変化。
「うっし、着いた……そういや、あの裂け目って一体誰が作ってるんだ?」
裂け目の中を走り抜け、街に辿り着く。裂け目から出た途端、裂け目は消えていき、退路は完全になくなった。
それを横目で見ながら、目的地まで走る。
「これも魔法。空間魔法の一種で、吸血鬼なら使えて当たり前のやつだよ」
ルーナが出てきた疑問に答える。吸血鬼絡みのことは、ここにいる面子では一番詳しい為に信用できる。
「そうなんだ……行き限定みたいだけど、行きたい所に行けるのは便利だな」
「デメリットもあるけどね。脆くて、攻撃受けてしまえばそれだけで裂け目が消えてしまうし」
何ともまぁ、使い所が難しい転移だ。運用もそこまで不安定では難しいだろうに。
そうしていると、突然爆発音が響き、遅れて少し後に叫び声が響き渡る。叫び声の数は一人や二人ではなく、本格的に始まったのだと嫌でも理解させられた。
「始まったな……」
「そうだな、急いで向かわないと……!」
突然の音に足を止めていたが、いつまでも足を止めている訳にはいかない。そう考え、直様走り出した。
そして曲がり角を曲がった途端、同じように走ってきた相手側の騎士に鉢合わせた。
「っ、いたぞ敵だ!! 斬り殺せぇ!!」
「あぁ運がなかったなぁ……! 絶対死ぬんじゃねぇぞ、皆!」
そう言いながら、互いに武器を構えて振るう。ぶつかりあった刃は互いに弾き合い、危うく紅蓮が手から離れそうになり、咄嗟に握り直す。
「っ、力任せに振るいやがって……!」
そう言う最中にも大振りに大剣が振るわれ、それを弾く。今度は強く握っていたことで離れそうな感覚もなかったが、受けた衝撃で体が大きく後退した。
「賊めが! 貴様の首を叩き落としてくれる!!」
「そうかい。俺の首を叩き落とす前に、死ななきゃいいね!」
もう一度大剣が振るわれる前に、腕に紅蓮を突き刺す。敵の吸血鬼は痛みに呻き、大剣を取り落とした為、一気に距離を詰める。
思いっきり引いた義手の拳を突き出し、兜ごと頭を潰す。持ち主のいなくなった大剣を指輪に収納し、次の敵に襲いかかろうと力を込めたが、その必要はなかった。
全員鎧のどうしても守れない部分に、それぞれの武器を突き刺していた。
「これで、バレずに済んだな。危ねえ危ねえ」
「どう考えても見つかってはいると思いますけどね……」
雛とディーンがそう言いながら自身の武器をしまい、息絶えているかの確認をしている。ルーナの方も問題なかったようだ。
首を斬られた吸血鬼の亡骸が、いくつか転がっていた。どくどくと血を流し続けており、今ものすごく血溜まりを作り上げている。
あまりの手際の良さに、正直苦笑いしかできなかった。
「……うーん、俺は命令とか出す立場じゃないよやっぱり……まぁいいや、新手が来ないうちに進もう」
「だな、ミスト様も探さねぇと……」
自分の立場に疑問を抱きはしたものの、その疑問を一旦頭の中から追い出し、その場を後にする。
まずは味方部隊との合流が最優先だ。
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そのまま少し走ると、広い通りに出た。目的地であるカートライト邸はこの通りを真っ直ぐ行った所にある、急いで進みたいところだが、そうもいかない。
「っ! 皆さん、退避を! 大砲がこちらを狙っています!」
雛の言葉に反応して、周りを探すと、確かに大砲が3門程こちらを向いていた。直様雛とディーンが建物の陰に飛び込み、ルーナとアシャがその後に続く。
自分も続こうとしたが、砲弾が少し前に着弾し、体が大きく吹き飛ばされた。体を壁に強かに打ち付けるも、咄嗟に鱗での防御をした為にダメージはなかった。
「光牙さん!? 大丈夫ですか!?」
「問題なし……しかし、少し頭打ったか……?」
義手や腕にも問題がないか、動かして確認する。
しかし、街に大砲があるとは思っていなかった。あるとしても、町中でぶっ放していい代物ではない筈だ。
何故なら、建築物も巻き込んで破壊してしまうからだ。ましては急な襲撃の為、家に隠れている者もいるだろう。それなら、撃つ数は自然と少なくなる筈だが……?
