一枚岩ではないようで。
街で得た情報(といっても僅かなものだが……)と、謎の男についてミストに話した。吸血鬼を体術で圧倒した挙げ句、首をナイフで斬ったという下りになると、ミストの表情を険しくなる。
「……ハンターか。嫌な輩が出てきたな……」
「ハンター……? やっぱり人からしたら、獣と同じ認識なんだな……」
「違う、そういうことじゃないんだ。奴らは狩った亜人を喰らうんだよ。そうして、次第に力をつけていくんだ。その分、寿命は短いがな……」
「っ、どっちが化け物だ……!」
話を聞いて分かったことが、ハンターは主に亜人を狩り、その亡骸を喰らう狩人。魔物も同じように喰らい、同じ人間からも忌み嫌われる存在らしい。
最も、人間にバレないように暮らしているため、国のかなり上の役職に登り詰めていることもあるそうだ。
「個体によっては、魔力を纏わせて頑丈にした武器も普通に蹴り砕いた上に魔物の甲殻ごと噛み砕いたとあるほどだ……利用出来ればいいのだが……」
「おっかねえのがバンバン出てくるな……」
ディーンの言葉に、内心で同意する。正直なところ獲物としか見られていない、あの狂気的な目はどんなものよりも恐ろしく思えた。
相手を獲物としか見ていない訳じゃない。しかし……ただ死合うことしか考えていないような獣。それがやつの第一印象だった。
「……どうやったら、あんなのになれるんだろうか……」
「そんなことを考えても仕方ない、まずどうするかだ。皆で考えるぞ……」
廊下を出たミストに続いて、ディーンと共に会議室代わりの広い部屋に入ろうとしたが、槍を目の前で交差させ止められてしまう。
「……なにしてんの」
「ミスト様はお前達を信用しているようだが、我々はお前達を信用していない。故に通すなと言われている」
所々煤けた鎧をつけた男がそう言った。しかし、そんなことをミストが言うだろうか? 一応ボスはミストの筈だ。
それに、何やら苦い表情をしているのにも気になる。
「あのなぁ……? 確かにそう言う体裁って大事だよ、でも今いるかぁ!?」
「上からの命令なのだ、諦めよ」
ディーンが呆れたような声を出すが、全く気にしていないようだ。自分の職務を全うすることが彼の生き方らしい。上からの命令が第一かぁ……分からなくもないけど。
「えぇー……ってことらしいけど、どうするよミスト」
「いや、大丈夫だろう。済まない、後で言っておく。しかし一体誰が……」
「儂だよ、ミスト……何故こんな人間と、龍の小僧共を連れてきた?」
声の方向へ振り返ると、かなり齢を重ねた容貌の吸血鬼が歩いてくる。その背後から、派手な鎧をつけた吸血鬼が二人ほどついてきている。
「っ、ベルゲ殿……言ったではありませんか、彼等は私が信用に足ると思い……」
「ハッ、信用か……我らは基本群れぬ。このような状況になってもお互い信用すらしておるか怪しいのにも関わらず、異種族を連れてくるだと……? 普通ならせぬわ、せめて吸血鬼を連れてくるべきじゃったな」
「しかし吸血鬼はほとんど……!」
「黙っておれ、カートライト。父親殺しを目論むのは別に良いが、お主の意見は聞きとうないわ」
父親殺し……? あぁ、あそこはミストの家だったのか。つまりアシャを捨てたやつが住む場所があそこ。
最重要拠点であることは分かっていたけど、相当重要な場所だった。
「フン……小僧共、道を空けよ。邪魔じゃ」
「ケッ、あとから来といて何だよ……」
「入れぬならそこにおっても意味無かろう? ほら、退け」
ディーンが小さくぼやいたのに反応し、腰巾着の一人がディーンの腕を掴み、無理矢理退かす。
「だぁぁ、分かったよ離せ! 自分で動けるっての!」
そう言い、腰巾着の腕を振り払うとディーンは壁際に避けた。こちらにも腰巾着が向かってきたが、咄嗟に手を振り払い、手刀を手に叩き込んでいた。
鎧があった為、ダメージはなかったものの、鎧越しに視線を感じる。どうやら怒らせたようだ。腰の剣に手を伸ばし始めている。
アイツが止めるわけないよなと思い、拳を構えようとした途端のことだった。
「やめよ、見苦しい。儂に恥をかかせるな」
と一喝され、渋々剣から手を離した。
「全く……主はすぐに怒る……悪い癖じゃな、直せ。そちらの赤小僧も人間の小僧と同様じゃ、どけ。儂に道を空けろ」
「赤小僧って……はいはい、了解……」
ここで反抗しても、ミストに迷惑がかかるだけだ。素直に道を空け、壁によりかかる。
「ほう? 大人しい小僧じゃの……」
そう言い、ゆっくりと横を通り過ぎる。その途端、真横のベルゲから強烈な獣の臭いがした。
龍人になってから、何故か鋭敏になった嗅覚が捉えたその臭いは、正直耐えられるものじゃなかった。
