亜人の世界。
「……なぁ、おいどうしたんだよ? 戻ってくるなりそんな暗くなってさ。気にすんなとは言わねぇけどよ」
「……気には、してない……」
何だったんだ、あの衝動は……! 自分でもよく分からない、いや全く知らない感情だった!
あの衝動に身を任せたら俺は、一体何をしてた……?
「まぁ……別にいいんじゃね? 襲う寸前だったらまだ……いや良くないけども。恋とかすればいいのに」
「……恋? 俺には無理だよ。まず相手がいない。それに愛、とか……全く分からないままだ……」
両親……いや、母親からの愛は全く受けた覚えがない。父とはそれなりに接することがあったが、他の家族からは結構おざなりに扱われていた。
その為、愛と言う物が分からないまま、今まで生きてきた。一人で生きてきた、なんて言うつもりはないが、家族の愛があったとも言い切れない。
「あー……ま、知れば分かるよ。悩めよ若人」
「悩んでるさ進行形でな……!」
少し笑いがこぼれ、お互いに軽口を言い合う。
話をすると、少しは気分が落ち着いてきた。衝動に負けないように、抑えつけて。愛やら恋は、全て終わってから知ってもいいだろう。全く意味がないわけではないけれど……
ただ、今だけはこの感情が煩わしくて仕方なかった。
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「あ゛ぁ……戯れ過ぎた……やっぱまる一日徹夜はキツイな……」
次の日、馬車に揺られながら、流れていく外の風景をただ眺めていた。
「何をしていたんですか? 戯れ……?」
「あー、若人の問題を聞いていたのと、ちょっとした戯れをしてたらだな、もう夜が明けてたんだ。俺は慣れてるからまだいいけどな、3日徹夜とかよくあることだったし」
「いや、寝ましょうよ」
雛とディーンの会話を聞いていると、何故か面白く感じた。今、あの衝動は感じない。気の迷いだったのか?
「……にしても、この辺りひでぇな……骨だらけだ。うわ、あれ人骨じゃねぇか?」
少し見回すだけでも、かなりの数の骨が散乱しているのが見て取れる。一部は人骨のようにも見えた。
「魔物だって、飢えたら死んじまうからな……そこは俺達と同じだよ。でもほっといたら、こっちがやられちまう……」
「……魔物や亜人じゃなくて、人間が狩られる側だったら、どうだったんだろうな……」
俺が何気なく放った一言が、空気を凍らせる。はっと気付いた時には、とても重苦しい空気になっていた。
「……光牙……?」
「あー……すまない。ちょっとまだ眠いみたいだ。ちょっと荷台で寝てるよ」
荷台で横になると、そこから流れていく風景が見える。割れた頭蓋骨や、休憩地点として使った林が、次第に離れていく。
「……風景と同じように、見方が変わると、どうなるんだろうな……」
そう小さく呟いてから、欠伸をし眠りについた。
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雛に起こされ、地面に降りた時には既に中継地点とする街についた。食料問題の方はディーンが買ってくる為大丈夫だ。問題は金策だが……
「すみません、この素材って売れますか? 量も結構あるんですけど」
「問題ありませんよ、量が量なので金貨が6枚、銀貨が2枚ですね、少々お待ちを」
素材をギルドに持ち込めば、換金してくれるそうだ。今まで狩ってきた魔物の素材は、必要ないと思い最小限しか採取していなかった。その為にこの結果になった。
これからは積極的に剥ぎ取ろう。
「……金貨が銀貨10枚分、銀貨が銅貨5枚分か……結構買えそうだなぁ……冒険者ならもっと高く買い取ってもらえるんだっけ?」
「そうなってますね。私達の里は殆どなかったなぁ……たまに見る程度でしたよ」
金貨と銀貨が入った袋を持って、街を歩く。この街はカーサラルドと同じ位に治安が悪く感じた。
今も目の前で、柄の悪い男性が睨み合い、突然掴み合っている。
ギルド管轄の建物以外はボロボロで、記憶にある中で一番近いものは、スラム街。それも相当に治安が悪いものだった。
「それに……亜人をチラホラと見かけるけど、皆が首輪やら足枷をつけられている」
「……今も、売られてましたからね……」
馬車を降りて、真っ先に目に入った光景が檻の中に沢山の亜人が詰められ、売りに出されているものだった。
咄嗟に助けようと走り出したが、ディーンに止められた。
「奴隷にされている皆を助けたとして、その後どうするのか、かぁ……何も考えてなかったよ……」
虎の特徴を持つ亜人が檻から引っ張り出され、フラフラとしながら歩き倒れた所を鞭で何度も叩く光景を、ただ見ているしかなかった。