「くそっ、足止めかよ……」
ディーンがこう言っている間にも、爆発音が響いている。どうやら各地で大砲を撃っているようだ。やはり何かおかしいと、考え始めた時だった。
ディーンがギョッとした様子で、口を開く。
「なぁ、思い違いであって欲しいんだけどよ……街の人ごと撃ってねぇかこれ……!?」
「……あぁ、そうかもしれねぇ……」
考えていることがどうか間違っていて欲しいと思いながら、物陰から少し顔を出して確認する。
大砲が仲間の軍を、隠れている家屋ごと吹き飛ばしている。中には関係のない吸血鬼もいたが、それでも砲撃を止めることはなかった。何故分かったかというと、中からも血だらけになった吸血鬼が吹き飛んで来たからだ。
他にも、怪我をして助けを求め、近寄ってきた吸血鬼も、同じように容赦なく吹き飛ばした。
「ひでぇな、動くものは全部敵かよ……」
突然そりゃ敵……俺達が襲撃してきた為、避難が完了していない場所も少なくはない。しかし、その避難していない民間人がいるかもしれない家屋を、容赦なく巻き込むとは、想像もできなかった。
眼の前に、子供の玩具らしきぬいぐるみと、焼けた指と思わしきものが落ちているのを見て、頭の中が真っ赤に染まる。
「っ、アイツら……! なんてことをしてんだ!!」
怒りで思考が回らなくなり、紅蓮を引き抜くと物陰から飛び出して大砲へと駆け出す。ディーンと雛が何か言っていたが、耳に入らなかった。
突然現れた獲物に大砲が一門標準を合わせ始め、弾を詰め始めた。それに反応して、同じような動きを他の大砲も始める。
「撃てぇぇぇ!!」
号令と共に、弾が放たれた。人間なら、砲弾の炸裂で体が原型を留めない程になるだろう。
しかし、今は龍人だ。だから砲弾が炸裂した程度では何の問題もない。とはいえ直撃は避けたいので魔力を流し、瞬間的に肉体を強化する。
背後で炸裂した爆風の勢いと、強化した脚力によって、一気に距離を詰めていく。
そうして肉薄していく最中にも紅蓮を引き抜き、反撃の準備を完了させた。危なければ、いつでも斬れる。
「ひ、怯むな撃て! 大砲なぞ、そう何度も避けられる訳がない!」
指揮官の声で、他の二門も砲弾を放つが、それを危なげなく避け、肉薄していく。大砲の弾は、魔法と比べればゆっくりなものだ。簡単に目で追えるのだから。
肉薄した後は、自分から正面にあった大砲を蹴り飛ばし、兵士ごと潰す。兵士の顔は隠れて分からなかったが、恐らく驚いていたことだろう。
「ひっ、ひいぃぃ……! に、逃げなければ、死ぬ訳にはいか……うわぁぁぁ!?」
「指揮官がまず逃げんじゃねぇよ!」
それを見届けた後、我先にと逃げようとしていた指揮官に追い付き、元いた場所まで投げ飛ばす。
受け止められる程には慕われていたのだろうか、兵士の一人が飛んで来た指揮官を受け止め、下ろす。指揮官はこの時点で気を失っていた為、下ろした兵士が剣を抜き、こちらに向かってくる。
その兵士の後ろから、他の兵士が現れ、周りを囲み、武器を振るう。流石に囲まれていてはやりにくいことこの上ない。剣戟を受けるか避けるので精一杯だ。
「チッ、数だけは多いことで……」
「賊め! 死ねっ!!」
そんな中、一人の兵士が痺れを切らしたのか飛び出してきた。両手で剣を持ち、飛び上がりながらそれを振り下ろしてきた。
それを既の所で弾き、体勢を整えられる前に両手剣を踏んで押さえる。
驚いて兵士が顔をこちらに向けた、その瞬間に隙間に紅蓮の刃を突き刺し、物言わぬ肉塊にし、紅蓮の血を拭いながら叫ぶ。
「さぁ、次は誰だ!! どっからでもかかってきやがれ!」
