吸血鬼との語らい。
地面にぶつかると思った寸前で、体が上に引っ張られる。衝撃に備え、きつく閉じていた目を開けると、かなり上まで飛び上がっていた。
「お前も翼を使え。流石に日の元では二人は支えきれんぞ」
「問題はないけど弱体化はするんだ……不思議だな、お前」
「龍人の方が不思議な生態してると思うけどな、俺……」
翼を広げ、ゆっくりと降りていると、何かがへし折れるような音がが響いた。
下の方から聞こえ、音の方向に目を向けると馬車が馬や中の人間諸共、折れ曲がっていく所だった。
塊から人の腕が出ているが、その腕もすぐ原型を留めない程にへし折れていき、塊の一部に変化した。
「うわっ……空間を拡張して、それが変に壊れたからってあぁなるん?」
「空間を無理矢理拡げてるんだぞ、それが壊れればあぁなるだろうさ。魔法だって万能じゃない……無理矢理拡げたものが崩れると、その拡げた空間が戻ろうと圧力がかかる。その例があれだ。まぁ、碌なことにはならない」
「……空間拡大魔法だけは使わないようにしたいな。失敗したときが怖い」
便利な物ほど、失敗した時が恐ろしい。それは分かっていたのだが、あれは流石に……悍ましいわ。
「取り敢えず、お前達の馬車まで戻るぞ。日の下でも問題なく活動できるが、辛くないわけじゃないんだ……暑い……」
「あぁもうそんな真っ黒な格好してるから!! そりゃ暑いわ!」
できるだけ急いで飛び、何故か止まっているディーンの馬車に向かって行った。
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「……で、その方を連れてきたと。光牙さん……何故そんなに引き込むんですか……」
「いいやつはほっとけない……それに、亜人の繋がりは結構少ないから……見つけれたのが幸いなんだよ」
「確かにそうかもしれませんけど……でも敵地に突っ込むのは駄目ですよ!? 結果オーライじゃ済ませませんからね!?」
「……あい……」
戻ってまず行われたのは説教だった。草むらの上に正座させられ、長い間説教を受けながら説明を行っていた。
いやまぁ、確かに無茶苦茶しただろうけども。自分の身を顧みないといえば美談だが、自分の命を軽んじているという悪癖は、まだまだ直らないようだ。
「ところで、奴らは? もう姿が見えないけど」
「あぁ、何か途中で逃げてった。お前達が逃げてきた馬車が潰れてから本格的にヤバいと思ったんだろうな」
「なんだよそれ。逃げるくらいなら追うなよ……こっちだって必死なんだけど……」
「自分勝手なのが人間なんだよ。生活が豊かになるなら相手のことなんざ関係なし。動物だって狩り続けて、最後には絶滅までさせる……それが人間って生き物だ。逃げる時には逃げるしな」
そう言いながら、ディーンは馬車の損傷箇所を見ていた。人間の事を語る時の目は、ひどく悲しい雰囲気がした。
雛も説教が終わってからは、弓の弦を調整していたが、思うところがあったのか手を止めて聞いていた。
「……魔物よりも、やはり人間の方が恐ろしいな」
吸血鬼が、小さく呟いた。ずっと白い女の子を背負っているが、辛くないのだろうか?
「明確な敵意も怖いけどな。謀略とかしっかりしてる方が怖いよ……そういや、この魔導銃返すか? えっと……」
「いい、お前が使え。俺は炎だけは扱えないんだ……そういえば名乗ってなかったな。俺はミスト・カートライト。背負ってるのは妹のアシャだ」
「よろしくミスト。俺は白天光牙。分かっていると思うが龍人だよ。そこで弓を調整しているのが天羽雛、馬車を見ているのがディーンね。にしても……兄だったのか」
「意外だったか?」
「いや、そういうことじゃなくて……妹が連れてかれたのか」
この言葉を聞いた途端、ミストの拳に力が入り、怒りの感情が滲み出す。思いっきり地雷踏んじゃった……?
