望の書。
「ただいまー……って言える状態じゃねぇよな」
自分の天幕に戻ると、自分の武器をその場に置いてから半ば倒れ込むようにして座り込んだ。
「いっでで……包帯真っ赤じゃん……取り替えねぇと……その前に《ファースト・エイド》っと……」
掌を傷口に当て、応急処置程度の魔法を使う。痛みが和らぐことも、血が止まる訳でもなかったが、気分的には楽になった気がした。
「ふぅ……さてと、急いでっ……!?」
荷物から包帯を取り出そうとした途端、頭がズキリと痛み、動きが止まる。すぐに痛みも引いた為に、包帯を取り出し、痛む部分を見つけ頭に巻きつけた上で、同じように応急処置の魔法をかける。
「いてて……石も案外馬鹿にできないもんだな。分かってたけど、あんなもん投げつけんなよなぁ……」
しかし、そういうことをするのが人間だ。自分の理解できない物を徹底的に排除する。または、果てない欲望を満たそうとして、他の生き物を殺す。
……そうして今まで、生きてきた。
「……間引かれても、文句は……何言ってんだ俺」
どうやら自分でも知らないうちに、亜人達への仕打ちについて怒りが溜まっていたらしい。だからと言って殺し合えば……どちらかが滅びるまで喰らい合う。
生き延びた方も、数はとても減っているだろう。
「それは絶対に止めなきゃな……でも止められるのか……?」
止めるとしても、決定的な出来事が起きてしまえばもう……不可能だろう。例えるなら、皆殺しは何故してはいけないのかという問いかけに、いけないことだからと答えるようなものだ。
問答が無意味になる前に、戦い自体を起こさないのが理想的だ。しかし、今回のようなことが起きて、誰かが死ぬようなことが起きれば……
「間違いなく、それが引き金になる……」
容赦無用の殺し合い。一度それが起これば、ロアの狙い通りになる。亜人が滅ぼうが人間が滅ぼうが、減った人間を隷属させるなど容易く行うだろう。しかし……
「……今のままじゃ、どう考えてもロアの一人勝ちって可能性が一番高えよな……」
過ぎった考えは、非常に暗い未来を想像させた。俺一人じゃ勝てない上、その側近達もおそらく俺以上に強い。シャドウといった奴も、全く底が見えなかった。
少し考えるだけでも、戦力差があり過ぎる……絶望的な戦闘力の差、一人で戦局を覆しかねない程の差がある。
「……ダメだ、暗い方に考えたらそりゃ暗い方面に持ってかれるわ。寝よ……」
体を横にし、目を閉じる。受けた傷がズキリと時折痛んだが、少しすると意識が闇の中へ沈んでいった。
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体中に走る痛みで目が覚める。顔を顰めつつ、天幕の外に出た途端、襟首を掴まれ持ち上げられた。
「ぐえっ……! おい、まだ体は治ったわけじゃないんど……? ってレオニか! 元気そうで良かったよ」
「ゴアァァ……」
久しぶり……と言うほど時間が開いた訳でもなく、少し会わずにいた共闘相手は、元気そうではあるが、包帯を至るところに巻いていた。
それはそうと、この持ち方はやめてほしい。 扱いが猫じゃないか。そこまで自由奔放じゃない……じゃない、よな……?
そんなことを考えながら、抗議の目を向けると、雑に離すのと同時に本が差し出された。尻を強かに打ち付けたが、それはまぁ……忘れよう。
「いってて……せめて下ろして……お? 頼んでたやつ?」
その本を受け取り、表紙を見る。タイトルがあるべき場所にはただ【望の書】と書かれており、作者の名はどこにも記されていないという、少し不気味な書物だった。
表紙の色は見方によっては黒にも、緑にも見える。触った感触は普通の本と同じだが、前の世界で読んだどの本とも違うのは魔力を感じることと言う、一つだけだが大きな違いだった。
「望……望みか? 望んだものを……こう、教えてくれんの? 本が?」
なんだそれは……? こういうのって、やり方か呪文が書き記されてたりするんじゃ? いや教科書だなそれ。覚えれば必要ないじゃん。
混乱していると、レオニが紙をこちらに差し出す。それを手に取り、読んでみると、大体の内容はこんな感じだった。
・魔導書は無事なものがこれ一冊だけしかなかった。
・ほとんどが焼けてしまったり、持ち去られた。
・その分、一回きりとはいえ望んだ魔法を生み出す魔導書だから効力は期待できる。
とのこと。なんというか……
「レオニも大変だねー……まぁ、助かったよ。あとはちょっと手伝うのが条件か……って、あれ……」
レオニは物を渡すだけ渡し、何処かへ行ってしまったようだ。手紙を読んでいる間に何処かへ行く……命じられたことを淡々と行う、そんな感じなのだろうか。
「……まぁいいか、取り敢えず読んでみよう……」
石に腰掛け、本を開く。最初に見えた物は、白一色のページだった。
……おい待てよ。なんで真っ白なんだよ。
そのページだけでなく、何度かページを捲るも、どのページも真っ白で、何もない空白のページがただ続いているだけだった。
……頭を抱えたくなる。なんだよ、こういうのって普通びっしりと何か書かれてるんじゃないのぉ? それも魔法とはなんの関係もない著者の理想とかの。
「……なんだよ、不良品ってことはないよ、ね? それか効力切れ、てたとか……? あれ……なんだ……?」
視界が明滅する。異常な程の眠気に襲われ、体から力が抜ける。座っていられずに、石から体がずり落ちる。その場で体が石のように重くなっていくのを、はっきりと感じる。
「やっばい……こういう、感じのか……」
重くなる瞼に抵抗することができず、目を閉じる。目を覚ましてから数分。すぐに夢の世界に舞い戻ることになった。