を伝えていた。
「……ミストの言ったように、お前がここの実権を握ると碌なことがない。だからここで斬るよ。ベルゲの方も、後から探し出す」
「やれやれ、これだから若さというのは……全くもって度し難い」
アルフレッドは呆れたような表情を隠すことなく顔に出し、首を振る。そして、ゆっくりとこちらに向かい歩き出した。
腰にある剣を抜こうともせず、ただ近寄ってくるだけ。それだけなのに、本能が警鐘を鳴らしている。一歩進むごとに、威圧感が強まっていく。
でも、ロアという化け物を先に知っているから、心が折れることはなかった。ロアと比べてしまえば、なんてことはない。
「……ここで、倒すよ!」
そうして、足を踏み出そうとした瞬間だった。足を何かが貫き、その場に縫い付けられる。
ミストの方からも同様に突き刺さる音がしたことから、完全に拘束されたものだと思っていいだろう。
突き刺さったものに目を向けると、黒い光の杭が脚を貫き、床に穴を開けていた。雛達からは悲鳴がしなかったことを考えると、あちらには飛ばさなかったのだろうか。
「ぎっ……!? 何だっ、これ……!」
「くそっ、抜けない……何だこれは!?」
「まぁ、落ち着くといい。まだ話は終わっていない」
アルフレッドはこちらに手を向けて、少し微笑みながら前に立つと、口を開き始めた。
「私はね、吸血鬼の未来を憂いているんだ。こんな辺境に追い込まれ、人間が来るか来まいかビクビクしている。夜の覇者と呼ばれていたのは遠い昔の話、なんてそんなこと、吸血鬼の矜持が許さない」
「……なら、誰かの下につくほうがプライドに傷がつくと思うけど?」
「いずれ喰らうとも。しかしその頃には吸血鬼の数は、元の数の1割を切ることになるだろうな。ミスト、お前はそれが許せなかったんだろう?」
「……当たり前だ……! 全て、お前から学んだことだ! 今となっては捨てたが、カートライト家の信念にもあった! 民を護れと……!」
ミストの銃を握る手に、怒りからか力が籠もり腕全体が震えだす。
「なのにお前は民を犠牲にしようと……自らの娘を捨ててでも、その理想は叶えなければいけないものか!?」
半ば叫びながら、ミストが魔導銃をアルフレッドに向け、引き金を引こうとする。
そして引き金を引いた瞬間、ミストの腕が落ちた。放たれた弾丸はあらぬ所に着弾し、壁の穴を一つ増やした。
「あっ……あぁぁぁぁぁ!! 腕がっ……!」
「っ、ミスト!?」
「騒ぐことでもないだろう、直に治るのだから。そんなものを父に向けるな。あぶないだろう?」
アルフレッドは、そう言いながら落ちたミストの腕を踏み潰した。
今、あいつが何をしたのか分からなかった。魔力か何かを使う兆候もなく、ただ腕を振っただけのように見えた。
しかし、実際それだけで腕を落とした。格の差を見せつけ、心を折ろうとしている……?
意図が分からないため、恐怖よりも困惑が勝る。
「まぁ、犠牲を強いるのは私も心が痛むよ。ただ力を取り戻すには、ちょっとの犠牲が必要だろう?」
そう言い終えると、杭が消失し、前のめりに倒れかけるも、すぐさま紅蓮を振るい距離を離させる。アルフレッドは簡単に避けてしまい、距離を取ってこちらを見ている。
息を整えながら、体を少しでも休めようと腕の力を抜こうとする。
足に力を入れて何とか倒れずに済んだが、力は入りにくい。ミストは斬られた腕を再生させながらだった為、地面に倒れることになった。
「さて……長くなったが、ここからが本題だ。私と手を組む気は──」
「「ねぇよそんなもん!!」」
「当たってくれれば御の字なんだけど……!」
ディーンと同時に叫び、その叫びに合わせ雛が矢を射る。軽く矢は避けられてしまうが、間髪入れずにディーンが飛びかかり、短剣を振るう。
しかし、簡単に避けられてしまった上、簡単に受け止められてしまい、短剣を取り落してしまう。
「ほう……人間か。その割には度胸がある」
「てめぇの色眼鏡で世界を見るんじゃねぇよ、バーカ!!」
そう言いながら、目を瞑って虚仮威し閃光弾をアルフレッドの眼前で使用し、目を眩ませる。
だが、目を眩ませた状態でも、正確にディーンの鳩尾を蹴り飛ばし、雛と衝突させる
「ぐうっ、貴様っ……!! おのれ人間めが……!! 小細工しかできんのか……!」
「ごほっ……そりゃ、真っ向から向かえば勝ち目なんてないだろうが……! そんな度胸はないから、こうやって策を練ってんだよ、俺は……」
蹴られた箇所を押さえながら、笑って言い放つディーン、その横を走り抜け、距離を一気に詰める。
「くっ、なんだこの強烈な光は……待て、この気配……!!」
「まずは……一発っ……!!」
眩んだ視界に慣れてきたのか、こちらに視線を向けるがもう遅い。
すぐさま魔力を拳に流し、整った顔をしているアルフレッドの顔面に拳を叩き込み、壁へと吹き飛ばしてやった。
壁に衝突した後、アルフレッドはすぐに立ち上がり、こちらを睨みつける。だが、口の端から血が流れているのを見て、攻撃は効いていると分かる。
それだけで、少し余裕が生まれる。
「……効かない、なんてことがなくてよかったよ。形は人間だけど、効かないなんてこともありそうだと思ったからさ」
殴った拳も、異常は感じられない。大丈夫だ。殴れて、血を流させることができるなら……倒せるとも。