「……いや、売られたんだ……アシャは、吸血鬼の中でもかなり特殊な……闇の王と呼ばれる存在だったんだが……魔力が不安定で、時折暴走のような状態になったんだ」
話を聞く限りでは、妹が特殊な個体だったが、魔力の制御が難しかった。それなら何故売られるのか……
「育てた未来と、捨てた場合の未来を考えたようだが不安定な魔力を持ち、コントロール不可な娘はいらないんだと」
「っ、なんだよそれ……!」
全くひどい話だ。ディーンが声を荒げているから自分は落ち着いていられるが、こんな親がどこにでもいるのだと怒りが込み上げてくる。
「で、そんな親のとこにいるのはごめんだと、飾ってあった武器を全部ぶんどって、長い間アシャを探していたんだ。馬車の中で、光牙と出会えたのは幸運だった」
「……何か目的があるのか?」
「アイツらの中に、雷龍……フリード・ロアの手がかかった者がいる。そいつは、吸血鬼の一族を皆兵隊にしたいらしくてな……アシャを連れ帰ってから、倒しに行こうと考えていた」
「ロアか……人間だけじゃなくて、亜人族まで私兵に? 何がしたいんだ本当に」
ロアがミストの一族の裏で手を回しているなら、それだけ吸血鬼が人間に対して有効な手を使っているのだろう。
事実、リュミエールに隠れ住んでいた龍人には有効な手立てはなかった。あったのかもしれないが、あそこの人達が使うとは考えられない。
「人間の淘汰か、或いは……」
「完全に支配下に置いて、自分のいいように扱うか、ですね……」
どちらにせよ、いい結果にはならないだろう。アシャを売ったということも気になるが、結局止めなければ、自分達にも危害が及ぶ。
放置すれば、結局死んでしまう。それも、世界の命全てが。
「止めに行くしかないよね。でもなぁ……」
「流石にこっから逆方向だとキツイぞ、検問とかもあるだろうしよ」
例えば、亜人が橋を渡るのにも、かなり警戒される。身体検査ならまだ良く、何を言っても通してもらえないことだってある。ましてや龍人と吸血鬼、通して貰うにはとても長い説得が必要だろう。
今はそれだけ亜人が生きにくい世になってしまっているのだ。最も、自分が体験しているわけではないので理解しているわけではないのだが……
見てきて、それだけで理解出来たと言える程世界は単純な物ではない。
「……大丈夫だ、ゲートは出る時に繋いできた。最も、夜にしか使用できない物だが」
「それって、維持する魔力とかは……」
「仲間がやってくれてる。潰されてはいないようだから、恐らく大丈夫だろう」
丁度、日も傾いて来ている。向かうも向かわないも自分達で決められるだろう。
雛とディーンの目を見ると、全て俺が決めろと言う目を向けていた。それと、助けられるなら助けたいと言う目を。
「……行ってみよう。ここで知り合った縁を無駄にしたくないし、ここで見捨てるのも後味が悪いし」
「はぁ……分かった。やるしかねぇなこりゃ」
「本当に首を突っ込むのが好きなんですね……」
散々な言われようだ。しかし、そうは言いながらもアシャの話を聞いてから、里に向かいたくて仕方ないようだったし。
だったら、俺がこう決めても問題はなかっただろ? その証拠に、二人共笑ってるじゃないか。
「……有り難い。一人ではどうしようもないからな」
「いいって。勝手についてくだけだから」
そう言いながら、馬車に乗り込んでいく。ゲートは馬車も普通に通れるサイズにも出来るとのことで、乗って向かうことになった。
日が暮れる前に、疲労からか瞼が閉じる。無理にでも起きていようとしたが、雛に横にさせられる。
起きようとしたが、額に指を突きつけられて地面に押し付けられた。
「休んでいて下さい、疲れているんでしょう?」
「うっ、すまない……先に休む……」
何とかそう言葉を返し、瞼を閉じた。