命の価値は?
「さてさて……どこからの指令だったのかなと。教えてくれよ」
縄で縛られた捕虜に紅蓮を突き付けて高圧的な態度を取る。
似合っていないことは分かるが、そうも言ってられない。このままではこちらが狩り尽くされる。
あの後、必要最小限の兵を捕虜として捕らえ、後は首を落して部隊を壊滅させた。現在、ミストとヴェクサシオンは一対一の会議をしており、これからの方針を話し合うそうだ。
その為に必要なのは、なんと言っても情報。これがなくては方針も立てられない。その為、雛とディーンにはアシャやその他の吸血鬼を纏めてもらい、俺には拷問というお仕事が回ってきた訳だ。
「……話すと思うのか、蜥蜴風情が」
「まぁ、そう来るよね……でもちょっと利口さが足りてないよ」
躊躇なく、手の指の一本を斬り落とす。再生が出来るなら、こういうのもありだろう。
「ギィッ……! 野蛮な……」
「いいからいいから、話してよ。口応えはもう飽きてるんだ。やれ蜥蜴だー、やれ野蛮人だーって何度も言うけど、それ以外のバリエーション作った方がいいよ?」
直ぐ様にもう一本の指を斬り落とし、また刃を指の上に持ってくると、同じように振り下ろした。
ダメそうだなと思いながら、紅蓮に魔力を流し、刀身を赤熱させて振り下ろそうとした時だった。
「う゛ぅっ……! まっ、待ってくれ! 話す、知ってることは全部話すから……!」
「おお、案外速かった……まだ治りきってないのにそれか、掌ドリルめ」
再生してしまうからどうかは知らないが、案外痛みには弱いようだ。思っていたよりも単純に情報を吐いてくれる気になった。
紅蓮の切っ先を向けるのを一旦止め、口を開くのを待つ。直ぐ様捕虜にした吸血鬼は息を大きく吸い、情報を吐き出し始める。
彼曰く、命じたのは騎士団長であるミストの父親であり、名をアルフレッド・カートライトと言う人物。ベルゲの奴はアルフレッドが金で釣ったそうだ。
「地位かぁ……地位で釣られるって相当な小物感……実際周りの奴は強いだろうなぁって思ったけど、それだけだし。で、それ以外には? 幾ら騎士団だからってすぐ殺します、は流石に横暴過ぎるでしょ」
「……アルフレッド団長は、もう既に街の実権を握っている。街全てが敵になるのだ。終わりだ、貴様ら勝ち目などないぞ!」
話しているうちに、少し希望を取り戻してしまったのか、もしくは傷みが薄れて勢いがついたのか語気が強まり始めた。よく見れば、縄を解こうと足掻いている。
脱走されると面倒なんだよなぁ……絶対敵を呼んで帰ってくるし。そう思った瞬間、魔導銃を引き抜き、引き金を引く。
顔を掠めるように放たれた魔力弾は、頬に軽い火傷を負わせて背後の壁に穴を開けた。
「あのさ、今は勝ち目云々はどうだっていいんだよ。ただ情報が欲しいだけだ。有益な情報源の可能性があるから、こうして態々捕虜にしてるんだろ?」
魔導銃の銃口を突きつけた上で、続けて言葉を口にする。
「今の所、全てがどうでもいい情報って訳じゃなかった。敵は騎士団どころか、下手すればあの街全体、ベルゲが裏切る理由。これらはまぁ有益だろうよ。他はどうだ、終わりだなんだって情報になると思うか? 敵の規模やら話しておいた方が、まだ長く生きられると俺は思うね」
「……お前に情けというものはないのか……!?」
「敵にかける情けはないよ。もうないみたいだね、じゃあさよならだ」
「待っ……!!」
何か言おうとしていたが、すぐに引き金を引き黙らせる。魔力弾は容易く吸血鬼の顔を貫き、思考を永遠に停止させた。
「うーん……相手側が結構多そうだなぁ……にしても命を奪うのに忌避感がなくなってきているなぁ……」
「光牙、どうだった」
話が整ったのか、ミストが歩いてくる。少しばかり疲れたような表情をしているが、
「首謀者二人の名前と、下手すれば街全体が敵になるってことしか分からなかったよ。ミストの親父さん……アルフレッドが実権を握っているってさ」
「あいつがか……分かった。となると……早めにこちら側から仕掛ける必要がありそうだ」
「……言っちゃ悪いけど勝ち目あるのか? 規模的にも、士気でも負けていると思うし」
「他にもうできることがないんだ。このまま籠もっていても、また襲撃を受けて全滅するだだけ。それなら打って出た方がいい」
そう言うミストの目からは、焦燥が簡単に読み取れた。
焦りで冷静になれていないということが、素人でも分かるのだ。そんな状態では、作戦など録に浮かばないだろう。
しかし、もうできることは限られている。相手が本腰を入れて蹂躪しようとすれば、それだけで終わりだろう。それでも甚大な被害を与えなければならないというのが難しい。
中途半端な損害では、敵に滅ぼすための大義名分を与えてしまうだけだ。
「……勝算はあるのか?」
「正直、ないな……無駄に兵を死なせるのは心苦しいが、騎士団の本部を叩くしかない。特攻と何ら変わりない強襲だ」
「そうか……アシャを連れて逃げるのも手だと思うよ、俺は。でも逃げようとは思わないんだろう?」
逃げて、再起を図ると言う手もある。しかし、ミストはその手は決して選ばないだろう。
焦りはしているものの、何かしらの覚悟を決めた、そんな目をしているからだ。
「あぁ、そのつもりだ……どんな結果になろうが、これが最後の戦いだ。お前達にとっては、速く用事が済んで良かったんじゃないか?」
「まぁ、否定はしないよ……ところでさ、アシャはなんで喋らないのさ。ずっと気になってたんだ」
ふとしたタイミングで浮かんだ疑問を問いかけると、ミストは苦い顔をしながら口を開く。
「あー……アシャはな、呪いをかけられたんだ。存在ごとなかったことにしてしまえってさ」
「そこまでやるか……」
そう言ってから、ミストは決行の日を伝え、去っていった。
理解は出来ないが、アシャを捨てるならまだしも、存在ごと消すために声を封じるとは……どれだけ存在を隠したかったのかと、更に疑問が湧いてくる。
「……どこも、身勝手な親ってのはいるものなのかな……ま、兄貴がミストなことが、アシャにとっては幸運だろうな」
アシャが笑顔で過ごせるように、という一心でここまでやってきたミスト、家族と敵対してでもアシャを救いたいのだろう。
他にどんな犠牲を払おうともと覚悟は決まった以上、一歩も引くことはできない。それは自分も同じだ、助けてやりたい。ましてやアシャが笑う所を見ていない。
小さな子が、酷い親のせいで悲しんでるなら笑わせてやらねばいけないと思う。どうすれば笑えるのか分かるなら、その方法を行うだけでいい。非常に骨は折れるが、実行自体は容易い物だ。
それを行うことで、大切な物以外の命が失われようと、知ったことではない。仲間と顔も知らぬ敵の命等、天秤にかけること自体が間違いなのだから。