とても苦しそうな、それでいて怒りの籠もった声が鞭に打たれる音と共に何度も響いた。
そして抵抗が出来なくなった虎人に、無理矢理首輪をつけさせる……この光景を、どうしても思い出してしまう。
「……胸糞悪い……こんなのばかりじゃないとは、分かってはいても……」
「……滅んでも、仕方ないんじゃと思ってしまいますね……でも、何も知らずに滅ぼされても、いいのでしょうか……?」
「いや、駄目でしょ。何言ってんだお前達は……」
未だに奴隷を売っている商人を遠目で眺めながら話していると、ディーンが大量の荷物を運びなからやってきた。
「どうせ滅ぶにしたって、何も知らずに滅ぼされるのはゴメンだ。まぁでも、亜人をあんな扱いして……良いわけがないんだけどな」
「だよな……にしても、あぁ言う奴等って何で平気であんな酷いこと出来るんだろうな」
「そういう仕事ってのもあるんだろうけど、嫌な物は否定して、その上から更に蓋をして隠しちまうのが人間だからな……魔物も亜人も似たようなものだと考えてんだよ、大体の人間は。だからあぁやって、屈伏させたって験が欲しいのさ」
そう言い、下卑た笑い声を上げながら別の奴隷を引っ張り出している商人の方を指差すと、嫌な顔をしてから歩き始めた。雛もそれに続き、歩き始める。
続いて歩き出そうとしたが、拳大の石を見つけ、それを拾い上げてから商人の方に向き直る。
「……こんなのばかり見せられてると、ロアの行動が正解なんじゃないかって思わせられるから、困るよな……こんなのが困った所で、助ける気も湧きやしない」
そう言いながら、気付かれないよう、商人に向けて拳大の石を顔に向けて投げ、気絶させてから歩き出した。
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「はぁっ!? お前、何やってんだよ……」
「本当ですよ、全く! 何で態々面倒事に首を突っ込むんですかぁ!?」
「いや……その……いくらなんでも、あんまりだったからさ。とんでもない事やらかしたなぁとは思ってるけど」
路地裏を通って、馬車を停めた箇所に向かう。既に荷物は馬車の中だったが、俺がまた何かやったということが伝わり、路地裏に二人がかりで引っ張りこまれた為に路地裏を歩いている。
いやぁ……衝動的に動いちゃったね、また。
「……にしても……光牙、雛、気付いたか?」
「あぁ……いるよね」
「いますね……何人か……出てきなさい!!」
雛が大きな声を出しながら、風の塊を指先から背後に向けて放つ。それを躱しながら、顔を隠せるフード付きのローブを着た人物が現れた。
現れた人物にむけ、短刀を引き抜き斬りかかるも、全て寸前で避けられてしまう。
ローブの人物が大きく跳び上がり、距離を離すと口を開いた。
「おやおや……気付かれてしまいましたか。見事です」
「そんなに人数引き連れてるからだ、バーカ。それで……目的は何だ?」
「わかっているのではないですか? 先程あなたが気絶させた取引相手の事ですよ。暫く取引が出来ないとなると……稼ぎがないので困るんですよね、そこで一度捕らえ損なったあなた方を、また捕えに来た次第です。」
雛とディーンの冷たい視線が背中に突き刺さる。いや……その……本当にごめんなさい。
「……は、はっ。自業自得だろ。奴隷売買なんてするからだ。それに……あんたとは初対面なはずだけど?」
「えぇ、確かに私は初対面ですとも。私とは、ね。しかし……私の部下とは、会ったことがあるのではないですか?」
その言葉が終わるや否や、極細の針が飛んで来た。突然の事に焦るが、針を弾いてから後ろに飛ぶと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あら、今の弾けるんだ……成長してるのね。何はともあれ、久し振りね、龍人クン♪」
「……あぁ、思い出した。あんた、あのミノタウロスの時のやつか」
「あはっ! 正解よ、覚えてたんだ♪ 今度こそ龍人クンを捕まえに来たって訳。そこの二人も一緒にね♪」
そう言いながら、極細の針を拾い上げ、こちらに近付いてくる。
「光牙さん、ディーンさん、大丈夫ですか?」
「問題ないぞ、いつでもいける」
「あぁ、俺もだ……あの時の不意打ち、色々あって忘れかけてたけど……仕返し位、してもいいだろうよ」
それぞれが武器を構え、戦闘に備える。気付けば隠れていた全員が現れており、俺達を囲むように立っていた。
最早逃げ場はない。ここから逃げるためには、全滅させるか、何とか隙を作り包囲網を脱しなければいけない。
「どちらにせよ……骨が折れそうだなっ!」
俺が声を出しながら走り出したタイミングで、それぞれが向く方向に向かい走り出した。