苦悩。
「待て待て……何でだ。何で義手外されてるんだ……? それに気付かない俺も俺だよ、軽いじゃん普通に考えて……」
義手を外されていたことに気付かずに眠っていたということは、人が近付き、義手を外す音も気付かないほどの眠りについていたことになる。
異様に疲れていたのか、それとも魔導書を使った反動か……考察は色々と出来るが、十中八九これだろう。
「無茶苦茶してたからなぁ……疲労から深く眠ってたんだろうなぁ……」
しかし、何故義手を外したのだろうか。親切心からの行動なら問題はないのだが……害意がある場合は本当に困る。
「しかも鎖で地面に……ギリギリ接着面に届かない距離にくくりつけるとは……やられたなぁこれ」
よく見れば、右腕も鎖で封じられている。先は地面に縫いつけられている。楔は深く地面に突き刺さっており、引き抜きようがない。
「はぁ……寝よう。明日になったら外されてるかもしれないし。まず寝れるかどうか分からないけども」
鎖は自由に動かせるものの、天幕の外には出ることのできない長さだった。まるで……じっとしてろと、言われたような気分だ。
「いや、じっとしてろって事なんだろうけどさ。心配かけすぎたし……でも犬猫みたいに扱うなよ……一応人なんだぞ、これでも」
最近は無茶ばかりしてきたから、この反応も仕方ない……訳ないよね!? これを仕方ないで済ませたら流石にヤバいぞ……!?
「でもまぁ……今はいいか……」
そう言うと目を閉じる。疲れからか意識はすぐに落ち、深い眠りについた。
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鎖が揺れ、音が微かに聞こえてくる。腕についた枷が外れ、地面に落ちる。
体の重さも消えていたが、体を起こす気にはなれず目を開いて誰か確認する。
「……雛。いくらなんでも、酷くないか? 確かにじっとしてられないけど」
「酷い怪我が治りきってないのにも関わらず戦闘を行った以上、こうでもしなきゃあなたは無茶しそうだったので」
否定できない。怪我してんのに仕掛けるとか今になって考えると正気の沙汰ではない。更に滞在期間が延びる上、取り返しのつかないことになっていたかもしれない。
「自分の怪我に対して無頓着とか、そういうレベルじゃないんですよ貴方は……! 貴方も生きているじゃないですか、何で態々死にに行くような真似をいつも……!!」
「そんな単純に人が変われたら苦労しないよ……いつ死んでもいいって思ってた奴がさぁ、異世界だー、今度はのんびり生きようってなる? そんな訳ないだろっ!!」
少し苛立ってしまい、語気が荒くなる。怒声に驚いた雛の瞳に映った自分の目が、とても鋭い物になっているのを見て、自分が最低な人間だと感じた。
少し注意されたという理由でここまで苛立ったんだ。人間というものはやはり、悪い部分が目立つのだろう。そもそも、自分が最低なやつだと、そんなことは分かっていただろうに……
気に入らない物があったら相手を脅す、母……違う、あんな奴が母親だと……? 奴でいい、奴と同じだ。昔はあんなじゃなかったと父さんがこぼしたのは、鮮明に覚えている。
声が予想以上に出ていたのか、外からどよめきの声が聞こえる。咄嗟に思考の海から抜け出し、口を開く。
「……ごめん。デカイ声出して……俺が悪かった……」
「あ……いえ、私も言い過ぎました……少し、外を見てきますね」
そう言うと、雛はすぐに天幕を出て行った。止める暇もなかったが……止めた所で、行ってしまっただろう。
それに、何と言うつもりなのだろうか。少しカッとなったが故にこうなったのだ、俺には止める術はなかった……そう思ってた方が、心の安定にも効果的だろう。
……そうだとも、俺は……元々こんな人間だった。奴の部分だけ強く、濃く受け継いだだけだ。
そう頭では考えているものの、怪我もほぼ治っている筈の胸の辺りが、非常に重く感じた。
「……母よ、最低な命をありがとうってか? ハッ、笑えねぇよ……笑える程、俺はもう壊れちゃいない……」
この重い何かは、決して消えようとしなかった。これも奴の呪いだろうか……なんて考えているうちに日が傾く。
眠って体の傷を癒やそうという気にもなれず、ずっとその場で座り、考えていた。
これからのやり方と……もう一つ、とても重要なこと……
……どうやって、雛に謝意を示せるだろうかと言うことを考えながら、眠れぬ夜を過ごした。