そう叫びながら紅蓮を鞘に戻し、兵士が持っていた両手剣を手に取る。かなり上質な物だと、手に取っただけでも分かった。実に手に馴染む。
……が、重さが段違いだ。慣れるまでは、この重さに苦労させられそうだ。切れ味では紅蓮より劣りそうだ。しかし、一撃の重さでは断然こちらの方が上だろう。
「……来ないなら、こちらから行くぞっ!」
そう言う両手剣を上段に構えて走り出す。兵士が眼の前に来た瞬間、横薙ぎに振るう。
兵士は武器で防ごうとしたが、容易く刃を叩き割った。そのまま鎧を貫通し、脇腹を通り勢いの両断する。小規模な鮮血の雨が降り、地面や俺の体が、血を被って赤く染まった。
顔に付いた血を拭いながら、周りの兵士達に向き直る。それを見た兵士達が一歩下がった。それが恐怖からか、冷静に判断したが故なのかは分からないが。
それを見た途端、頭に登っていた血がさっと引いていくのを感じた。これでは、やってることが敵と変わらないじゃないか。
「はぁ……俺も皆殺しにしたい訳じゃない。そこの指揮官置いて、逃げたきゃ逃げな……」
そう言うと、兵士達は皆武器を投げ捨て、一目散に逃げ出した。それを横目に見ながら、恐怖で気絶している指揮官に近づいていく。
少し小突いても起きないので、足を全力で踏み抜いて立てないようにした。骨が折れる感覚がダイレクトに伝わってくるが、今更気にもならない。
「いっ……! ぎゃあぁぁぁぁっ!! 足がっ……!」
「喚くな、質問に答えてもらうよ。何であんな民間人ごとやるような真似したんですかねぇ?」
指揮官は少し言い淀むも、どうせ死ぬのなら全部話してしまおうと思ったのか、すぐに口を開いた。
「て、敵は悪い方がいいと……上からの命令だ……私達とて、命令されていただけなんだ……!」
「……そうか……」
「だっ、だから、俺は悪くない……悪いのは、お、お前達だ!」
「もういい、よく分かったよ……」
こいつは、考えることを止めてしまっている。命令されたことを行うことこそ、最も正しいのだと考えるようになってしまった。そうなったら、お終いだ。
上の命令に従うだけなら、誰だってできる。しかし、命令がどこかおかしいものなら、当然考える必要がある筈だ。
それが出来なければ、一番上の人物が気ままに動かせてしまう。
その点では、目の前の男も被害者だと言えるだろう。逃がすわけにもいかない。なら……こうするしかない。
両手剣を担ぐように構え、焔を纏わせる。普段はここで終わりだが、試したいこともある為、更に焔を集め収束させていく。
すると、刀身が赤く輝き、刀身自体が焔のように変化していく。焔を収束させたらどうなるのか、という疑問を以前から抱いていたが、解決できる機会ができて良かったと、心の底から思った。
その礼として、目の前の最後に言いたいことを言っておこう。
「クソったれが、地獄に落ちる前にも焼かれてけっ!!」
「っ、まっ──」
最後の命乞いも聞かず、両手剣を全力で振り下ろし、叩きつけた。地面に刃が到達するとが炸裂し、男の亡骸も粉々に吹き飛んだ。一番大きなものでも、右手首から先の部分だ。簡単に人一人の肉体を吹き飛目ばす程の威力を見て、少し恐怖を覚えた。
決して模擬戦には使える代物ではないと一目見ただけでも分かる。
「……これ、あまり使っちゃいけないやつだな……剣の銘は……焔の牙、焔牙で行こう」
真っ赤に輝く新しい武器も手に入ったが、問題としては……
「……飛び出したこと、怒ってるよなぁ……」
恐らく怒っているだろう仲間の怒りを鎮める方法を探すこと、それが最も難しく、回避できない問題だった……