「っ……!? くっ……!」
「ん? 何じゃ……?」
気付けばベルゲとそのお付きが、怪訝な顔をしてこちらを見ている。酷い臭いがしたなど言えば首が、その場で落とされるのは確実だ。
「いや、別に……あ、そういや……見張りをするような人数がいたとは思わなかったけど、最初何人程いたのかだけでも教えてくれない?」
「五百人程度じゃよ。今は数が減って二百人程になってしまったがの。聞いたじゃろ、失せよ」
「はいはい、了解ー……」
そう言ってから鼻を鳴らし、ベルゲは会議室の中に入っていった。先程のお付きの一人が、思いっきり足を踏んでいく。
「でっ……野郎、覚えとけよ……」
「なんのことだか分かりませんな……」
そう言い、ベルゲの後に続いて入っていく。その後、ミストがこちらにやって来た。
「すまない、こんなことになるとは……」
「仕方ないよ、ここまで異種族の壁が厚いとは思わなかったし……にしても、あの人警戒しといた方がいいよ。異様な程に獣臭さがあった」
「獣……? 龍人の嗅覚ってそこまで強かったか……? まぁ警戒しておく、済まない。光牙達はまた街で情報集めを頼む」
「ん、了解ー……」
会話を終えたミストは、会議室の奥に入っていった。見張り役の二人も、槍で道を塞ぐのを止め、見張る体制を再度取り始める。
「さーて、じゃあ行きますか……すみませんね見張り役のお二人も。あんなのからの命令じゃ仕方ないよ」
「……分かってくれればありがたい」
見張り役の人に一言かけてから、街に向かって歩き出した。建物から出ると、早速ディーンが動いた。
「なぁ、光牙……アイツそんな獣臭かったか? そうでもねぇと思ったけど……」
ディーンが近寄り、小さな声で囁く。疑問を抱きながらも、真剣な声色だった。人目を確認し、ここなら聞かれることもないだろうと考えてから、口を開く。
「……微かなものだったから。狼人とか、犬系統なら多分すぐバレる筈だよ……」
「なら、何で光牙は……」
「どうやら、俺たち龍人も結構鼻が利くみたいだ。狼人よりかは劣るだろうけど、それなりには嗅ぎ分けられると思う」
「ほーん……で、どんな臭いだったんだよ」
「分からねぇ……ただ獣みたいな匂い……ん……?」
謎の臭いについて話していると、また獣のような匂いが複数した。それも、先程の会議室から。もしかすると……
「ディーン、戻ろう。さっきの匂いだ……それも複数。強い匂い」
「マジか……雛も呼ぶか?」
確かに、雛も呼べば人数も増えて楽になるだろう。しかし、雛がいる場所が分からないのだ。料理等をしているとは聞いたのが……
「探してるうちに被害が出るだろ、俺とディーン、ミストと味方の吸血鬼でやるんだ」
「了解、じゃあ急いで行くとしようか」
会話を終えると、ディーンが先に走り出す。それに続くように全力で来た道を戻る。
3分もかからずに会議室が見えた。見張りの姿はどこにもなく、何かが暴れる音がする。
「見張りも流石にいねぇな、なら」
「お邪魔するしかないでしょっ!」
勢いのまま会議室に飛び込むと、すぐに獣臭さが襲ってきた。おまけに魔力も遮断されているのかわからないが、明かりが機能しておらず、とても暗い。しかし、生存者はいるようで、武器がぶつかり合う音が響く。
匂いと状況に顔を顰めていると、何かが襲って来る。
「っ、ディーン頼む! 右斜め前から来る!」
「分かってらぁ!!」
ディーンが前に飛び出し、回し蹴りを叩き込み吹き飛ばす。襲撃者は机やら椅子やらを巻き込んで倒れるが、直様頭を振って立ち上がる。
「こいつは……ウェアウルフか。へぇ、吸血鬼が住む所の近くになんでまた……」
「ウェアウルフって言うと……人狼か! 狼人と何が違うんだよ……」
どうやら、襲撃者は人狼らしい。前世でもそうだったが、人狼という存在は基本全体的に狼なようだ。顔どころか、体の隅々まで体毛に覆われている。
「グルル……奴らと一緒にするな……奴らは、人の体に狼の特徴があるだけの種族……! 全く違う種族だ、覚えておけ!」
「あっうん、気をつけます……」
親切にも疑問を説明してくれたが、一応敵のようなので人狼の首を刎ねる。血がそこら中に飛び散り、石の床が真っ赤に染まった。
しかし……なるほど、そこが違いか。どっちも狼なんだから仲良くできると思……わないな。違う群れみたいなものだし。
「じゃあ、始めますか……他にもいるみたいだし」
至る所に、首を刎ねた人狼と同じような気配がする。不意討ちにも注意して、探さなければ。
「何匹いるんだろうね、これ……」
「さぁなぁ……まぁ、吸血鬼の奴らも生きてるようだし大丈夫だろ」